第七章・囚われの姫君~ ICHIJI‘S view③ ~

 例えるならば、そこは『華』だろうか。


 艶やかで瀟洒な衣装を纏った淑女たちが振りまく香水の芳しさ。


 その横でさり気のない気配りを見せる紳士たちのスマートさ。


 静かに紡がれ、奏でられる一流の管弦楽団の濁りのない旋律。


 控えめに、しかし無駄なく動き回る給仕たちの手に持たれた色鮮やかなグラス。


 視覚に、嗅覚に、聴覚に……。


 五感すべてに訴えかけてくるもののことごとくに『華』があった。


 豪華というならば、玉座の間の方が勝るだろう。


 優雅さという点でもまた、君主たる国王のおわすところに比べれば見劣りするんだろう。


 けれど、この舞踏会場を取り巻く空気感は独特で、一概に比べることはできない。


 パーティーという非日常に対する純粋な高揚感に浸る者。


 この日の為にあつらえたドレスを誉めそやされて悦に浸る者。


 これを機会に有力者との縁を結ぼうと躍起になっている者。


 口に含んだワインについて長々と講釈をたれる者。


 この後に控えるダンスタイムに意中の女性をどう誘おうかと悩む者。


 感情、表情、思惑、行動。


 集まった多くの人間が各々に織りなす有象に無象、悲喜交々で多種多彩なあれやこれ。


 ともすれば、ただ無秩序が飛び交っているだけのことなのかもしれない。


 あるいは、その統一感のなさを下品だと評して眉をひそめる人もいるかもしれない。


 しかし、そうやって計画性もなく生成された混濁ゆえ、整然と林立した玉座の間の華やかさとはベクトルの違う、まるで自由奔放に絵の具をぶちまけた絵画のような不思議な魅力と奥行きがあるんだろうと、俺は思う。


 ……そういえば、過去にもこんな社交パーティーに出席したことがあった。


 たしか南米あたりを牛耳っていたマフィアのボスの孫だか孫娘だか甥だか姪だかの、誕生だか卒業だか婚約だかのパーティーだったか。


 その南米マフィア自体は直接関係なかったのだけれど、そこに出席していた数人が、その時に帯びていた大きな任務の遂行にあたってキーパーソンになるとかならないとかで、ともかく情報を収集する目的で潜入したのだ。


 会場の規模も人いきれもちょうど同じくらいだったし、やっぱり漂うカオスめいた華やかさもまた同じようなもの。


 宴の冠や主催者の立場、集まった人々の人種や地位。


 属する社会の裏表。


 生きる世界の『現』と『幻』。


 あらゆるものが違うはずなのに妙な既視感を感じてしまう。


 いつどこに誰がいたところで、ヒトの営みなんてそうそう変わるもんじゃない。

 


 コツコツコツ……


 

 ……いや、ごめん。



 コツコツコツ……



 ……やっぱり訂正。


 

 コツコツコツ……ピタ



 ……全然、違う。同じじゃない。

  ……全然、似ていない。同じじゃない。


 「……(すぅ)……」


 あんなチンケなヤクザ者のパーティーなんかに。

  あんなワルモノの掃きだめみたいなつまらない場所に。


 「――みなさま」



 こんなに美しいモノは絶対になかったのだから……。





 壇上の前に踏み出したアルルが一言発するだけで、会場の空気が一変した。


 そぞろに騒めいてた喧騒。

  銘々に放たれていた熱量。


 俺が華やかさと称した勝手気ままに渦巻く混沌は、一人の少女のたった一言で整然と整われた。


 細かな刺繍が施されたドレスの一切の色という色を排した無垢な純白。

 頭に抱いたティアラやざっくりと開いた胸元を飾る淑やかな純金。


 穢れも汚れも知らない玉のような肌。

 饒舌に、滑らかに次々と言葉を紡いでいく真紅の唇。

 時間が経つごとに感情豊かに振られていくしなやかな指。


 照明を反射しては宝石よりも煌びやかに輝く白銀の髪。

 熱を帯び、しかしどこか冴え冴えと澄み切った銀月の瞳。

 

 どこまでも淡々と。

  あくまでも粛々と。


 緻密に繊細に……だけど時々、大胆に不敵に。

  固く厳しく……だけど所々、柔らかく優しく。


 その堂々とした佇まいは、戦場にて兵士を鼓舞する歴戦の将のごとく力強く。


 挟み込まれる柔和な微笑みは、あらゆる罪科を許し抱く聖母のごとく慈愛に満ち。


 弾んだ時の声は、野を駆け跳ね回る少女のようであり。


 低く抑えられた時の声は、数多の男を篭絡してきた傾国の毒婦のようであり。


 ……けれど、やっぱり。


 そのどれもが、ラ・ウール王国第一王女、アルル=シルヴァリナ=ラ・ウールという誰よりも高潔な少女の思いの丈が存分に盛り込まれた、清く美しい魂の言葉だった。


  「…………」


 同じ壇上に立ちながら、俺は知らず息を飲んでいた。


 というか無意識の内に飲んでいたその息の音のおかげで、自分がアルルの演説に引き込まれていたんだと気が付いた。


 横目で伺えば、アンナやギャレッツ、ゼノ君やヒイラギなどの顔なじみを含め、討伐軍に参加するメンバー総勢50名あまりも一様にリーダーの言葉に聞き入っていた。


 見渡した会場の様子はもっと顕著だ。


 貴族階級の紳士淑女、議会議員のお歴々、スポンサーと思しき政財界の有力者、一部討伐軍の他の分隊から選抜されてきたらしい人、給仕にあたっているメイドたち、誰かの家族らしい小さな子供、誰かが連れて来たらしいペットの小動物……。


 一つの例外も、一つまみの貴賤もなく、壮行会の催されている舞踏会場に集まった人間すべてが、その時、なおも振るわれ続けるラ・ウールの姫君の弁舌に酔いしれていた。


 ……まったく、君は本当にすごい。


 本当に君は、いつどこにいたって、アルルなんだな。


 そうやって説いているのは、この戦いに参加する意義。


 そんな風に身振り手振りで示しているのは、この国のより良い未来。


 すべてが輝いている。

  すべてが光に溢れている。


 そして、そのすべてを君自身が心から信じている。


 一片の疑いはない。

  一縷の迷いもない。


 誰もが君の声を聞いている。

  誰もが君の姿に見惚れている。


 その演説は、今も各所で語り継がれているらしい初代ラクロナ皇帝のものと比べても、たぶん、なんら遜色がないほど民草の心に訴えかけている。


 ……まったく……君は本当にすごい。


 ああ、本当に、君はいつでも……。


 強くて

  正しくて

   眩しくて……



そして、だからこそ……。


 

「……アルル……」



俺には少し……


強すぎて

  正しすぎて

   眩しすぎて……


 

 

         遠すぎるんだよ、アルル


 


 演説が終わり、恭しく頭を下げるアルルに向かって降り注ぐ喝采。


 そんな万来の拍手の波に埋もれ、隠れるように。



 俺もまた、俺たちの光に向かって、手を叩く……。

 


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