第443話 友釣り

「あの、ロバートさん。シアジオさんのことですが許してもらうわけにはいきませんか?」


 迷宮から出て、僕はロバートに尋ねた。

 ステアの消耗が激しく、少し休憩して帰ろうという空いた時間にである。


「僕やグロリアさんはシアジオさんから依頼を受けて襲撃犯を捕らえる為に今回同行した訳です。それが、シアジオさんの首を落としちゃうと報酬がもらえないから……」


「仕事を失敗したんだから手ぶらは当然だろ。諦めろよ」


 全くもっての正論に僕は詰まった。

 

「そもそも、こいつが襲撃に関知したかは関係なく、首を斬られてもおかしくないんだ。それが責任者というものだから。たとえ、親や子を人質に取られていたってな」


 にも関わらず、ロバートはついてきて襲撃犯と戦った。

 それなら僕たちの行動ははじめからまるきり無駄だったことになる。


「ただ、襲撃犯の討伐はきちんと評価しよう。オマエと、『荒野の家教会』のグロリアといったな。話を通しておくから報奨金を領主府まで取りに来い」


 それはありがたいのだけど、やはり僕は自分を頼ってきた人を見捨てるのに強烈な抵抗を感じる。

 口に手を当てて考え込む。

 

「どうしてもって言うなら、オマエも一緒に牢へ入れてやってもいいんだぞ?」


 ロバートは担ぎ上げたままのシアジオを苦にもせず、ニヤリと笑うのだった。


 ※


 この都市で牢に入るのは二度目である。

 領主府の牢はシアジオが率いてきた隊商の取り調べで満員であるので、別の牢が僕とシアジオには割り当てられていた。


「つくづく、縁があるな」


 以前、僕を取り調べた上級役人のセアイブルが檻の向こうで呟く。

 かつては都市の治安を担い、左遷された今は奴隷管理局の局長となっている男が、ロバートからの命令により僕とシアジオを牢に入れ、扉を閉めたのだった。


「閣下にはご贔屓いただき、光栄の極みです」


 嫌みを言いながら、僕は石板を敷いた牢屋の床に腰を下ろす。

 半地下になった牢は、問題を起こし、奴隷管理局に捕らえられた奴隷が入れられるものである。

 窓もなく、強烈な湿気が空気を粘つかせており、存在する物すべてが湿っていた。


「そうか。御領主様がおっしゃられるには、明日の日の出から拷問官が派遣されて調査が行われるそうだ」


 セアイブルは耳を掻きながら呟く。

 

「拷問に反応しますかね」


 石畳に転がされたシアジオを見て僕は言った。

 どうも、時々ウウ、とかアア、と呻く以外、シアジオは反応を示さない。

 傷を治せばいいのかもしれないが、それは無用に恐怖を感じさせるだけかもしれず、躊躇われる。


「さあ、どうだろう。それは拷問官が気にすることだ。君はゆっくりしていなさい」


 それきり、セアイブルは口を閉じ、やがて牢の間から出て行った。

 扉が閉められると、高い場所にあるわずかな通気孔以外は存在しない部屋が真っ暗になる。

 この暗闇の中で大勢の奴隷たちが苦悶の内に獄死していったのだろう。

 僕だって、もう少し主人の性格が悪かったり、金管理が苦手だったり、手癖が悪かったりすればここで死んでいておかしくなかった。

 それくらい、奴隷管理局という存在を恐れていた。

 今も、内心としては愉快でいられない。

 まして、シアジオは奴隷商であり、ここに怨霊でもいようものなら真っ先にとりついて呪うだろう。

 そんなことを考える内に時間は流れ、夜になる。

 街のあちこちで領主襲撃犯の手引きとしてシアジオが捕縛されたのは喧伝されている。

 もし、シアジオが何か知っていたり、関わっていれば何者かが彼を奪還しに来るかもしれない。口をふさぎに殺しに来るかもしれない。

 それを待っているのだ。

 誰も来なければ、予定通りに拷問が開始され、終わると同時にシアジオは首をはねられる。

 関係者が全員死んでいれば誰も来ない。

 シアジオにすべてを擦り付けて首謀者は逃走している可能性もある。

 しかし、可能性は案外高いとロバートは言った。

 成否を見届ける者もなく、全員で襲撃を行うことは考えがたい。

 連絡役も必要だし生き残って捕らえられた者の口封じも必要だ。

 なにより、後ろめたい者は常に自分の悪事が掴まれることを恐れる。

 と、扉が音もなく開いて人影が一つ、滑り込んできた。

 セアイブルにはそれとなく人気を払わせてあるので、間違いないだろう。

 こういう時、凶手は建物に火をつけたりしない。

 火に巻かれて建物ごと死んだとして、死体が確認できないとまずい。自らの手で、対象の首を掻き切らなければ決して安心できないのだ。

 暗殺者は迷宮で遭遇した黒ずくめの服装ではなく、普通の町人然とした女だった。

 座ったまま、僕は魔力を練る。

 生き証人を抑える最後の機会である。殺してはいけない。

 動けない程度に痛めつけるのだ。

 鉄格子越しに、暗殺者は僕とシアジオに視線を走らせると、腰から小さなナイフを取り出した。

 シアジオは当然として、居合わせた目撃者も当然、黙らせる。そう事務的に判断した様な表情だった。

 いくつかの事前想定に従って、僕も魔法を選択した。

 ほんの一瞬、視線が交差し戦闘が始まる。

 そう思った瞬間、暗殺者の上半身が大きく仰け反った。

 吹き散らした様に血肉が飛び散り、背後の壁を汚す。

 そのままバランスを崩して倒れた女の、右肩が付け根から外れかけていた。

 なにが起きたか理解していない女は目を丸くしたまま飛び上がり、ちぎれかけた右腕のナイフを左手でもぎ取った。


『流星矢!』


 無数の魔法球が降り注ぎ、暗殺者の左手をナイフごと消滅させた。

 同時に、再度の衝撃と共に暗殺者の左足がすねから弾け、あらぬ方向へ曲がった。

 たまらず倒れた暗殺者は欠損した手足を見つめる。


「ほら、ボサッとしとらんではよ寝らせんや!」


 通気孔から落ちてきたモモックが僕の尻を叩く。


『眠れ!』


 僕の魔法で意識をはじき出された暗殺者は短い気絶時間に入っていった。

 

「アイヤン、ロバに頼まれて加勢に来たとばってん、アンタ相変わらず喧嘩がヘタ。あと少し遅かったらアイツ、自害しとったろうばい」


 『流星矢』に巻き込まれて消失した鉄格子の隙間を通り抜けながらモモックは言い、女暗殺者の口に紐を噛ませるのだった。

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