♯74 空飛ぶベッド(とある少年の憧憬)



 ……マジでか。ヤバいっしょ。

 12にもなって迷子とかありえない。

 けど、完全にオレ、……迷ってる。


 昼メシをたかりに姉ちゃんの所へきた時、姉ちゃんは仕事で中央神殿に出かける所だった。物珍しさからつい、それに付き合ったのがそもそもの間違いだった。


 何だよあの人だかりは。

 大講堂も拝殿も、人、人、人の群れ。


 しかも何だか鼻息の荒い野郎が多かった気がする。


 確かにここは聖都だけど、普段からあんなに大勢の人が中央神殿に来てたなんて、全く知らなかった。

 そもそもこねぇもん。こんな所。


 姉ちゃんは書類を担当の神官さんに渡す為にどんどんと奥へ進んで行ってしまう。人の波と肉の壁に阻まれたオレは付いていこうとして、……はぐれた。


 アレはマジでヤバいって。

 全然思った方向に行けないでやんの。


 人の流れに押されたり引かれたりしながらも、どうにか人ゴミから逃れた時には、全然知らない場所に来てしまっていた。


 ……どこだよ、ここ。


 外に出たいだけなのに、周りは似たような部屋や通路ばかり。どっちにいったらいいかまったく分からん。


 姉ちゃんにきつく注意された事が頭を過る。


 確か中央神殿は内殿と外殿に別れていて、部外者が内殿に足を踏み入れては駄目なんだそうだ。

 さっきから神官さんや修道士さんらしき人達はちらほら見かけるけど、つい身を隠してしまう。もしここが内殿だったとしたらすっげぇ叱られるに決まってる。


 姉ちゃんの用事のついでに、噂の美人集団に会えるかもっていう期待はあった。特に、聖女マリエル様よりも綺麗だっていう亜麻色の髪の人を見てみたかった。


 下心があった分だけ尚更に後ろめたい。


 出来れば優しそうな、人の良さそうな人がいたらすぐにでも外に出る道を聞けるのに。……ままならない。


 中央神殿にいる奴等って、みんなすっげぇ厳しそうな顔してるんだもんよ。あんなんにネチネチ小言を交えて叱られるなんて、考えただけで嫌になる。


 特にオレみたいな旧市街の貧民育ちには、アイツら嫌な顔しかしねぇし……。


 何とか自力で、見つかる前に外に出るしかない。

 いくつかの区画を曲がり、通路を走り抜けて、どうにか明るい場所に出る事が出来た。


「マジか。何だそりゃ……」


 ようやくお日様の下に出られたと思ったのに。

 そこはどう見ても壁で囲まれた中庭だった。


 ……詰んだ。外に出られない。


 諦めて神官さんに叱られるしかないと項垂れていると、どこか遠くから激しい騒音が聞こえて来た。

 大岩をハンマーで殴り付けているような打撃音に、何だか人の悲鳴のようなものが混ざってるような気もする。


「何が……」


 どこから聞こえてくるのかと顔を上げた時、ガガガッとその音が突然大きくなって、ガキンッという快音とともに、目の前がフッと暗くなった。


「いやぁぁぁあああああっ!」


 見上げると、悲鳴とともに大きなベッドが上の階のバルコニーを飛び越えて、こちらに向かって飛び込んで来る。


「な、なんじゃそりゃぁぁあああ!」


 咄嗟に身を屈めて真横に飛び退く。


 空飛ぶベッドは轟音を立てて地面に激突して跳ね上がり、さっきまでオレがいた場所を容赦なく抉っていく。

 脚が吹き飛び、羽毛や木片を豪快に撒き散らしながら、最後はバラバラの瓦礫へと姿を変える。


 あまりに突然の惨劇に、我を忘れて呆けてしまう。

 バクンバクンと激しい鼓動だけがやたら耳につく。


「……生きてるよな、オレ」

「……し、死ぬかと思った」


 どうにか自分を落ち着けようとしてると、信じられない事に、瓦礫となった残骸の中から人が這いずって出てきた。


 ……何であれで生きてんだよ。


 目の前のありえない光景に言葉も出ない。


 女の人だ。見習い修道士のケープを羽織っていた。

 フードがはだけて、陽光に亜麻色の髪色が映える。


 その人はパンッパンと身体の埃を叩いて払うと、どっこらしょとでも言うように何事もなく立ち上がる。

 ぐいっと、あちらこちらに身を捻らせて状態を確認し、左肩の裏を覗きこんだ姿勢でピクリと固まった。


「ぐわっ!? ケープがほつれてる!?」

「違うだろ! 何であれでケガ一つねぇんだよ!?」

「……え?」


 どこか能天気なその女の人と目が合う。

 あまりにズレたセリフについ突っ込んでしまった。


 ヤバい。見つかったら駄目じゃん!?


「あぐっ!?」


 咄嗟に身を隠そうとして、左膝に痛みが走る。

 飛び退いた時、飛んできた木片か何かで左膝を切ったのか、傷口がパッカリと開いていた。

 突然の惨劇に意識が向いて、ケガをしていた事にさえ気がついていなかったらしい。

 気がついたら気がついたで、ドクドクと流れ出る血が痛々しい。……っていうか、すげぇ痛い。


「大変! あぁどうしよう、ごめん私の所為だよね。あぁ、痛い? 痛いか、えっと、あぁ、もぉ!」


 当然と言うか、その女の人もオレのケガに気がつき、目に見えて狼狽しながら、ガバッと身を寄せてきた。

 逃げるタイミングを失い様子を伺っていると、痛くて曲げられないオレの左膝の傷口に、そっと手をかざしはじめる。


「出来るかな……。でもやらないと」


 思い詰めた表情で一人呟くと、その人の手から淡い光が放たれる。光が左膝の傷口を優しく包み込み、みるみる内に傷口がふさがっていく。


 ……魔法だ。

 この人、治癒の魔法でケガを治してくれた!?

 マジでか!?

 治癒の魔法なんて、銀貨一枚出したって、どの神官さんもかけてなんかくれないってのに。


「うぉ!? せ、成功した!? ま、魔法だー!」


 オレが驚きの声を上げるよりも先に、魔法をかけてくれた本人が驚きの声を上げた。

 呆気に取られていると、いきなりガバッと抱き着かれる。


 ……ちょっ、ちょっと待てぇぇ!?

 何が何やら、状況に理解が追い付かない。


「やった! やったよ! 魔法が使えた! 初めて魔法が成功しやがりましたよ! やってやったぜコンチクショー!」

「ちょ、ちょ待って! 待って!」


 身体全体で喜びを表現する彼女を落ち着かせて、どうにか身体から引き剥がす。


「あ、ごめん。つい。大丈夫? 他に痛い所はある?」


 申し訳なさそうにこちらを伺うその顔を間近で見て、オレは、思わず息を飲んで見とれてしまった。


 ……もしこの世界にいる誰かを女神様と呼べと言われたら、オレは間違いなく、今目の前にいるこの人を選ぶと思う。


 そこには、オレが今まで美人とはこういうもんだと思っていた容姿の、さらに上をいく容姿があった。


「亜麻色の髪の……、女神様」

「へ? どうしたの? もしかして頭打った?」


 ブンブンと頭を振って、呆けていた自分を現実へと強引に引き戻す。


 誰だよ! 美人集団とか言って騒いでたヤツは!

 こんなの、美人どころの騒ぎじゃねぇじゃんか!


 すぐに分かった。この人だ。

 みんなが噂してる亜麻色の髪の人は、この人なのだと理解出来てしまった。

 そりゃ……、みんなの噂になるわ。


 ……どうしよう。会えちゃった。

 こんな間近で見れちゃったよ。オレ。


「どこもケガは無いみたいだね。……良かった。修道士、じゃないよね? どこの子? キミ。名前は?」

「……トルテと言います」

「トルテ君ね。私はレフィア。ごめん。変な事に巻き込んじゃったみたいで。ケガがなくてよかった。……よくない。ケガさせちゃってんじゃん、私。……あぐっ」

「いえ。治していただけましたので。……すみません。お礼もまだでした。ありがとうございます」

「うぐっ。……綺麗な言葉使い。さすが聖都の子供か。何か負けてる気がする。……いえ。非はこちらにあるのですから、お礼などいりません。大事に至らず何よりです」


 ……。


 ……。


 何だろう。何か見た目と中身が少しズレてる気がする。


「レフィア……様は、何故空からベッドに乗って飛んできたのか、……聞いてもいいですか?」

「あー。うん。ベッドの下を掃除しようとしてひっくり返したら、そのまま倒れていってしまったのです。慌てて押さえようと飛び乗ったのは良いのですが、どうやらそれで勢いがついてしまったみたいで。廊下へ飛び出してしまって不味いとは思ったのですが止まらず、あちこち石壁に跳ね返りながらも、気がついたら中庭にいました。……驚きですよね。本当」


 ……うん。驚いた。


 この人。外見詐欺の見本のような人だ。

 こんな目の覚めるような美人さんなのに。


 ……。


 残念すぎる。


「そんな事より、キミは? トルテ君はどうしてこんな所にいたの? ……ですか」

「姉と一緒に外殿に来たのですが、あまりの人の多さにはぐれてしまって、道に迷っていました。ごめんなさい。ここがどこだかは分りませんが、こんな所に来るつもりは無くて、どうにか外へ出たかったのです」

「ようするに、迷子さんだね。よし分かった。お姉さんが外殿まで連れていってあげるから安心しなさい」


 ポンッと胸を叩いて張るレフィアさんに、一抹の不安を抱いたのは、……多分気のせいでは無いと思う。


 手を引かれ、黙ってついていく。


 あっちこっちと通路を曲がり、行き止まりで引き返し、似たような角をいくつも通る。

 不思議な事に、誰ともすれ違わない。

 なんだか、人の気配がまったくしない方へと進んでる気がする。


 ……おいこら。ちょい待て。


 もしかして、……迷ってる?


「……あれ? どこだここ」


 ポソリと呟いた声が聞こえてしまった。

 間違い無い。この人も迷ってるよ……。


 何とも言えない脱力感を感じて目線を下げると、左膝が目に入った。傷口はもう、跡形もない。


 優しく繋がれた手が温かい。

 自分が、自分でも思ってもみない程に心細かったんだと、そこではじめて気付がついた。

 腹の底だか胸の奥だかが、ほっこりと和んでいく。


 こんな、どこの誰とも分からないような小汚いガキの手を引いて、一緒になって、外殿までの道を探してくれている。

 考えてみたら、内殿に知らずとはいえ入り込んでしまった事を、怒られる様子でもない。


 ……。


 改めて下から見上げた横顔は、やっぱり、すっげぇ綺麗だと思った。

 肩から羽織っている見習い修道士のケープが、何だかとても尊いもののようにも思えてくる。


「あ、人がいる。あの人達に聞いてみようよ!」


 ……やっぱり迷ってんじゃん。


 レフィアのねーちゃんの言う通り、道行く先に二人の人影があった。格好からすると、修道士でも神官さんでも無いっぽい。どちらかというとよく見慣れた感じの冒険者風で……。


 ……。


 冒険者?


「あのー、すみませーん」


 どこか能天気な声をあげて近付くけど、何か、雰囲気がただ事じゃないような気がする。

 張り詰めたような剣呑な空気の中、二人は中腰になって、腰に下げた剣の柄に手を添えている。


「外殿に行くには、どうしたらいいんでしょうか?」


 空気を読まずにレフィアのねーちゃんは無警戒に近付いていく。


 って、読まないの!? 空気!

 これ、何か絶対ヤバい雰囲気なんだけど!


 慌ててレフィアねーちゃんを止めようとして、冒険者の二人の内の一人が、顔見知りのボサボサ頭な事に気がつく。


「あれ? 勇者様?」

「っ!? トルテ? 何でお前がレフィアさんとっ」

「ボッサン! 二人を別の場所へ連れて行け! ここは俺が何とかする」

「おまっ、……ってそうか。心配するだけいらん世話だったな。すまん。まかせる」


 どこか緊迫した様子の勇者様に促され、足早にその場を離れる。


 後ろ背に振り返ると、もう一人のおかしな銀仮面をかけた若い方が、奥へと駆け出して行くのが見えた。


「あの人……」


 そっと呟く声に顔を上げると、レフィアねーちゃんもまた、オレと同じように若い方の男の背中を見送っていた。





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