ラ・ウール防衛組~ コッペリア・コンプレックス (終)~

 かくして人形は出来上がります。


 資金、時間、情熱、技術、そして命。


 青年は自分の持ちうるものを文字通りすべて捧げ、あるいは投げ捨てて仕事を成し遂げます。


 外から見える繋ぎ目を一切排除した滑らかな肌。


 動きにぎこちなさがまるで感じられない自然な関節の駆動。


 陶磁器のような白肌を薄っすら紅潮させる温もり、呼吸する度に上下する胸、不定期にはさみ込まれるまばたきなどといった細やかな仕掛けの数々。


 人形師として忠実に再現した造形部分はまるで鏡映しのように少女の姿をそのまま具現化させました。


 しかし、青年が何より心血を注いだのが≪人形遣いパペッタ―≫としての腕前に寄った内面部分です。


 外から与えられる情報を感情として変換処理、演算されたその感情の種類や強弱によってコロコロと切り替わる表情や態度。


 状況を読み取り、空気まで汲み取り、相手を不快にさせないようにと数多ある候補の中から適切な言葉を選び抜いて発言する頭脳。


 その完成度は控えめに言って、完璧に過ぎました。


 外見も中身も、もう少女云々という以前に、もはや一つの命を生み出してしまったと表現しても過言ではなかったでしょう。


 殆どの人形師は、人形遣いとしての技術も共に学びます。


 その過程の中で、やがてより自身が得意とする方の能力を伸ばすのが一般的です。


 しかし、天は青年にどちらの才能も与えていました。


 本来、両立するはずもない人形師と人形遣い、どちらも超一流という奇跡の才。


 本人の控えめな性格が大いに足を引っ張り、それまで存分に無駄遣いされてばかりでした。


 けれど、ただ少女を救いたいという一心、愛する少女を不遇の立場から掬い上げたいという一念からその奇跡は初めて開眼を果たし、ここにおそらく歴史上最高傑作であろう『自活駆動型』人形が完成したのです。


 『これで……彼女は……幸せ、に……』


 最後の仕上げを終え、崩れ落ちるように倒れ伏して気絶する青年。


 『……ええ、そうね。そうなれば素敵ね、お兄さん?』


 そんな彼の頭を膝枕して撫でる『自活駆動型』人形。


 その言葉、その表情、そのどこか哀し気でどこまでも暗示的な示唆に富んだ微笑みですら……人形は忠実に少女を再現するのでした。




 ……さて、物の語りも最終盤です。


 なので、もはや取り繕う必要もないでしょう。


 父親にしろ、母親にしろ、官僚の男にしろ、少女を取り巻いていた大人たちは、押し並べて人間のクズでした。


 ただ己が劣情に突き動かされるまま、無垢な少女達の人権、未熟な身体、無数に広がっていたはずの将来を、侵し、犯し、冒し尽くすこともまるで厭わないクズでした。


 ただ己が虚栄心を満たす為にならば、親が子供に与えるべき当たり前の愛情すらも打ち捨て、娘の幸福な未来よりも自分たちの裕福な今日を選ぶようなクズでした。


 人間として最低のクズです。


 生き物として価値がないばかりか害悪ばかりを撒き散らす最悪なゴミです。


 見ているだけで、語るだけで、思い出すだけで胸糞の悪くなって吐き気をもよおしてしまう、最低最悪最凶のゴミクズゲス野郎たちだったのです。


 少女が弱かったことは認めましょう。


 たとえどれだけ変態の男によって自分の人生が狂わされることを知っていても、両親の望みだからと反抗もしなかったのは弱さです。


 たとえどれだけの蛮行を働かれても変わらず両親に対する愛を持ち続けたのは、現実を受け入れられず愛の溢れる夢想に執着していただけの弱さに他なりません。


 自分で様々なことを考え、決断し、実行できるほどの能力を持ちながら、ただニコニコと笑って皆に愛でられるだけの人形であろうとしたことは、優しさや思いやりなどではなく、単なる情弱であり怠慢です。

 

 しかし、だからと言って少女が悪いことなど一つもありません。


 彼女が自分でうそぶいていたような罪もなければ、それに対する罰など有りようはずもありません。


 彼女はただ可憐でした。

 彼女はただ何もかもが美し過ぎました。

 彼女はただ両親を愛していました。

 彼女はただ人間を愛していました。

 

 ただし大人達が穢れていました。

 ただし周りの誰もかれもが醜悪に過ぎました。

 ただし両親は少女の愛に応えてくれませんでした。

 ただし人間が少女の愛に報いることができませんでした。


 少女と少女以外の者は、最初から噛み合っていませんでした。


 もしくは少女の可憐さと美しさと優しさと弱さが、大人達の汚らわしさと醜さと悪辣さと業の深さと、噛み合い過ぎてしまいました。


 なので、この一人の愛らしい少女が見舞われた、

 甘くて苦くて、

 幸せで不幸せで、

 素敵で不気味でやっぱり素敵で……。


 そしてどこまでも悲劇的な結末を迎える物語は、


 きっと、起こるべくして起こったことなのでしょう。



         

『……こちらが完成した人形となります。お納めください』


『お久しぶりでございます、おじさま』


『おお、おお。素晴らしい出来ではないか』


『会えてうれしく思いますわ、お父様?お母様?』


『はい、どこからどう見ても我が娘・カロンと瓜二つですな』


『ええ、それにまるで本当に生きているかのようですわね』


『これこそ、私の求める完全なる少女性を有した理想の人形だ』


『……これで彼女を……』


『どれどれ……ふむ、なるほど。おお!!これはこれは、なんと精巧なっ!!』


『……あの……ですから……』


『まさに開花する前のあの水蜜桃のごとき甘さと瑞々しさを持った秘部!!硬さの中に確かな柔らかさを持った絶妙な加減の肉房!!素晴らしいっ!!これは素晴らしいっ!!しかもこれが廃肉を纏った牝に成長することなく、いつまでもわが手に残るというのかっ!!』


『は、恥ずかしいですわ、おじさま……』


『そして、この恥じらった様子!!素晴らしいっ!!素晴らしいぞっ!!』


『制作に当たりまして、わたくしどもも最大限の出資を致しました』


『ただ閣下の為にと、親として限りなく娘に近づけるよう助言も致しましたわ』


『そうか、そうか。それは手間をかけてくれたのだな』


『いいえ、閣下がご満足いただければとの一心で』

『いいえ、多忙な閣下のお慰みになればとの一念で』


『うむ、殊勝な心掛けであった。私は大層満足だ』


『…………』


『どれ、早速今から使ってみたいのだが……』


『かしこまりました、閣下』


『そう申されるかと思い、客室を既に用意してございます』


『なんと気がきく夫妻であろう。いや、これまで色々と済まなかった。どうやら私はとても大人気ない態度を君達に取ってしまったようだ、許せ。後程、下の会場に集めた者にも私の方から今まで通り、いや、今まで以上に仲良くさせることを誓わせよう』


『ありがたき幸せでございます、閣下。すべては我が娘の至らなさが招いた結果であるというのに』


『はい、夫の言う通り。すべて、すべて、あの出来の悪い娘の罪科でございます』


『確かに罪深い娘であるが、両親がそう言ってやるものではない。はっはっは!!』


『その節は本当に申し訳ございませんでしたわ、おじさま』


『よいよい、頭を上げるのだ。よいから私と一緒にこちらへ来るのだ』


『……っつ!!……』


『それに私の物になるには甚だ欠陥だらけではあるが、どこかの贅肉好きな変態貴族にでも嫁がせればよいではないか。一度は我が琴線に触れた器量だ。貰い手の一人くらいはいるだろう』


『なるほどっ!慧眼にございます、閣下!!』


『ああ、閣下。あれほどの仕打ちをした愚かな娘に、まだ親への孝行の機会があると提言して下さる御身の度量、感服いたしますわ!!』


『そうか?そうであろう?はっはっはっ!!』


『っつ!!あ、あなたたちは何をっ!!』


『ん?まだいたのか、人形師?』


『お前の役目は既に終わった』


『ご苦労様でした。しかし、貴方の仕事はここまでです』


『人形を完成させたら彼女を解放する約束だったはずです!!』


『そうだったのか?私は聞いていないが』


『そうでしたか?私もそんな約束を交わした覚えはありません』


『そうですわ。それに解放?まぁ、なんて人聞きの悪い。それではまるで、わたくし達が不当に娘の自由を奪っているみたいではありませんか』


『っつ!!!』


『あーそうか。人形師、お前もあの娘が欲しかったのか?』


『そうか。お前も我が娘にたぶらかされた口か。卑しいな人形師。なぁ、カロン?』


『そうでわすわね、お父様』


『そうですわ、そうですわ。なんてイヤらしいのかしら。ねぇ、カロン?』


『そうですわね、お母様』


『確かにお前の人形師としての名声は高いのだろう』


『しかし、所詮は一介の職人階級風情だろう』


『資産は?家柄は?爵位は?何もないのでしょう?』


『僅かな小金を稼いでみたところで、お前ごときが手を出していい娘ではないのだよ』


『カロンにはまだまだ利用価値がある。私達の暮らしをより良いモノとする為のな』


『それこそがあの娘の幸福。あの心優しい娘が願い望むのは私達の幸福。それは貴方には決して与えることのできないモノなのよ』


『……頭がおかしいんじゃないのか、おまえたち……』


『ふん、聞き捨てならないな、人形師。だが、人形の出来の素晴らしさに免じて一度だけ聞かなかったことにしてやる。だから、さっさとこのまま立ち去れ』


『おお、閣下。なんと慈悲深いお方!!』


『貴方も閣下ほどの広く深い器を持った男になってから出直してくることね』


『出直してきたところで、泥臭い職人ごときにできることなど何もないだろうがな、はっはっは!!』


『はっはっは!!』


『おほほほほっ!!』


『……わかってはいたけれど……救いようがないな、あんたたち……』


『……一度だけ、と私は言ったはずなのだがな』


『もう、いいよ……』


『よくはない。私に対する二度にもわたる不敬、許されると思ったか?』


『全部、終わらせてやる。……僕が……ここで全部……』


『なにを訳のわけのわからないことを言っている?』

『閣下、どうぞこの剣をお使いください』

『そうです。その減らず口ごと、閣下自ら首を落としてくださいませ』


『……目覚めるんだ、≪規範カノン≫』


キュィィィィンンンン……


『ん?』

『なん?』

『え?……カノン??』


―― ≪声帯認証≫受諾。

―― ≪体内組成≫再構築……完了。

―― ≪稼働術式≫再構成……完了。

―― ≪全機構・全機能≫再展開……完了。

―― ≪自己エラー診断≫……完了。

―― オールグリーン。オールグリーン。


―― ≪コッペリア・システム≫起動します。


『……なにか御用かしら、マスター?』


『な!?』

『なんだ!?』

『雰囲気が……え??』


『おはよう、カノン』


『ええ、おはよう、マスター。良い夜ね?』


『本当なら、君とこうして顔を合わせたくはなかったんだけれど』


『あら、ひどい。ワタシはこうしてアナタとお話できてとっても嬉しいわ』


『君が目覚めた理由はわかるね?』


『ええ、もちろん。ワタシの行動原理……ワタシの存在意義に抵触する事態が起きたということなのね?』


『確認だけれど、君の行動原理、存在意義……君が生まれた理由はなんだったかな?』


『それはたった一つね。カロンの……ワタシの姉さんの幸福を脅かすモノ、なにもかもを排除することよ』


『その通りだ。彼女の幸福を阻むモノを君は絶対に許してはいけない』


『取り立ててはこのヒトたち、ということでいいのかしら?』


『ああ、そうだ。……こんな奴らをヒトだなんて呼ばなくてもいいけれど』


『その辺りの細やかで私情によった認識の機微なんて、お人形のワタシにはわからないわ。後で設定し直してくれないかしら?』


『いいや、その必要はないよ。君にはそういったものを自分で学習できるだけの機構を積んでいるんだから、僕の手はもう何も借りなくても大丈夫だ』


『まぁ、それは楽しみね。これからワタシはどんな風に変わっていくのかしら。ふふふ……』


『でも、最初だけ。学習機構の取っ掛かりとしてこれだけは教えておくよ……』


『ええ、なにかしら?』


『目の前にいる、我欲がヒトの皮を被っているような奴らのことを……ゴミクズと言うんだ』


『ええ、わかったわ』


『き、貴様!?』


『私達が、ご、ゴミクズだと!?』

『え?え??ええ???』


『もう許さん!!こんなガラクタ共々、私が切り伏せて……』


『とりあえず学習機構から検索してみたのだけれど……』


 ズバシュッ!!

  ズバシュッ!!

   ズバシュッ!!


『ゴミやクズは普通、ヒトの言葉を喋らないモノよね、マスター?』


『……ああ、君は賢いな、カノン。……ははは……ははは……』


『ありがとう。褒めてくれて嬉しいわ、マスター。ふふふ……』




 ゴロリと転がる三つの首。

 盛大に降り注ぐ鮮血の雨。


 生気を失った青年の乾いた笑い声。

 細身の剣を握った少女の淑やかな笑い声。


 たとえ邪なものであっても何かしら生み出す役目を担っていた三人ではありました。


 しかし、首を失い、命を失い、未来を失った今の彼らは、文字通り何の生産性も無くなったゴミクズでしかなくなりました。


 ああ、なんという皮肉。

  ああ、ああ、なんと滑稽な大人達。


 凄惨な虐殺現場であることは間違いありません。


 けれど、どうしてでしょう?


 そうやって彼らが不細工な肉塊として転がり、生前蓄え続けた業を吐き出すかのように血しぶきを上げる様子は、なんとも言えず、喜劇的な可笑しみがありました。



……そして、物語は、結びとしての悲劇を残すのみとなります。




『……お父様?お母様?』


『……か、カロンさん』


『あら、姉さん。来てしまったのね?』


『なに?……なにが……起こったの?』


『こ、これは、その……』


『見たままよ、姉さん?』


『あなたは……私?なの?』


『いいえ、いいえ、違うわ、姉さん。ワタシはカノン。アナタの妹よ』


『いもうと……?』


『か、カロンさん!!ど、どうですか!?これが……このカノンこそが前に貴女にお話ししていた人形です!!僕が何もかも……お金も時間もこの魂も削って作り上げた傑作です!!』


『おにんぎょう……?』


『そうです!人形です!貴女の代わりとしてこの男……このゴミクズ野郎に納品し、貴女を解放させるという約束の為に僕が作った人形です!!ええ、本当に最高の逸品です!!もう二度と、僕にはこんな素晴らしい人形は作れない……もう絶対に作れるきがしない、作りたくもない。人形師としても人形遣いとしても、僕の情熱はもうすっかり枯れ果ててしまいました。それくらい……それくらい、僕は貴女を救いたくて……貴女だけを想って必死で頑張ったんです!!』


『おにん……ぎょう……私の……代わり……』


『そうね、そうよ。ワタシはアナタの代替品。アナタであってアナタでない、単なる機械人形よ。それでもおじさまは大層満足なさっていたのだけれど……仕方がないわね。ワタシを手に入れるだけでは飽き足らず、懲りずにアナタの幸福を奪おうとしたのだから』


『こうふく……私の……こうふく……』


『そうです!!そうなんです、カロンさん!!コイツら……この変態ジジイだけでなく、貴女の実の両親まで、相変わらず貴女から未来を、自由を、幸福を奪おうとしたのです!!またどこかに嫁がせればいい?まだ利用価値がある?罪?罪だって?……何を言っている!!何をほざいている!!親の幸福が娘の幸福だ?ふざけるな!!そんな私利私欲にしかまみれていない親の愛など、愛情なわけがあるか!!そんなものが幸福だなんてあるわけがない!!』


『……だから……殺したの?』


『……え?』


『だから、貴方は、お父様とお母様を殺したの?私を救うって、私を解放するって、私を幸福にするって言って、殺したの?ねぇ?』


『そ、それは……』


『そうよ、カロン』


『……っ……』


『表向きは無邪気で忠実な愛玩人形だけれど、マスターがワタシを『自活駆動型』人形として起動させるための術式の奥底にこっそりと忍ばせていたプログラムがあるの。それは、姉さん?アナタの不利益となることをすべて退ける、アナタを守ることだけを目的とした……』


『っつ!!頼んでないっ!!』


『え?』


『……そう』


『頼んでない頼んでない頼んでない!!!!』


『か、カロンさん……ぼ、僕は……』


『そんなの私、頼んでない!!こんなの私、全然望んでない!!私を救うですって?私を守るですって?私、貴方に一度だってそんなこと頼んだかしら!?一度だって……お父様とお母様を殺して下さいって頼んだ!?』


『あ、う、そ、それは……だって……』


『…………』


『私は……よかったの。……別に、私の体がどうなっても……私の心がどうなっても……それでお父様とお母様が喜んでくれるなら……それで幸福なら……それで二人が頭を撫でて褒めてくれるならそれでよかったの……』


『か、カロンさん……』


『だって愛していたの。たくさん痛いこともされたし、たくさんたくさん怒られたけれど、全然ひどくなかったの。嫌じゃなかったの。だって私が悪いから……私がお人形さんでいられなかったのが悪いから……二人の幸せを、私が邪魔しちゃったのがいけないの』


『そ、そんな……そんなわけがあるか!!』


『そんなわけしかないのよ!!』


『っつ!!』


『貴方に何がわかるっていうの!?赤の他人でしかない貴方に一体、私たち親子の間にあった絆の何を知っているというの!?』


『い、いや、だって……ぼ、僕はただ!!あ、貴女の幸せのために必死に……』


『私は幸せだったの!!』


『っつ!!!!!』


『痛くされても、部屋に閉じ込められても、政略に利用されても、それでも両親のことを愛していたの!!ずっとずっと、二人の為だけに生きていければそれでよかったの!!』


『そんなの……そんなのってまるで……』


『まるで都合の良いお人形ね』


『そうよ!!私は生まれてからずっとお人形でしかなかったのよぉぉぉ!!』


『そう、それがアナタというヒトなのね、姉さん?』


『姉なんて呼ぶな!!私に妹なんていない!!』


『そういうわけにはいかないわ。ワタシはもう起きてしまった。アナタの妹として設定され、それはワタシが壊れるまで変わらない』


『それじゃ、壊れなさい!!あんたなんか今すぐに壊れてしまえばいい!!』


『その命令は受けつけられないわ。ワタシに自害の概念はインプットされていないし、何より、命令権限はマスターにあるわ。アナタを守る為に生み出されたけれど、アナタの意志に従う義務はないのよ、姉さん?』


『……お父様……お母様……あああ……ああああ……』


『僕は……なんのために……これまで頑張って……』


『死んだ……ああ……死んでしまった……ああ……あああ!!』


『ただ……しあわせに……』


『ああああああああああああああ!!!!!!』


『あのえがおを……もういちどだけ……みたかっただけなのに……』


『ああああ!!!ああああああ!!!!ああああああ!!!!!!』


『マスター、≪命令オーダー≫をくれないかしら?心的な衝撃により脈拍ならびに血圧の異常上昇、その他生体維持に支障を来たす障害が姉さんから検出されているわ。繋いだ魔術的パスから演算してみたのだけれど、このままでは姉さんの自我はあと40秒ほどで崩壊してしまうのだけれど』


『…………』


『あああああ!!あああああはははは!!あははははははは!!!』


『いいのかしら、マスター?これも一応、ワタシの行動原理に触れる事象なのではないかしら?』


『…………』


『しんじゃった!!みんなしんじゃった!!!あはははははは!!!!』


『マスター』


『……三つだけ≪命令オーダー≫だ、カノン』


『ええ、何かしら?』


『一つ目……もっと学べ、カノン』


『ごめんなさい、よくわからないのだけれど?』


『これから、ずっと彼女の傍にいて、ずっと彼女を守り、もっと色々なことを学習して蓄積して、もっともっともっと君自身が人間に近い存在になってくれ』


『了解したわ。姉さんのそばで一層の学習に励み、ヒトに近づくわ』


『二つ目……次に出す命令を最後に、マスター権限を彼女……カロン・エルロンに移してくれ』


『了解したわ。次の≪命令オーダー≫を最後に、マスターは姉さんのものになるわ』


『ありがとう、カノン。そしてごめん』


『お礼と謝罪の意味がよくわからないわ』


『さっきも言ったろ?これから、きっとこういった意味の無い、意味の分からない繊細な人間の心も、君は理解できるようになる』


『やっぱり、よくわからないわね』


『大丈夫だよ、大丈夫。なにせ君は彼女の複製品だ。とても賢く、とても可憐で、とても優しいのだから』


『そうね、そうだったわね。姉さんはとっても聡明で可憐で優しいものね』


『そして、さっそくまた学ぶ機会が訪れたよ、カノン』


『ええ、なにかしら?』


『今、彼女は泣いている。斬り飛ばされた両親の首を抱いたまま泣きながら笑いながら狂っている。……あれはね、とても不幸な光景なんだ。とてもとても、普通の人間からすれば耐え難い、直視に耐えない不幸せなんだ』


『ええ、学んだわ。あれはとっても不幸なことなのね』


『そして、その不幸を運んだのは他でもない僕なんだ。僕が一人よがりに正義漢ぶった挙句に招いたとてもとても悲しい不幸せなんだ』


『学んだわ。あの不幸を運んだのはマスターなのね』


『ほら、どうだい?君の行動規範である彼女の幸福を僕は脅かしてしまっただろ?たとえ製作者であっても、現時点のマスターであっても、彼女をあそこまで傷つけた、排除しなければいけない対象じゃないか、僕は?』


『いいえ、いいえ。駄目ね。エラーが検出されるわ。ワタシの行動規範は肯定しているのだけれど、主幹の機構は全面的に否定しているの。マスターを害してはいけないというプログラムは、姉さんを害する者の排除と同等の強制力があるようね。矛盾がぶつかり合って回路が焼けつきそうよ?』


『それも大丈夫。その為の最後の命令さ』


『……そう、そうなのね。……そういうことなのね、マスター?』


『本当に君は賢い。もう既に僕の考えの僅かな機微に気付いているじゃないか』


『残酷なことをさせるのね、マスター?』


『そしてこれを残酷だと思えている。……なんとも人間らしい感情じゃないか。僕は誇らしいよ、カノン。人形師として、君のような素晴らしい人形を生み出せたことを』


『生んでくれてありがとう、マスター。そして、さようなら、マスター。アナタとのお別れを、どうやらワタシは哀しいと思っているみたいだわ』


『愛する彼女のことを……僕が壊してしまった彼女のことをよろしく頼むよ。≪規範カノン≫の名の通り、どうか彼女のお手本、指針となって導いてあげてくれ』


『ええ、任せておいて』


『それでは、三つ目の≪命令オーダー≫。……僕を殺せ、カノン』


『了解したわ』


 ズバシュッ!!


 三つのゴミクズを作り出したのと同様に、人形は自らを生み出してくれたマスターの首を剣でもって綺麗に撥ね飛ばします。

 

 ゴロリと転がる一つの首。

 盛大に降り注ぐ鮮血の雨。

 正気を失った少女のケタケタとした笑い声。

 元マスターの亡骸を見つめる人形の無言。


『……学んだわ、元マスター』


『きゃははははは!!しんだ!しんだ!!またしんだ!!きゃははははは!!!』


『そう……これが、親を失った喪失感と哀しみなのね?』


『きゃははははは!!きゃははははは!!』


『確かにとってもキツイものだわ。狂ってしまうのも今の私にはよくわかる。……それでも狂えないのがお人形。そして、そこまで狂気に飲まれてしまえるということは、アナタはお人形ではなくてやっぱりヒトであった証拠ではないかしら。……ねぇ、カロン?』


『うん!!うん!!ボクはカロン!!ヒトだよ!!ヒトなんだよ!!』


『そうね、そうよね。アナタはずっとヒトだったわよね?』


『ボクはカロン!!あなたはカノン!!ボクたちはずっと双子の姉妹!!』


『そうね、そうだわ、姉さん。ワタシたちはずっと双子の姉妹ね』


『きゃはははははははは!!!!!』


『……なるほど。マスターのカロンが認めたことで、ワタシたちを繋ぐパスがより太く、より強固な物となったみたいね。……人格が引っ張られる。……主導権を持った姉さんが感情を昂らせるほど、ワタシもまた影響を受けてしまう仕組みかしら?』


『カ~ロン♪カ~ノン♪ふったっごぉぉぉぉ♪♪』


『……これは気を付けなければいけないわね。普段はこれでいいけれど、キチンと冷静でいられる部分も独立して残しておかないと。……これからずっとカロンを守り抜いていくためにも、ね……』


 それまで大事に抱えていた両親の首を振り回して歌い始める≪人間カロン≫。


 その陽気な狂気に辛うじて抗いながら既に今後の方針を練り始める≪人形カノン≫。


『―――――っ!!!――――――』

 『―――――っ!!!!!――――――』

  『―――――っ!!!!!!!!――――――』


 そんな二人の耳に、突如くぐもった声らしきものが聞こえます。


 音源はどうやら、一階にある宴会場の辺り。


 そこには今宵、久しぶりに少女の屋敷で開かれることとなった宴に参加している貴族や官僚、財界の要人などが多く詰めかけていたはずです。


『陽気な声……ではないわね。これは悲鳴?絶叫?この惨状はまだ誰も知らないはずなのだけれど……下で何が起こっているのかしら?』


『なんか楽しそうだよ、カノン?』


『そうね、そうだったわね。きっと楽しい楽しいお遊戯でもしているのね』


『お遊戯!?なんだろ!?ボクね、お人形で遊びたいんだ!!』


『そうね、そうしましょう。きっとたくさんたくさん、お人形が集まっているわ』


『これからも、ずっと一緒にいてくれる、カノン?』


『ええ、ええ、もちろんよ、カロン。これからもずっと一緒にいましょう』


『死んだりしたらヤだよ、カノン?』


『ええ、ええ、もちろんよ、カロン。ワタシは決して死んだりしないわ』


『大好きだよ、カノン』

『大好きよ、カロン』


 そうして、二人の姉妹は、仲良く手を繋いで部屋を出ていきます。

 

 紙の類は無く、

 木切れも無く、

 人形も無く、


 ただ、お金に物を言わせた豪華で豪奢な内装と、


 四つの首のない死体が転がるだけの部屋を出ていくのでした……。





 以上で喜劇めかした悲劇は幕を下ろしますが、素敵で不気味な物語はもう少し続きます。


 これから一階で起こる予定の素敵な『正義』との出会い。


 それを持ちまして、


 このかつて人形と呼ばれた少女と、少女として作られた人形の、

 とっても甘くて苦々しくて、

 とっても幸せで不幸せな、

 素敵で不気味でやっぱり素敵な物語の本当の結びとさせていただきましょう。



           @@@@@




 ふふふ、どうだったかしら?


 登場するヒトたちみんなが、ただ真っすぐに空回り、すれ違っていくこの喜劇。


 結局は誰一人として救われず、報われず、失われていくばかりのこの悲劇。



 ああ、なんて愚か。

  ああ、ああ、なんて可愛らしい。



 ヒトというのは、本当になんて面白い生き物なのでしょう。



 ねぇ、そうは思わない?

 


 優しくて残酷な、お姉さん?



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マジカル・ビート・タクティクス ~異世界ってこうですか?~ @YAMAYO

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