第3話 謎の空パック

 その日、私はバイトの前にホームセンターに行った。積まれている様々な木材を眺め、手に取り、重さを確かめた。すでに杭の形になってるものもあったが、私は彼に敬意を持っていたので自分で削って杭の形にするべきだと考えた。ひと通り白木の角材に触れ、なにも買わずに店をあとにした。


 電車に揺られ、隣駅で降りる。バスに乗り、停留所で下車した。歩く。大きな門まで来ると勝手知ったるひとの家、脇にある鉄の扉を開き、しばらく道なりに歩いていたら玄関扉に着いたので、預かってる鍵を出して扉を開けた。

 朔さんはまだ眠ってるのだろう。

 吸血鬼は死者だ。死者の眠りとはどんなものなのだろうか。想像しようとしたがなにも思い浮かばなかった。

 なるほど屋敷に蜘蛛の巣はもうどこにもなくなっていた。オレンジがかったLED電灯が等間隔に設置されて廊下を照らしている。床に散らばっていた謎の空パックも全部どこかへ捨てられているようだった。謎パック。私はひょっとしたら、と思っていることがあった。確かめる勇気はまだない。

 待機部屋の戸を開ける。

 ふかふかの椅子と菓子缶。清潔なカップと紅茶缶とたくさんのお湯。充電用のコンセントにスマホをつなぐと、私は内線電話をじっと見た。


 今日も朔さん宛てにダンボールが二箱届いた。

 今回の分を冷蔵庫に積み上げながら、前回届いた箱がすでに開封されて一箱になってるのを目のすみでちらりと見やった。


 夕方になり、朔さんが部屋に訪れた。

「お疲れ様です、三輪さん」

「おはようございます、朔さん」

 にこにこしてた朔さんの表情が少しいぶかしげになり、困った様子になる。考えすぎだったら申し訳ないのですが、と前置きして、私の手をとった。

「三輪さんの手から白木の匂いがします」

 私は黙っていた。朔さんはちょっと失礼します、と言い、私のひたいの匂いを少し嗅いで、それからそっと身を離した。

「初めて会ったときから思っていたのですが、あなたからはほのかに信仰の香りがしますね」


 怖がるでもなく、忌避するわけでもなく、雨の匂いに気付いた子供のようにただ事実を言ってる声音だった。


 私は答えた。

「……小学生のときに通ってた学習塾で、良いことだからとあたまに聖水をかけられたことがあるんです。これも、そのときにもらったんですけども」

 十字架のついたロザリオを朔さんの首にからませる。彼はなすがままになっていた。私はそうしたはいいが、それからどうしたらいいのか動作を止めてしまった。

 朔さんはまた困った顔をした。

「なにをしたいんですか?」

「自分でもよくわかりません。あなたが血を飲むのは食事と似たようなものなのはわかってるんです。でも、いざ自分が輸血用の血液を受け取る役目をすると妙に腹立たしくなって。そんなことのために集められた血じゃないのにって」

「箱の中身に気付いてたんですか」

「散らばってた空パック見て、多分、そうではないかと」

「僕はですね、」

 と朔さんは自分の口を指で開いてみせて犬歯のある場所を指した。

「僕はこの身になっても牙がないんですよ。だから直接に血液を飲むには相手の喉を裂く必要があるんです。それは僕にとっても人間にとっても不利益です。輸血が今ほどメジャーじゃなかった頃は友人の吸血鬼に血液を調達してもらってたんですけど、彼もまた去ってしまって」

 朔さんが軽く首を揺すると、ロザリオは彼の首をすり抜けてかちゃりと地に落ちた。拾ってそっと私に手渡した。

「小学生の頃から持っていたのでしょう。お返しします。あとですね、僕が受け取っていたのは輸血に使えないものなんです。異物混入は、風邪薬などを飲んで献血したことがわかった血液や過去に輸血した経験のあるひとの血液です。これは使えません。汚染は血液で感染する病気が判明したひとの血液です。こういうのは最初の検査で弾かれるはずなんですけど、どういうわけかパックされてしまうときあるんですよ」

「不正な横流しとかではなく……」

「違います。日本中で集めてもせいぜい週にダンボール二箱くらいしかないですけどね。あと、たまに輸血としての使用期限切れもあります」


 私は、全身の力が抜けた。途端に恥ずかしくなった。


「ごめんなさい、なんか本当にごめんなさい」

「いえ、ちゃんと説明しなかった僕も悪いんです。気味悪く思われるのが嫌で、曖昧にごまかしてしまっていたので。種族的にひどく嫌われても仕方のない関係性なんです。それに、僕は本当は白木の杭でも死なないです。信心深い司祭様でも無理です」

 朔さんはちょっと苦々しく微笑んだ。

「僕を殺せるのは天使だけです。あなたがたが絵に描くあの愛らしい童子や美しい人物ではなく、本当の天使です。天から突き立つ炎の柱です。あまりこの国には降り立ちませんが、あの存在は僕をこの世から抹消するに余りありますね」


 恥ずかしさのあまり、うつむいたままの私を椅子に座らせると、朔さんはいろんな話をしてくれた。

 生まれた土地の土に常に触れてる理由。この屋敷を譲ってくれた友人との長い長い日常。あまりにも明るすぎて目につくから最近では夜の空を飛べなくなってつまらないという愚痴。天使との遭遇で命からがらその場から逃げ出したという事件。


「おや、やっと笑顔になりましたね」

 朔さんは幼い子どもにするように、両手で私の両頬を挟んで上向かせた。このひとにとっては私は卵以前のひよっこであるという事実をちゃんとわかっていたけども、さすがにこれはこちらも赤面した。真っ赤な顔をしてそれでも渾身の笑みを見せつけてやった。

「いい笑顔ですね。で、このバイトはまだ続けられそうですか?」

 と朔さんも笑った。

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吸血鬼さんとバイト娘 谷戸川さんしょ @hadareyuki

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