第437話 彼の事情
パラゴと別れた僕はシアジオと二人、いつもの酒場に向かった。
遥かに離れた西方の情勢について話を聞きたかったのだ。
冒険者向けのいつもの酒場は、物資不足のあおりを受けて店を開けるのも困難そうだったのだけど、いつの間にか思い切って値を上げて営業を再開していた。
都市の中でまともに営業をしている飲食店は少なく、店内は値上げの影響も見せずににぎわっている。
僕たちはテーブルに座って適当に注文すると、会話を始めた。
「シアジオさん、他の商人はどんな状況なんですか?」
この都市からも大勢の商人が仕入れの為に出ていったが、食料価格の安定した遠方まで買い付けに行く往路分、最初から遠方にいる連中の方が有利なのだ。
ここを発した連中が返ってくるまでにまだ何個も隊商には来てもらいたい。
「ええ、どうですかね。私は一別後、王国新西方領にいて小商いをやっていたんですけど、反乱を契機に王国軍は大きく撤退して、諸国連合の反撃も強くなったこともありアーミウスあたりは再度諸国連合が奪ったんですよ」
ということは首都のアーミウスも、僕たちが辿りついた国境の村も戦線が行き来したのだろう。もはや、どうなっているのか、想像もつかない。
「そんな中で、この都市は難民が流入して食料価格も高騰しそうだという情報も得まして、隊商を組んできたんです。おかげで、それなりの儲けも上がりましたが、私の様な小商人がやれたということは、他の連中も同じようなことを考えているのかと」
「へえ、なるほど。それで食料はどこから仕入れて来たんですか?」
新西方領といわず王国内はどこも物資不足の物価高になっている筈だ。
「はい、私の場合は古巣のセンドロウ商会からです。丁度、俺が戦災窮民やら孤児、西方蛮族をかき集めて細々と奴隷商をやっていたんですけど、諸国連合の方でも奴隷の価格が上がっているとのことで、割もよく食料と交換することが出来ました」
それを聞いて思い出したが、確かセンドロウ商会との初遭遇はまさに奴隷取引の末に揉めているノッキリスとビウム兄妹の救出だった。
政情不安で混乱の最中というのは彼らにとって稼ぎ時であるのかもしれない。
と、給仕係が雑多に刻まれた肉の塩焼きを皿に入れて持ってきた。
何の肉かは知らない。
おそらく、闇で流通する家畜類の肉だとは思うが、蛇やカエルの肉でもおかしくない。パンも、麦にどんな混ぜ物をして焼いているのか、妙に色が赤っぽい。
しかし、それらの正体が何であっても、喰わずに空腹を味わうよりもマシである。
僕はパンに肉を乗せて頬張った。
シアジオも僕の行動を見ながら、パンを取り噛みつく。
なんにせよ、家族を飢えさせないためには商人に大量の商品を持ってきてもらわねばならず、そのためにはこの都市での商売が魅力的なものに映らなければならない。他所の事情に口を突っ込んでいる場合ではないのだ。
「おい小僧、いいところにいた!」
扉を開けて入って来た店主は僕を見て怒鳴った。
手には板を二枚持っている。
見覚えがある。賞金首の手配書だ。
「領主様が襲われたらしい。十四、五人の賊が領主府の警備を突破してな」
当たり前のように同じ机に座り、給仕に酒を注文した店主は話を切り出した。
へえ、と僕は思う。
もともと領主府の警備役は冒険者上がりの兵士が務めていた。
それをブラントが連れて行ってしまったので、領主府の警備は現在のところ一般市民から雇用して間に合わせていたはずだ。
そういった意味で、領主はかつてより襲われやすいといえる。
「ところが領主様は刺客を返り討ちにされてな。残った六名だかが迷宮に逃げたそうだ」
そりゃ、そうだ。
腐ってもここは腕利きを産出する都市である。どうしても警備に不安があるのなら、代替の達人冒険者だっていないわけじゃない。
しかし襲撃をかけやすかろうが、最後に立ちふさがるのがあのロバートなのだ。生中な連中だと歯が立ちはしない。
おそらく襲撃者はバタバタと切り捨てられ、力の差を理解した残りが逃げ出したのだろう。
「というわけで小僧、おまえも行ってこいよ」
差し出された板には『覆面により容貌不明。俊敏、怪力。生存を条件とす。一人あたり金貨二十枚を支払う』とあった。
「最近じゃ、いろいろあって街中が鬱屈してたからな。久々の派手な話題で今、盛り上がってんだ」
人狩りか。行くかどうかは別にして、確かに盛り上がりそうではある。
実際に腕利きを追いかけるのであれば参加者も名の通った腕利きになるのだろうし、そうなれば自然、住民の間で話題にも上りやすくなる。
「そっちは何ですか?」
店主が持っているもう一枚の板を指して僕は尋ねた。
店主は「ええと」といいながら手に持った板切れを眺める。
「なんでも領主様自らお手打ちにされた賊連中の死体を改めたところ、隊商の人夫に似た者がいたと目撃証言があったらしくてな、隊商に紛れて来たんだろうということだ。それで隊商の連中は全員捕縛の命が出ている。とくに責任者なんか金貨五枚だが賞金も掛けられていてな。ええと『禿頭の男。大柄。片耳に欠損の傷あり。名前は』……」
読みながら店主の視線がシアジオに向いていった。
「ち、違う。俺は関係ない! ねえ、アナンシさんも信じてくれますよね!」
シアジオは蒼白になった顔面中から脂汗を噴き出していた。
僕も関係ない。
そう言い残して場を去りたかったのだけれど、シアジオの手は僕の服をしっかり掴んで離してくれそうもなかった。
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