05/Twin dragons《2》
どんな強力な解薬士であっても、あるいはどれほど非力な解薬士であっても、原則として二人一組以上の行動単位で職務に当たることが義務付けられている。
これは解薬の成功率を上げるべく強力な
後者はつまり、もしものときは相方を殺せ、という暗黙の規則の存在を意味しているというわけだ。
だが
しかしながら信頼が築かれ、互いの関係が深まるほど相手に対して情が移ってしまうのが常である。幾度となく視線を潜り抜け、共に戦ってきた仲間をその手にかけるということは、仮に
だからアルビスと公龍の二人は、その点において圧倒的に解薬士に向いていると言えた。
「邪魔だ、死ねッ!」
公龍がアルビスの背後から飛びかかり、
「くそっ、スカシ野郎、何ぼさっと立ってやがる!」
「狙ったくせに清々しい奴だな。お前が死ね」
二人は並び立って睨み合う。間で散る火花を裂くように、
「てめえの相手してる暇はねんだよッ!」
公龍が血の刃を一閃。空に赤い半月が描かれ、振り下ろされようとしていた
月のない曇天の夜空に響く
「てんめえっ! 何してくれんだこの野郎ッ!」
起き上がった公龍が血の刀で刺突を繰り出す。アルビスは身を切って躱し、右手首目がけて蹴りを叩き込む。血の刀は手を離れて地面に突き刺さるや、螺旋となって公龍の指先の傷口に吸い込まれていく。
「私の視界でうろちょろするな。夏のコバエよりも鬱陶しい」
「虫けら並みの脳みそしかねえ奴が調子いいこと言ってんじゃねえよ」
「空っぽの貴様が虫の頭脳を笑うのか? 偉くなったもんだな。各方面に陳謝して死ね」
「てめえに知性を理解しろってのが百年早い話だったな。仕方ねえから詫びてやるよ」
二人は殺気の籠った言葉を投げつけ合う。
何を隠そう、これが二人の平常運転。戦いにおいては隙あらば
個人個人の戦闘力は申し分ないが、職務の最中ながらこの調子である。既に解薬士として事務所を開いて半年近くが経っていたが、そのせいもあって目立った実績はなし。それどころか、フェード・イエローの
「だいたい何なんだ、そのセンスの欠片もない髪型と服装は。隣りに並ばれると蕁麻疹が出る」
「てめえこそ男のくせにさらさらヘア靡かせてんじゃねえ。邪魔だから刈れって言ってんだろ」
「美しいものは最も美しい状態で維持しておくのが必然。貴様の使用済みティッシュみたいな金髪と一緒にするな」
「このセンスが分かんねえのも無理はねえ。てめえのその青い眼玉はどうやらビー玉らしいからな」
公龍は小馬鹿にしたように言葉の最後に乾いた笑みを添える。だが舌戦においてはアルビスも一歩も退きはしない。鉄仮面の内側から嫌悪を滲ませ、公龍を嘲ってみせる。
「貴様もその老眼鏡、なかなか似合っているぞ。コンタクトレンズやレーシック手術にビビッて眼鏡を使い続けているとは思えないほどだ」
「いつも思うがてめえはどんだけ勝手に俺の個人情報を調べ上げれば気が済むんだ? スカした男のストーカーなんてさすがに勘弁してくれ、吐き気がやべえ」
「笑わせるにしてもひどい冗談だな。現代戦争において情報戦は基本だ」
「そのうちてめえの寝顔に核爆弾落としてやるから楽しみに待っとけ」
いがみ合う二人をよそに、本能的に公龍たちの危険度を察知した
「貴様のせいで飯ダネが逃げるぞ」
「あ? こっちの台詞だよ。てめえがべらべら喋るからだろうが」
「貴様がその態度ならこっちにも考えがある」
「上等だよ。泣きを見るのはてめえのほうってことを忘れんなよ?」
二人は逃げていく
二人は表情に余裕を浮かべながら、窓枠に足を乗せる。
「「殺したほうが報酬全取り。負ける
アルビスと公龍は同時に窓枠を蹴り、空中に身を投げた。
†
二〇区内の廃区にあるハッピービルディング。その二階に居を構えるのが公龍とアルビスが営むウロボロス解薬士事務所である。
一階をバックに大物人身売買ブローカーがいるらしいフィリピンパブ〈ブルーヘヴン〉、三階をヤクザ崩れの武器商である〈牙央興業〉に挟まれた何ともハッピーな立地だ。当然寄り付く人間などおらず、事務所は常に閑古鳥が鳴いている。
「暇だ。暇だ暇だ暇だ暇だ!」
公龍はソファの上で毛布に包まりながら、とうとう痺れを切らして叫んだ。二脚並んでいる執務机の片方ではアルビスがタブレット端末で論文かニュースあたりを読んでいる。
「ならば営業でもかけてこい。貴様がいなくなれば事務所の淀んだ空気もいくらか晴れる」
「自分でやれよ。そもそもてめえがこんなバカげた場所を選ばなきゃ、もう少しマシだったはずだろうが。責任取って客呼んでこい。もしくは内臓でも売って金作れ」
「勝手に前借した給料を一晩でキャバクラにばら撒く阿呆がパートナーでなければ、経営ももう少し楽だろうな。早く急性アルコール中毒で死ぬといい。それで世界が幸せになる」
互いに目すら合わせずに罵り合う。仕事がなく時間を持て余す苛立ちと厳しい資金繰りへの焦りもあって、事務所の空気は肌に刺さるほどひりついていた。
二人とも、確かに解薬士向きではあるかもしれないが、アルビスは元傭兵で公龍は元製薬会社の研究員。つまるところ経営者としての才能はおろか、知識すらも互いに皆無だった。
加えて二人には知名度もない。何か目立った実績があるわけでも、業界内に繋がりがあるわけでもないので客や仕事を引き寄せるための力すらないのだ。一応、警視庁と提携契約こそ結んでいるが、そこでもやはり実績のない新参者に回ってくる仕事というのはそれほど大きな報酬にならないものばかりだ。ついこの前は民家の裏の空き家から
おそらく解薬士になる話を持ち掛けてきたこのスカシ野郎は、とりあえず事務所を開けばうまくいくだろうと根拠のない青地図を描いていたに違いない。普通は大手の事務所で経験を積み、満を持して独立を果たすものであることくらいは公龍にだって分かるのだが、アルビスには理解できなかったらしい。これでは地図も食糧も持たずに砂漠での行軍を始めるに等しい所業と言える。
とにかくこのままでは飢え死にすることだけは間違いなさそうだった。
「ったく仕方ねえな。どうしてこんな使えねえ奴と組んじまったんだ俺は」
公龍は毛布を蹴飛ばして立ち上がる。不本意だがやむを得ない。営業をかけるとして具体的に何をすればいいのかは分からないが、このまま事務所にいては身体が腐りそうなので出掛けることにする。向かう先はまあキャバクラだろう。
ポールハンガーに引っ掛けてあったコートを羽織る。今は一一月。温暖化の影響で暖冬続きとは言え、一枚上に羽織るものがないとさすがに寒い季節だ。
「じゃあな。てめえの辛気臭え顔も見飽きたから散歩してくるわ」
「散歩ではなく営業に行け。仕事を持ってくるまで帰って来なくていいぞ」
「とんだブラック企業じゃねえか。てめえは労基法違反で死刑だ。今すぐ窓から飛び降りろ」
公龍は立てた親指を地面に向けてアルビスにガンを飛ばす。相変わらずタブレット端末に視線を落としているアルビスがそのジェスチャーに気づくことはない。
公龍がほくそ笑みながらアルビスに背を向けて、ちょうど扉に手を掛けた瞬間だった。アルビスの鋭い声が公龍を呼び止める。
「待て」
「あ? 何なんだよ、行くのか待つのかはっきりしやがれ」
公龍は不機嫌に声を荒げてアルビスを睨む。アルビスはその視線を歯牙にもかけずに立ち上がり、薄青の瞳で真っ直ぐに公龍を見返した。
「ついてこい。仕事だ」
「あ? 何でまた急に」
「《リンドウ・アークス》名義の呼出だ。デカい仕事になる」
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