第2話 巨大冷蔵庫

 朔さんが寝室に引っ込むと、私は待機場所として用意された部屋に入った。その部屋は明かりで室内が満ちていて、新品の電球が使われていた。

 座り心地の良さそうな椅子。上等そうな未開封の菓子缶。賞味期限はまだまだ新しい。たっぷりのお湯の入った電気ポットが何台かと、紅茶のティーバッグの缶。テーブルの中央には内線電話の受話器がひとつあった。これでインターフォンに対応するのだろう。


 部屋の三分の一を占めるのは大きな冷蔵庫。なかに閉じ込められたりしないように、と朔さんは私にあらかじめ注意をしていた。もし閉じ込められたら落ち着いて、扉内側に書かれた手順通りに操作すれば外に出られるので、と。

 ふーん。扉を開けてみる。ダンボールがいくつか冷やされていた。うん、説明のままだわ。扉に書かれてる操作方法を確認。なるほど。


 冷蔵庫の扉を注意深く閉じて、用意されたふかふかの椅子に腰かけた。紙が手元にあるので見ると、Wi-FiのIDとパスワードだった。ネットも完備なのか。確かに待ち時間は暇だけど、ここまで居心地良いように用意されてると自分が受け取る荷物が本当に気になる。違法なものじゃないといいんだけど。


 菓子缶の封をペリペリ剥いで、紅茶を飲んだ。クッキーはおいしかった。ちょっと昔風のクッキーだったけど、味はとびきりだった。

 お茶をがぶがぶ飲んでぼんやりしてるうちにトイレに行きたくなった。さっきぶらぶらしてるうちに気付いたが、なんとこの部屋にはトイレも浴室も備え付けてあるのだ。ちょっとしたホテル並みの作りじゃないだろうか。尿意のたびに薄闇が占めるこの館内部を走り回らなくていいって素晴らしいことじゃない?

 用を足して手を洗ってると、聞き覚えのあるあの音がした。リンゴーン。インターフォンの呼び出し音だ。

「はーいはいはいはい!」

 私は急いで部屋に戻り、受話器を取った。

「はい! どちらさまでしょう」

『こんにちはー、宅配でーす。お届け物です。えーと、朔さま宛てにダンボールが二箱来てますね』

「すぐ行きます!」

 はんこを引っつかみ、私は猛然と、重苦しいカーテンの隙間からわずかに光のもれる薄ぼんやりした廊下を玄関に向かって突っ切って走り出した。

 玄関から門までも走る。さすがに息が切れた。ぜいぜいしながら、鉄の扉を開けて荷物を受け取った。

「重いですよー。気をつけて。はい、こちらにはんこを。はい、どーも」

 慣れた調子で宅配業者さんは言い、私も、どーもーと言いながらあたまを下げた。


 よし。受け取った。


 台車の出番である。門の陰に置いておいた台車にダンボール(重い!)ふたつを積み、急いで玄関まで押して行く。そのまま扉を通過し、屋内も台車のままで高そうな絨毯を痛めつけながらさっきの待機場所まで押し込んだ。

 一箱ずつ冷蔵庫によたよた持っていき、そこでも箱を積む。結構腰にくるな。筋力つくかも。

 抱えているときにダンボールの備考欄がふと目についた。そこには『異物混入三十。汚染二十』と書かれていた。

 物騒だなー。

 そう思ったけど、そのまま忘れてしまった。無事に冷蔵庫へ収まったのを確認してから扉を閉めて台車を門まで置きにいった。


 荷物は到着した。あとは夕方に朔さんが起きるのを待つだけだった。暇だ。ちょうどいいので次に来るときに必要なものをメモすることにした。私はメモを書くのは大好きだ。

 えーと、まずは電球とか蛍光灯。これは朔さんに許可を取ってから。なんというか、廊下が暗すぎる。まったくもって人間には暗すぎる。懐中電灯片手に行動するのも考えたがどうせなら全力疾走に注意を割きたい。ロウソクじゃなくて電灯なのは最初に来たときに見た。

 あとはゴミ袋。廊下の床への放置ゴミ、主になにかの謎パックが多くて廃墟一歩手前の光景のようだ。暗くてよくわからないけどいろいろありそうだった。蜘蛛の巣を払うほうきかなんかは屋敷のどこかにあるだろうか。これも聞いてからやろう。もしかしてひょっとしたら蜘蛛はペットかもしれないから。

 あとは、なにかあるかな。思いついたらまたメモする感じで行こう。


 あまりにも暇だったんで、お茶飲んだり、スマホで電子書籍読んだり、今食べてる菓子缶の価格とかを調べたりしていたら、いつの間にか夕方になっていたらしい。


 こつこつとノックされて、待機部屋のドアが音もなく開いた。

 ふわっとロウの溶ける匂いとともにロウソクの刺さった小さな燭台を持って、朔さんが暗くなった廊下に立っていた。ちょっと立ち寄ったコンビニで出会っても印象に残らないだろうなと改めて思う。

 目が薄く光っている。でもやはりひとではないんだなぁ。

「お疲れ様です、三輪さん」

「おはようございます、朔さん」

「やっと目が覚めました。これ、雰囲気出すつもりはなかったんだけども明かりがロウソクしか見当たらなくて。懐中電灯を事前に購入したつもりで忘れてたらしいです。昼間はどうでしたか。重くありませんでしたか」

「用意していた台車を使ったのでそれほどでもなかったです」

「それは良かった。どうぞ、この燭台を。あなたのために火を点けたものです。どうでしょう、このバイトは続けられそうですか?」

「それなんですけども」

 私はさっきメモを取った気になることを伝えた。朔さんはうなずいて聞いていたが、ちょっと考えて、

「電灯はいいかもしれないですね。電気自体は通じてますし。必要なものがあったらどんどん言ってください。僕には多分わからないことも多いと思いますので。あと、蜘蛛の巣も僕が取っておきましょうか。天井の高いところ届かないでしょう」

 すーっとその姿が立ったまま余分な動作なしで宙に浮かんでいく。

「なるほど、結構巣がありますね。任せてください。次までに取り払っておきますよ。夜は長くて退屈なんです」

 私は彼の土まみれの足の裏を下から見上げて、相当に価値観が違いそうだけど、悪い人物ではなさそうだなぁと考えていた。こんな簡単に浮くんだ。すごいな。

 それから私たちは次のバイトの日取りと金の支払い方法を決めた。

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