♯50 亡者の行進



「光よ! 我らとともに!」


 聖女がとっさに聖なる気を込めた衝撃波を放つ。

 力をもった風が詰め寄る亡者達を吹き飛ばした。


「やぎゃぁぁあああ!?」


 ベルアドネとともに。


「この馬鹿っ! 何であんたまで吹き飛んでんのっ!」

「わ、わんしゃが悪いんでねぇがねっ!」

「ご、ごめんなさいっ!」

「どぅわせっ!? ぎゃーっ。おんしゃら掴みやーすなっ!? 放しやーせっ!?」


 うじゃうじゃと絡み付いてくる亡者達を蹴り飛ばしながら、亡者の群れの中に埋もれてる変態娘の腕を、ぐいっと掴んで引っ張りあげる。

 動きはあいかわらず緩慢だけど、何だか少しずつ亡者達の力が強くなってきている気がする。それに、亡者達の執念もすごい。あれだけ派手に吹き飛ばしたのに、バラバラになりながらもずるずるとにじりよってきている。

 ベルアドネを掴んでいた亡者の手首を引き剥がす。……手首だけになっててもしつこい。


「判別除外をする間もなく突然だったので、つい。大丈夫ですか、ベルアドネさん」

「わやだがね」

「ぐずぐずしてるとまた囲まれちゃう、先を急ごう」

「あ、はいっ!」


 遅れそうになるベルアドネの腕を引っ張って走り出す。何かすごく嫌な予感がする。

 通路を塞ぐ亡者達を蹴り飛ばし、体当りをぶちかまし、さらに追い討ちをかけるように聖女様が魔法で吹き飛ばしつつ先を急いだ。


 走り抜けた壁から、ぬぅっと土人形が起き上がってきた。


「っ!? 何こいつら? これも亡者?」

「わんしゃの術だがね、こいつらにも脱出を手伝わせやーすんよ」

「ナイス、ベルアドネ」


 何体かの土人形に前に道を作らせる。残りは、後ろからせまってきている亡者達を足止めをしててもらう。

 土人形は人間の大人以上の力はあるらしく、亡者達を次々と振り回しつつも、道を切り開いていく。


 土人形に守られながら先を進んでいるけど、胸中の不安は無くなくるどころか、何故かどんどん大きくなっていく。


 ──急がないと。


 正体の分からない焦燥感。

 説明の出来ない違和感。


 ……違和感?


 そうだ……、違和感だ。

 どこか落ち着かないのは違和感の所為だ。

 何かが違う。何が違う? どう違う?


 前を行く土人形がたたらを踏んだ気がした。


「どぉっせぇぃぃいいいっ!」


 気合とともに大きく踏み込み、土人形の側にいた亡者に渾身のドロップキックをぶちかます。

 ファーラット一体分の体重を上乗せしてるから、普段のそれよりも幾らか威力割り増しキックになってる。……ふぅ。


 でも、やっぱりこれって……。


「何だか亡者達の力が増して来てない?」

「正午を越えてしまったのだと、思います」


 正午を越える?


「1日の内でも午前中は正の力が強く負の力が弱まっとらーすが、正午を境にして逆転しとるんだがね。これから日が沈むと、さらに瘴気も濃くなって負の力が増してきやーせる」

「……マジか」

「今はまだ、ただ歩くだけの死体でいらっせるが、瘴気の濃さによっては緩慢さがのうなって、獰猛なグールになったり、下手するとアンデッドナイトやワイトに変異する者も出てきやーす」


 それだっ! 違和感の正体。


 いくら数が多かったとしても、蹴飛ばせば吹き飛ぶような亡者達だ。とてもトラウマレベルで被害をもたらすような存在とも思えなかった。

 けど、日没に近付くにつれて、こいつらが狂暴になっていくのだとしたら……。話も変わってくる。


 さっきから土人形や私で吹き飛ばしてる亡者は、例え頭や下半身を失くしたとしても、一呼吸ほどですぐに立ち上りにじりよってくる。今の状態であっても、物理的な攻撃では時間稼ぎにしかならない。


 唯一、聖女様の魔法で吹き飛ばされた亡者達だけは復活してこない。……けど、それでも吹き飛ばした亡者の全てがいなくなる訳でもないようで、当たりが悪く、効果が不十分であればまた復活してきてる。


 これからさらに、この亡者達の力が増していくのか……。


「……くっ」


 聖女様が苦しそうに歯を食い縛った。

 先ほどから、聖域結界を再び構築させる間もなく、亡者の壁に向かって魔法を打ち続けているのだ。いくら聖女様といえど、魔力が無限に続くとも思えない。


 じわりじわりと、言い様の無い恐怖がせりあがってくる。


 最奥の広間から随分と戻ってきている。

 そんなに出口は遠くないハズ。


「こっのぉ!」


 土人形が漏らした亡者を蹴り飛ばす。

 亡者の壁が、思った以上に……厚い。


 出口まで、あとどのくらいなのだろうか。

 あとどれだけの亡者を掻き分ければ……。


 くっ、駄目だ。

 弱気になってしまいそうな自分がいる。


「出口まであとわずかなハズですわっ! 諦めてはいけませんっ!」


 聖女様が魔法行使の合間で必死に叫ぶ。


「こんな亡者どもに飲まれてたまりやーすかっ!」


 ベルアドネがさらに土人形の数を増やした。

 ……そうだ。ここで怯んでどうする。

 何も1人で戦っている訳じゃないんだ。


 傍らには聖女様がいる。

 そして、もう傍らにはベルア……。


 うん。傍らには聖女様がいるんだっ!

 亡者を相手にこれほど心強い味方はいないっ!


「せりゃぁぁあああ!!」


 心の弱気を打ち払うかのように、目の前の亡者を蹴り飛ばす。

 こんな所で負けてられるかっ!


 幸いにして今は5月だ。

 冬から夏にかけて日没時間が延びてきている。

 正午を過ぎていたとしても、日没までにはまだそれなりに時間は残っているハズだ。


 それまでに脱出できればそれでいいんだから。


「くっ、このっ! 放せっ!」


 蹴り飛ばした亡者に足首を掴まれた。

 力まかせに振りほどいて、体当りでぶちかます。

 吹き飛ばされた亡者は、いくらもしない内に再び立ち上がった。……復活するまでの時間も早くなってきている。

 聖女様の魔法が立ち上がった亡者を吹き飛ばした。


「はぁはぁはぁはぁ……」


 聖女様も息を乱しはじめている。

 明らかに魔法の使いすぎだ。


「ぐっ、瘴気が邪魔だがねっ!」


 前を行く土人形が亡者にたかられ、引き倒され始めた。

 ベルアドネが次々と土人形を増やしていくが、……亡者どもが殺到する方が早い。


 進む速度が目に見えて遅くなる。

 出口は、……まだ見えない。


 でぇええええええええぃいっ!


 考えるな考えるな考えるなっ!

 今はとにかく前進あるのみっ!

 目の前の亡者達を打ち払って、前へ……。


「……あ」


 のびてきた亡者の腕に肩を掴まれた。

 え? いつの間にこんな傍にっ!?

 亡者の背中越しに土人形達が沈んでいくのが見える。……数の圧力が凄まじい。


「レフィアっ!」

「くっ、レフィアさん!?」


 亡者の手をはね除けようとした手首も掴まれた。

 一呼吸の間に、次々と手がのびてくる。


 ……嘘。マジでか。


 想定以上に亡者達の力が強くなってる。

 掴んできた腕を振り払う事が、……出来ない。


 足首を掴まれ、膝を掴まれ、首を掴まれる。


 ……ヤバイ。身体が、押え、つけ、られ。


 息、が。


 でき。


 な。


 い……。


 ぐっ。


「レフィア様ぁぁぁあああああっ!?」


 朦朧としかける意識の中、すぐ顔の前まで迫っていた亡者が吹き飛んだ。

 身体を掴んで押えつけていた腕が取り払われて、肺の中に一気に空気が入り込んでくる。


「げほっ! うぇっほっ! ぇっほっ!」

「レフィア様! お気を確かにっ!」


 盛大にむせた。


 今のは正直やばかった。

 駄目かと思った……。マジで。


「……リーンシェイド。……助かった」


 うぐっ。……涙が出そう。

 いや、もう咳き込んだ時に出てるけどさ。


 今までこんなにリーンシェイドを愛しく思えた事があっただろうか。

 大好きだっ! リーンシェイドっ!!


「結婚してくださいっ!」

「……転身しても性別は超えられないので、申し訳ありませんが出来ません。……まだ余裕はあるようですね」


 速効でフラれました。


「リーンシェイド! 迎えに来てくれただがかっ!?」

「出口まであとほんの僅かですっ! 一気に駆け抜けますっ!!」


 気づけば本気モードの姫夜叉バージョンだ。

 紅い陽炎のような魔力を、炎のように激しく燃え上がらせるかのようにして身にまとっている。

 リーンシェイドの魔力は亡者達には有効なようで、魔力に触れた亡者は焼かれるようにして崩れさっている。


 私のリーンシェイドマジ天使。

 ……鬼だけど。


 リーンシェイドが愛用の小太刀を振るうと、紅い魔力が波のように刀身から走り、亡者の波を掻き分けて道を作った。

 視界が通って出口が見える。

 本当にあとわずかの距離だったらしい。


 現金なもので、ゴールが目に見えると、疲れを見せ始めていた足腰に力が戻る。


「聖女様っ! ベルアドネっ!!」

「あと少しだがねっ! 根性みせやーてっ!」

「え、ええ!」

「先導しますっ! 遅れないでくださいっ!」


 私達はリーンシェイドを先頭に亡者の群れを走り抜け、地上へと舞い戻った。


 ……無事に、戻れた。


 うぅぅっ。ヤバイ、泣きそう。


「リーンシェイド! レフィアっ!!」


 迷宮の入り口ではアドルファスが退路を確保し続けていてくれたっぽい。


 くそっ、今ならアドルファスでさえも輝いて見える。

 ありがどぉぉおおおっリーンシェイドぉお。

 あびばどぼぉっアドルファスぅうう。


「すぐにここから離れるぞっ! リーンシェイドはその気味の悪い泣きっ面を連れて行け! 後の二人は俺が抱えて行くっ!」


 ……相変わらず口の悪いヤツだ。

 気味の悪い泣きっ面だって?

 聖女様とベルアドネに悪いだろうが。


「レフィア様、失礼します」


 リーンシェイドが私を抱えあげた。

 ……あれ? ちょっ、待って。え? 私?


 気味の悪い泣きっ面って私か!?

 いや、泣いてない。

 泣いてなんかないハズ。


 私達は亡者の溢れる迷宮前から、距離を取った。


 ぐぞぅ。

 泣いてないやい。


「ギンギには近隣の住人を砦に避難させるよう走らせた。上手くいけば後から来ている追跡隊の本隊と合流して避難も捗るだろう。カーライルは砦に向かわせて、受け入れ準備を進めさせている」

「砦……、あ、フィア砦でやーすなっ!」

「……あ、あぁ。そうだが、ベルアドネ様、だよな?」

「ん? わんしゃはわんしゃだがね。何か変でやーすか?」


 アドルファスがベルアドネに少し戸惑った様子を見せた。

 どうしたんだろう、……。……あ。


「い、いや。ちょっと意外だったんでな。本人であるなら別に問題もない」

「何でやーすか歯切れの悪い。とにかく、すぐにでも急いでフィア砦に行きやーせんとっ」


 私は懐にしまってあった黒い扇を取り出して、そっとベルアドネに差し出した。


 ……ベルアドネ、訛り。訛りだよ。


「……何でやーすか、ちょっ、何を。そんなにつつかんでもっ! ……。……あっ」


 察しの悪い残念娘も気付いたらしい。

 目を泳がせながら扇を開いて口元に当てた。


「あ、ありがとうですの、アドルファス。ま、まさに九死に一生を得た思いでしたわ。このお礼は必ずいたしますので、どうぞお忘れなく……」

「……。……気にするな。これも役目だ」


 今更感がめっちゃあるけど。

 返すべき相手に返すものを渡せて、とりあえずは良かった……、のか? これは。


 すでにズタボロになった見栄を張り続けるベルアドネをよそに、ふと見ると、聖女様がリーンシェイドをじぃっと見つめていた。

 何かに驚いているかのようにも見える。

 何だろう。美少女過ぎて言葉も無い、とか?


「……あなた、まさか鈴影姫?」


 まただ、またあの名前。

 ……って、あれ?

 聖女様、リーンシェイドを知ってるの?


 聖女様がポツリと呟いた名前に、リーンシェイドはあからさまに不快な表情を浮かべた。


 





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