番外・絢爛舞踏会~ 幕中 ~

 「……よっと」


 俺たちがいるところまで歩んでくると、ゼノ君は自分の頭からココをひっぺがすように床におろす。


 「壮行会の時にもいなかったですよね、ココさん。……あ、そうです、貴女もですよ」


 「我?我はほら、だから二番に」


 「……はい?」


 「ダメじゃ、通じんか……。はぁ、これだから地味子は地味子なんじゃ」


 「え?なに?なんで私、何かを諦められたんです?」


 「ほれ、遊んで来い。ただし、あんまり遠くに行くんじゃねーぞ。探すのめんどいから」


 「わ~い。るんたったったぁ~♪」


 クルクルと回りながら駆けていくココ。


 飛んだり跳ねたりするたび、豊かな尻尾と尖った狐耳も一緒に跳ね回る。


 「……いいの、ゼノ君?」


 「あん?」


 「ココの秘密」


 「ああ、大丈夫だ。……っち、甘ぇなコレ……」


 通りすがったメイドから適当にグラスを受け取り、そのまま中身を半分ほどあおってから、気怠そうにゼノ君が言う。


 「バレることはねーよ。現にあの調子で最初からずっとここにいたしな」


 「一応、隅々まで探したんだけれども」


 「いたさ。……まぁ、あんな見世物みたいな台の上で大人しくしているわけもなく、ちょろちょろと動き回って飯だの飲み物だのを漁りまくってたみてーだけど」


 「全然、気づかなかった」


 「だろーな、かっかっか」


 いつもムッスリとした彼には珍しく、軽快な笑い声をあげる。


 「妙に勘の鋭いあんたにバレてなきゃ安心だな。こうしている今だって、俺ら以外にココのことは認識できてないハズだ」


 「隠形術?」


 「そんなようなもんだ。俺はともかく、ココみたいな獣人族丸出しのヤツがこれまでどこでも騒ぎになっていないことを考えりゃ、なんとなくわかんだろ?」


 「それは獣人族の?それともココ固有の能力?」


 「どっちも半分だけ正解……ってとこか」


 「意味深だな……君も占いの館で丸儲け?」


 「なんの話だよ」


 「こっちの話、だよ」


 「……俺みたいな半端モンと違ってココの血は純血も純血、大昔に世界中で暴れまわったご先祖さんたちと同じモノホンの獣人だ。その仕様としてあんな小っこい体でも秘めてる魔力や身体能力なんかは規格外もいいところ。……そしてそんな純粋な獣人族の中にあっても、ココの規格はさらに別格にズ抜けてやがんだよ」


 「……あのステルス機能は、獣人族の優れた力によるところはあるけれど、決して獣人族の力というわけじゃない?」


 「ああ、そうだ。気配を消したり抑えたり、闇夜に紛れて獲物に近づくなんていうのはただの技術だ。別に獣人に限ったことじゃない。そこら辺が巧いヒト種の暗殺稼業同業者なんざ幾らでも見てきたしな。……だから、ありゃ、ココが勝手にやってるだけだ」


 「勝手にやってる……」


 「勝手ってのはあれだぜ?文字通り、ココ自身の意思も構わずってことだ」


 「なるほど、半分正解というのはそういうことか」


 「固有だなんだ以前に、能力でもなんでもねーんだよ、ありゃ。もっと根源的っつーか自然発生的っつーか……難しいことは俺にもよくわかんねーけど、あれがココの標準仕様なんだ」


 「だけど、俺たちには認識ができてる」


 「ココが認めた、からな」


 「認めた?」


 「ココが認識した、だからあんたたちにも認識できるようになった。気にも留めない道端の石コロや目にも入らない虫ケラじゃなく、一個の人格を持った個体として、対等に言葉を交わし、触れ合ってもいいと思える何かとしてな。……単純な理屈だろ?」


 「……いまいちピンとこないなぁ」


 「優位は常にココの側にあるってことだ」


 「ますますわからない」


 「……ま、いいんじゃねーか。別にわからなくても……」


 ゼノ君は眉をひそめながらも、グラスに半分ほど残った果実酒をグイっと飲み下す。


 口に合わなかったみたいだけれど、律儀に飲み干すところがゼノ君らしい。


 「ココがあんたらに懐き、姿を現し、交流を持つことを認めた……正確には許したから、アイツはここにいる。……おかげで俺までこんなめんどくせーことに引っ張り出されていい迷惑だが、ま、仕方ねー。成り行きはトコトン気に食わなくとも、それがココの選んだことだしな」


 許す、か。


 ゼノ君と廃聖堂で戦った時。


 確かにずっと傍にいたらしいココの気配なんてまるで感じなかった。


 気配どころじゃない。


 空気の流れや密度、温度や湿度だって、その場に人が一人いるだけ微妙に変化するものだけれど、そんな違和感がまるでなかった。


 戦いの最中で神経を研ぎ澄ましていた俺も、ゼノ君の不自然な動き方で何かを庇っているのだと気が付いただけで、特定の誰かがいるとまではいたらなかったわけだし。


 「るんたったったぁ~♪るんたったったぁ~♪るんた……っふみゃ!!」


 「ああ、もう……また顔面から転んで……」


 「ちょいちょい猫みたいな声を出すのは連れの影響なのかのぉ」


 「いたい……いたいんだゾ……げきれつに……」


 「だからなんで倒置法……」


 「痛さを強調したいんじゃろ、激烈に」


 「…………」


 そういえば……アンナによるとココは突然目の前に現れ、声を掛けてきたという。


 そう、あくまでココの方から。


 優位性、もしくは主導権は初めから……。


 そして今の今に至るまで、あの無垢な狐っ子の方にあるのかもしれない。


 「まるで、女王様だ」


 「……はぁ……あんたのその勘の良さはマジでなんなんだよ……」


 なんだか感心したような呆れたような、そんな調子でゼノ君が俺を見る。


 「ホント獣人族もビックリだな、おい」


 「どういうこと?」


 「……気にすんな」


 「……そう」


 きっとこれ以上、深く突っ込んだところでゼノ君は何も言わないだろう。


 ……あ、うーん、いや、どうかな。


 なんだかんだで気のいいこの青年のことだから、しつこく、そして熱心に問いただせば案外その真剣さにほだされてポロリと話してくれるかもしれない。


 けれど、まぁ、今のところそこまで真面目になって聞きたいとも思えない。


 種族ごと滅びたハズの≪王を狩る者セリアンスロープ≫、その純血中の純血がどうして存在しているのか?


 その傍らに、面倒くさいといいながらも寄り添い続ける君は一体何なんだ?


 二人の出会いはいつなんだ?


 二人の関係はどういったものなんだ?


 『何でも屋』なんて看板を掲げて各地を転々としながら、最終的に何を目指しているんだ?


 疑問は尽きない。


 未だこの獣人コンビには謎が多い。


 ……でも、今はまだそれでいいんじゃないかとも思う。


 「……飲もっか?」


 「……ああ、そうだな」


 「ちょうどいいところにメイドさんが……あ、すいません」


 「なぁ、ねーちゃん?もっと酒らしい酒ってねーのか?できれば炭酸入ってないやつ」


 「あんまりワガママ言って困らせちゃ……あるの?え?というかどこから出したのそれ?あ、メイドの嗜み?……さすがメイド長直属部隊……」


 「……やっぱ、あのババァが一人参加すりゃ、俺たちなんざいらねーんじゃねーのか?」


 「……飲もっか?」


 大事なのは、君たちがここにいること。


 一度は殺し合いをした君と、こうやって酒を酌み交わしていれること。


 この世に汚いものなんて何にもないんだと無邪気に笑っている子供がいること。


 それだけで、とりあえず十分なんじゃないかな。




 四曲目。


 弾けるような瑞々しさからまたしても曲調は一転。


 出だしから曲目の優雅な世界観を匂わす緩やかで伸びのある音が奏でられた。


 落ち着いた趣が人々の動きを無理なく自然なものにする温かな響き。


 同じようなテンポのワルツが恋人たちの愛の情事だとしたら、こちらは気の置けない親友同士の友情といった具合。


 誰もが肩の力を抜き、曲の流れるままに身を任せている様子は実に爽やかで健全だ。


 ……さて、そんな中。


「も、もう堪忍してつかさいぃぃ……」


「キョウスケ!おお~へばってしまうとは情けない!!がっはっは!!」

 

 バンバンと力の限り肩を叩かれてグッタリとする小太りの男と、曲調など気にせず暑苦しい高笑いを上げるヒゲ面の男というツーショット。


 爽やかさの欠片もないこの絵面もまた、健全といえば健全なのだろうか。


 「おお、これはこれはタチガミ殿。飲んでおるか?」


 などと、飲み会の場でビール片手に席を回って歩く気さくな上司みたいなことを言いながらこちらに近づくギャレッツ。


 ……ホントに俺の一っこ下なのか、この男。


 「ぼちぼち飲んでるよ」


 「結構、結構。しかし、せっかくの舞踏会なのだ。飲み食いばかりではなく踊ってきてどうなのだ?ほれ、そこのベルベットでも誘って」


 「え!?い、いえ、私は……(モジモジ)」


 「なにを恥ずかしがっておるのだ、お前は?せっかく余所行きの服や化粧でキレイに着飾っておるのだから、こんな隅っこにいるのは勿体ないぞ?」


 「ですから、私は……」


 「タチガミ殿もそう思われるであろう?」


 「アンナはとても綺麗だ」


 「うにゅぅぅぅぅ!!」


 「そのくだりはもうやったからいいのじゃ。蒸し返すでない」


 「おお、始祖様!!今宵は一段と見目麗しゅう!!」


 「なんじゃろなぁ……マスターと同じ系統の素直さだというのに、欠片ほどもモテそうな気配がないのは。やっぱり顔か?顔じゃの?顔に違いない」


 「がっはっはぁ~~!!!」


 「あ、それ以前の問題か」


 「ちっ、うるせぇな。耳元で騒ぐんじゃーよ、酒が不味くなる」


 「お主のチンピラ風味はブレんなぁ、猫耳よ。その酒場で主人公に絡んでいく三下っぽい台詞を実際に言う輩、初めて見たわい」


 「ああん!?」


 「ヤンキーじゃ~ヤンキーが出よったのじゃぁ~時代錯誤の硬派なタイプで雨の日に野良猫を拾っちゃう系のヤンキーが出たのじゃ~」


 「ああああんんん!?シメんぞメスガキ!!」


 「……そんな君は、随分と舞踏会を満喫しているみたいだ」


 「うむ、大いに楽しんでおるぞ」


 光る汗。

  突き上げた親指。

   大きな顔全体であらわす大きな笑み。


 そのどれもに言葉通りの充実感が滲んでいる。


 「元来、吾輩はこういった宴などに参加するとどうにも血が騒いでしまう性分でな。一曲目から踊り通しである!がっはっは!!」


 「お祭り男って感じか」


 「体育祭で一人だけテンションがガチ過ぎて浮いてしまう運動部の主将って感じじゃ」


 「……ややこしくなるから、君は黙ってようか」


 「いやいや、割と的確なたとえじゃろ。だって、ほれ……」


 「むきゅぅぅぅぅ……」


 「巻き込まれたクラスメイトがそこで死んでおる」


 「ああ……」


 リリーが顎でぞんざいに差した床の上。


 そこには精魂尽き果てた様子でのびているヒイラギが落ちていた。


 無理もない。


 なにせ、一曲目から踊り通しと言ったギャレッツのパートナーは、どこぞの貴族の子女でも婦人でもなく、ずっと彼だったのだ。


 必ずしも男女のペアでなくてはならないなんて決まりはなく、同性同士でふざけ合いながら愉快に踊っている人たちもいた。


 しかし、かたや大熊、かたや子豚。


 見た目のインパクトもさることながら、まるで捕らえた獲物を嬲って遊んでいるようにギャレッツがヒイラギを振り回すものだから、フロアの中で浮きに浮きまくっていた。


 確かに、リリーのたとえはこれ以上ないくらい的確だったようだ。


 「むきゅぅぅぅぅ……」


 ……というかこの子豚。

 

 こっちの世界に来てから九割くらいの割合で、むきゅぅ、と気を失って倒れてないだろうか。


 「ほれ、起きんかモブ男。見苦しくてしかたがない(ゲシゲシ)」


 「むきゅぅぅぅ……はっ!!こ、この甘美なる感触は!?」


 ヌラリ、とゾンビのように身を起こすヒイラギ。


 「やはり我が唯一神たるリリーたんの愛らしきおみ足!!嗚呼ようやく再会ヴェーゼを果たすことができました女神ヴィーナスよ!これはもはや前々々世から脈々と綴られゆく神話マイソロジーであり我らのアストラルが泡沫の夢のごとき儚い刻人生の流れに堕とされたその瞬間からこうして巡り合うことが世界樹の朝露アカシックレコードに深く刻み込まれた絶対不可侵の檻さだめであり約束された未来さだめであることの証明でありそれはもはや……」


 「句読点をつけろ、たわけ(ゲシゲシゲシ!!)」


 「滴り落ちる甘露いたい!!」


 「あとルビがウザい、うつけ(ゲシゲシゲシ!ボグシャァ!!)」


 「流れるようなコンボ!!」


 「うりゃうりゃうりゃ(シュババババ!ドカ!バキ!ドゴ!)」


 「い、いや、すいません。ホントすいません。ご褒美が過ぎて普通に痛いです。オーバーキルです……」


 「ふん。МではあるがドМにはなれんか。ハンパ者め!!(ボグシャァァ!)」


 「追撃の一撃!!むきゅぅぅぅぅ……」


 「…………」


 濃ゆいなぁ、こいつ。

 

 久々に聞いたような気がするまともな台詞が濃ゆすぎて一文字も頭に入ってこない。


 「ほら。気絶オチはもういいから(ペシペシ)」


 「はっ!!こ、この固く骨ばりつつも慈しみに溢れた大きなお手手は!?」


 「そんなお手手の女神がいたら嫌だろうに」


 「……なんだタチガミさんかぁ。トキメいて損した」


 「……もう一回沈めてやろうかな、こいつ」


 「や、やだなぁ……冗談っすよ、冗談……」


 そうしてヒイラギはパンパン、と衣服に付いたホコリを払いながら立ち上がる。


 「いやぁ~毎度毎度タチガミさんにはフォローしてもらってかたじけないっす」


 「毎度毎度、君が暴走するからだろうに」


 「僕の思い描いていた理想がそのまま3Dスキャンされたような女神・リリーたんが目の前にいるんすよ?これは避けては通れない道だと諦めて下さいっす」


 「なんで俺が譲歩してる風?」


 「……おい、モブ男。我のマスターの手を煩わせておいてなんじゃ?その態度は?」


 「ひぃぃぃんんん!!でもクセになるその冷たい眼差し!!」


 「……ごめん、リリー。君が絡むと話がループしそうだから少し引っ込んでて」


 「ふん……」


 身長158センチ、体重65キロ。


 立ち上がってみたところで長身ぞろいの面々の中に埋もれてしまう低身長。


 ボサボサのクセっ毛、つぶらな瞳、大きな鼻、漫画に出てきそうな大きな眼鏡。


 匂い立つほどの三枚目感ではあるけれど、これでその実、無茶苦茶に強い。


 ここのところ俺、ゼノ君、ギャレッツ、そしてヒイラギの男衆で稽古がてら組手などをしていたのだけれど、その身体能力も魔術などの出力も頭一つ飛び出ていた。


 聞けば≪現世界あらよ≫ではごく普通の高校二年生。


 武術はおろか、体育の授業くらいでしか運動をしたことのない文化系。


 子供の頃から読書が好きで、所属していた部活は文芸部、委員会に入るといえば図書委員。


 絵本からライトノベルから漫画から古典から歴史書から電話帳から求人雑誌から、とにかく活字という活字を読み漁る乱読家。


 色白で小太りでインドア派。


 いわゆるオタクっぽい外見の通りに人見知りなのかと思いきや、割とまともな社交性を持っている。


 そんな彼が……。


 「まさか夜食のカップラーメンとポテチを買いにコンビニへ行った先で強盗と鉢合わせして包丁で刺されたうえに、フラフラと道路に出たところで一方通行を逆走してきたトラックにはねられて死んでしまったと思った途端、女神の手に引かれるまま異世界に転生してしまった、だなんて今でも信じられないっす」


 「……丁寧な説明をありがとう」


 「ってゆーか、フラグ一個多くないっすか?なんすか?刺された上にはねられたって?普通、こうゆうのってどっちかあれば十分じゃないっすか?明らかにオーバーキルっすよね?死体蹴りっすよね?」


 「いや、俺に言われても」


 「それになんすか?この見た目?春の身体測定で僕、171センチの54キロだったんすけど?いくら食べても太らない体質で、備考欄に『もう少し肉をつけましょう』とわざわざ書かれたぐらいにガリガリだったんすけど?なんで縮んで膨らんでるんすか?なんすか?転生できるのはあくまで形のない死んでしまった魂だけで器である体の方はランダムって?あれっすか?フルダイブ式ММОRPGっすか?なにがしオンラインっすか?パクリじゃないっすか?」


 「……リリえもーん、めんどくさいよ、こいつ」


 「引っ込めておいて頼るでないわい……」


 「ま、それはそれでいいんすけどね」


 「いいんじゃないか……」


 「魔素……でしたっけ?ようするに僕が読書や執筆活動などで鍛え蓄えた妄想力のおかげで、いわゆるチート的な力を手にすることができたんすから十分っす。別にあっちの世界でも見た目とか気にして生きていたことないですし。あ、ちなみ似ている芸能人はスコット・フィッツジェラルドだと部活内でもっぱら言われていたっす」


 「芸能人でいいのかな、それ……」


 確か、アメリカの小説家じゃなかったっけ?


 「魔素の力は想いの力……」


 少しはしゃぎ疲れた様子のココをあやしながら静観していたアンナが言う。


 「まさかこれほどまでに≪現人あらびと≫の力がこちらで強力なものとなるとは、私も姫様も予想していませんでした」


 「同じ≪現人あらびと≫のハズの俺とはえらい違いだ」


 「あ、いえ、イチジさんが弱いだなんて一言も……。あなたは強い人です。心も体も。……その強さに確かに守られた私が言うんですから」


 「だけど、これは魔素の力ってわけじゃない。俺がたまたま偶然もっていたスキルだからなぁ。……結局、アルルの仮説の証明には役立たなかったわけだし」


 「仕方がありません。転生の手順が根本的に違うのですから、参考にはなりませんよ」


 「……君は優しいな」


 「お世辞でも冗談でもないですよ?あなたは強くて優しくてとてもカッコイイ男性です」


 「……(ウズウズ)」


 「お、さっきの仕返し?」


 「はい、仕返しです。恥ずかしいものでしょ?」


 「……(ウズウズ)」


 「……ちょっと……」


 「あ、照れちゃいました?」


 「……(ウズウズウズ!!)」


 「……むぅ……」


 「あらあら、ふふふ……」


 「それぇぇぇぇっす!!」


 「え!?」


 いきなりアンナの方へビシッと指をさすヒイラギ。


 「僕がとにかく納得いかないのはまさにそれっす!!」


 「ど、どれでしょうか……」


 「唐突な死、異世界転生、チート持ち、倒すべき敵、美人ぞろいの仲間たち……もうここまでテンプレ並べたら僕の行く末は王道のラノベ展開しか待ち受けていないハズじゃないっすか?『転生した俺がチート無双で成り上がったので異世界ハーレムを築いてみた』の主人公になるはずじゃないっすか?フツー?」


 「なんじゃ、そのカステラの底についている紙よりもペラペラそうな話?」


 「いや、いいんすよ?別に僕の読書幅はラノベだけにとどまらず、古今東西、理不尽で不遇な境遇から最後まで抜け出せない不条理小説だってたくさん読んできたっすから、こんな物語だってあるだろうということ理解しているし文句だって言わないっすよ。世界だって救っちゃうし、テロ集団だって倒してやるっすよ。……だけど……だけどっすね!!」


 そこで俺の方を睨みつける、異世界転生者。


 「もう主人公いるじゃん!モテモテじゃん!確固たるポジション築いてるじゃん!!」


 地団太を踏むように足をバンバンさせる、異世界転生チート持ち。


 「なんすか?ムチムチ美少女お姫様?クール系眼鏡のウブ美人?無条件でベタベタ懐いてくるケモ耳っ娘?ゴスロリファッションと穢れのない幼い矮躯ながら内面は酸いも甘いもかみ分けてきた妖艶で色気ムンムンの魔女?え?みんな明らかに好意があって?え?様づけ?お兄さん?マスターぁぁ???なんすかそれ?なんなんすかそのハーレム感?もう無理じゃないっすか?僕が入り込む余地とかないじゃないっすか?僕の相手はヒゲ面のオッサンしかいないじゃないっすか?なんすか?ダンスの相手がムッキムキのオッサンってなんすか?なんで異世界に来てまで見た目に反してギリギリまだ二十代とか無駄設定のあるオッサンとぶっ続けで踊らなくちゃならないんすか?ねぇ?ねぇ??」


 「…………」


 「思ってたのと違う!!」


 「……気は済んだかの?(手から魔力)」


 チュドォォォォォンンンン!!


 「へぼぉぉらぁぁぁぁ!!!!」


 反対側の壁まで吹き飛ぶ、思っていた主人公にはなれなかったらしい男。


 彼が描いた放物線は、今宵ここで舞われたどんなダンスより優美なものだった。


 「お前なぞ『異世界転生したけどモブだった件』で十分じゃ」


 「だ、だが……悪くない……悪くないぞ……むきゅぅぅぅぅ……」


 「…………」


 柊木京介

 年齢・17歳

 趣味・読書(乱読)

 特技・妄想(物語の世界へまっしぐら)

 性癖・高慢で実は高齢な幼女がド真ん中 (あくまでロリコンではないらしい)


 運命から性癖まで、色々と不憫な男ではあるけれど、何度でも言う。


 彼こそが俺たちのエースなのだ。





 そうこうしている内に舞踏会のプログラムは進み、残りはラスト一曲を残すところとなった。


 その間も俺たちは、ロクに踊りもしないで相変わらずワイのワイのと騒いでいた。


 俺は飲み物を片手に少しだけ輪から離れたところから皆を見る。

 

 すっかり疲れ果てて半分眠っているココ。

 それを抱っこしながら微笑むアンナ。

 その横に立って指でココのほっぺたを突いて笑っているギャレッツ。

 

 またヒイラギがおそらく己の不遇さについて熱く語っており。

 その相手に選ばれたゼノ君が心底嫌な顔をしながらも付き合ってあげている。

 

 リリーは……いない。また気まぐれにプラプラしてるんだろう。



 ……なんだろう?

  ……なんなんだろう、この気持ちは?


 むず痒い。

  照れくさい。

   楽しい。

    あたたかい。


 「…………」


 懐かしい。

  懐かしい。

   懐かしい。

 

 「…………」


 そこには、かつて確かに俺の手元にあったものがあった。

  そこには、かつて確かに俺が見ていた光景が広がっていた。


 「…………」

 

 懐かしい。

  懐かしい。

   懐かしい。

 

 俺は持っていた。

  俺はあそこにいた。

 

 物騒な日常、血なまぐさい毎日。

  張り詰め続けた神経。

   休まることのない体、そして心。


 それでも、確かにあった。

 あんな風に固まって、何の実りもない話に花を咲かせて騒いでいた時間。


 それでも、確かにいた。

 そんな輪の中に、俺も確かに混じって騒いでいた日々。


 むず痒くて。

  照れくさくて。

   だけど楽しくて。

    何よりあたたかかった。


 「…………」


 懐かしい。

  懐かしい。

   寂しい。


 ……さび……しい?


「寂しいのか……俺は?」


「じゃがもう、戻ることはできんのじゃよ、イっくん?」


「…………」


「失われてしまった日々へは、もう二度とは帰れんのじゃ」


「…………」


「忘れろとは言わん。無かったことにしろなどとは言わん」


「…………」


「忘れず、捨てず、大事に大事にとっておけ」


「…………」


「何もないなどとは言うな。気づかないふりなどするな」


「…………」


「その寂しいという想いこそ、お主の胸にかつての日々が息づいている証じゃ」


「……わかってる」


「だからこれは裏切りではない。上書きなどではないよ、イっくん」


「…………」


「かつて傍にいた奴らも、あそこにいる奴らも、等しくお主の仲間じゃ」


「…………」


「等しく人らしく、お主の元に募った大事な、しかし別の仲間たちじゃ」


「俺に……そんな大層な魅力はない」


「お主なんじゃよ、中心は。皆、自然とお主に引き寄せられ集まった者たちじゃ」


「…………」


「その無表情で無感動。自分はどこまでもバケモノでヒトではない……」


「…………」


「だからこそ人らしくあろうともがくお主の姿は自然と心を打つ」


「…………」


「何者でもないから何者にもなれる。それはまるで鏡」


「…………」


「一部でも自分とどこか似ているところが見つかる、だから一緒にいたいと思う」


「リリー……俺は……」


「胸を張れ、イっくん。お主は十分、魅力的な主人公じゃ」


「……俺は……」


「死へ向かって生きるのではなく、死ぬまでただガムシャラに生き抜くその途中」


「…………」


「きっと、多くの者が、多くの素晴らしき仲間が、お主の『生』を助けてくれる」


「情けないな……ホント……」


「むしろそれくらい生き下手でポンコツな方が可愛いと思うバカ女もいる」


「……リリーのこと?」


「もちろんじゃ。……それにほれ、噂をすれば……」



 特大級のバカ娘がまた一人、お主に引き寄せられてきよったわ




 「……イチジ様……」

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