第436話 再会

 結局、決意を保ち切れなかった三人の捕虜を引き連れ、彼らが引くラクダに目一杯の物資を積み込んで、僕たちは都市へ帰還した。

 物資といっても食料から賊の装備品や寝具の類まで様々だ。

 

「ラクダって美味いのかな?」


 パラゴが先導をしながら軽口を叩く。


「美味いかどうかは知らないけど、商人がそれなりの値で買ってくれると思うよ」


 僕は一応、値段をはじきながら返した。


「今は物価高だからな。酒場の親父あたりにも値段を出させてから高い方に売り払うか」


 確かにそちらの方が高く売れるかもしれない。


「じゃあ、ラクダは三分割でいいね?」


「俺はいらないぞ!」


 隊列の後部でシグは怒鳴った。

 まあ、彼には賊討伐の恩賞が下るのだろうからそれもよかろう。


「じゃあ、半分ずつだな」


 パラゴは嬉しそうに笑い、手にした戦利品を眺める。

 

 ※

 

 しかし、パラゴの目論見は僕たちの知らぬところで前提から崩れていた。僕たちが都市に帰還するほんの少し先に、遠方から大規模な隊商がやってきたのだ。

 積み荷は食料。そうして荷駄馬や馬車までをすべて、領主府が買い上げたのだ。

 何事も、売り払うなら最初がいい。

 もちろん、それで食料や物資の不足が完全に埋まったわけではない。

 ほんの一時凌ぎであるが、確実に食料や運搬用家畜は市場に流れ、素早く食料庫や家畜小屋を埋めるだろう。

 まだ、そこに至っていないとしても全体として僅かばかりの商品では値段を不当につり上げたりする事は困難になったのである。

 

「クソ、こいつらどうしようかな」


 シグとビーゴが捕虜を領主府に連行してから、取り残されたパラゴはぼやいた。

 僕の分も併せて荷を満載したラクダは壁に繋がれている。

 

「また食料が高騰するのを待つ?」


 消費者が増え続ける現状で、次もいつ隊商が訪れるかわからない状況だ。

 いずれ食料を初めとする物資の価値も上がっていくだろう。

 しかし、僕の提案にパラゴは渋い表情を浮かべた。


「そんなん、次の隊商が来たら無駄だろ。それまでこいつらを飼う場所も、餌を食わせる草場も持ってないんだぞ。死なせりゃ金にならんし、仕方ないけど捨て値で売るか」


 確かに、一つ目の隊商が来たということは二つ目がすぐ後を追っている可能性は高い。そうなれば、物資不足が緩和されて僕としては助かる。

 気持ちを切り替えたのか、パラゴはさっさと立ち上がった。

 

「捨て値だったら、僕が買うよ」


 ラクダを見つめるパラゴに僕は声をかけた。

 独り者のパラゴは確かに持て余すだろうけど、僕の家には十分な広さがあり、潰して肉にするにも自己消費という生産者にとってもっとも強烈な利点もある。

 

「……友達価格で買い取ってくれよ」


「……友達価格で売ってね」


 などと言い合いをしているうち、隊商らしき連中がラクダを見て集まってきた。


「ほう、これがラクダか。初めて見たな」


 一行のリーダー格らしき男が腕を組んでつぶやく。

 その視線はラクダから、物資に移った。きらびやかな寝具の類や、死体から剥いだ宝飾類も商人の視線を引きつけるのだろう。


「ほう、こいつは珍しい。おい、これは売り物……ゲェッ!」


 禿頭の男は僕を見て素っ頓狂な声を挙げる。

 その視線はパラゴではなく僕を見つめていた。

 僕の顔は特徴の少ないよくある顔なので、もしかすると因縁のある人と見間違えたのだろうか。なんて思っていると禿頭の横にある耳が欠けているのが目に付いた。

 どこかで見たことがある様な気もしてきた。しかしそれが誰だったかは思い出せない。


「ア……アナンシ……さん、じゃないですか」


 ほんの一瞬前まで堂々としていたのが嘘のように、禿頭の男は腰を曲げてへりくだった。

 アナンシは確かに僕が名乗った偽名である。

 その名を呼びながら腰を低くするということは、西遊中に善行を施したうちの誰かかもしれない。

 

「ええと、そのオッサンはあのときのアレだ。ほら、サンサネラを仲間に入れてアーミウスまで行く途中、ビウムを取り返しにきた。なんとかいう……」


 パラゴが自らの額を叩きながら思い出すのだけど、僕の方はさっぱり思い出せない。

 はて、そんなことがあっただろうか。

 

「そうです。シアジオです。貴方に耳を千切られた……ああ、いえ別に責めているんじゃありませんよ!」


 僕は好んで人の耳なんて千切ったりしない。

 やはり同姓同名の人違いじゃあるまいか。

 僕の怪訝な表情を見てシアジオと名乗った男は脂汗を噴き出した。

 

「センドロウ商会の副会長に取り次いだ……あの件で俺は商会を辞めて、今では自分で商売しているんですよ」


 はは、と乾いた愛想笑いを浮かべてシアジオは無意味に頷く。

 確かにセンドロウ商会の副会長には会った筈だ。しかし、その直後に会った会長の印象が強くてよく覚えていないので、それを取り次いだと言われても困る。

 

「へえ、じゃあやってきた隊商ってシアジオさんの?」


 思い出せないと言うのも失礼な気がして、僕は適当に会話をつないだ。


「ええ、ええ。そうです。投資を募ってやってきました。でも、すぐ去ります。失礼しました」


 そう言うとシアジオは踵を返す。

 周囲の配下らしき連中は威風堂々とした親玉の変貌に戸惑い、奇妙な表情を浮かべていた。

 

「まあ待てよ、オッサン」


 シアジオの背にパラゴが声をかけた。

 建て付けの悪い扉のようにシアジオはつっかえながら振り返る。

 

「そのラクダ、欲しいんだろ。積み荷ごと全部売ってやるよ。今は敵じゃないんだから仲良くしようぜ」


 そうして、パラゴは交渉を初め、領主府が彼らに支払った金額のささやかな一部を奪うことに成功した。

 しかし、彼の名誉の為に付け加えると、そのやり口はガルダのそれよりずっと紳士的で、金額も適正価格にすこしだけ色が付いたものであった。

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