第402話 三人組

 建物の外に出るとすでに日は昇っていて、すっかり朝だった。

 すれ違う兵士たちはジロリとこちらを見るものの、因果を含められているのだろう。まったく関わってこなかった。

 と、即座にとびかかって来たコルネリを抱きとめ、背中をさすってやる。

 

「やあ、ごめんね」


 心配というよりも、一緒に寝たかったのに僕が顔を出さなかったことに対して怒るコルネリに謝り、僕は苦笑した。

 通りは人々が行き来し、活気があふれている。

 屋台からの香しい料理の匂いに空腹が刺激され、腹がなった。

 そういえば、とポケットに突っ込んだ干し肉とパンを思い出して取り出す。

 歩きながらそれらを重ね、大きな口を開けて齧りついた。

 塩気が強い素朴な味は決して上等ではないが、空腹には上手い。


「アッシの分はないのかい?」


 路地の曲がり角にはニンマリと笑う巨大な黒猫が立っていた。

 僕は自分のパンを口にくわえたまま、ポケットから干し肉とパンをもう一組とりだしてサンサネラに差し出した。

 サンサネラはそれを三口で豪快に飲み下し、指を舐める。


「うん。こいつも悪くないけどさ、どっかで串焼きでも食おう。こう見えて、結構な時間を待ってるんだよ」


 ひっひっひ、と笑ってサンサネラは僕の肩に手をまわした。

 

「あ、マーロから聞いたの?」


「そうそう。アナンシさんがここにいるってさ。朝まで待って出てこなけりゃどうしようかと思っていたところでね」


 いいながらサンサネラは僕を引っ張った。

 食べかけのパンが喉に詰まりそうになったものの、どうにか飲み込むことに成功する。

 サンサネラについていくと小さな路地に押し込まれた。


「ほら、一応こいつらにも飯を奢ってやんなよ」


 路地の奥では地面に座り込み、木箱に寄り掛かってロバートが寝ていた。

 ロバートの太ももを枕にして寝ているのはジャンカである。

 木箱の上ではモモックが両手足を大きく広げていびきをかいていた。

 

「途中で会ってね、金に困ってるっていうからアッシが一日雇ったんだ。アンタを助けなきゃならないときには役に立つかと思って」


 金にうるさいサンサネラが、僕の為に身銭を切ってくれたのだから素直に嬉しい。


「まあ、なんだ。こいつらも一応、アンタを心配してたよ。人望があっていいことじゃないか」


 この三人もそれぞれサンサネラとは違う理由で僕を助けようとしたはずだ。

 ロバートはアンドリューと再会に必要な鍵として。ジャンカは組み敷かれたガルダに対する反撃のきっかけとして。モモックは、おそらく舎弟が困っているのを助けるのに深い理由もないのだろうけど。

 果たしてこれを人望ととらえていいものか。

 僕が近づくと、ロバートの目がすっと開き、こちらを捉えた。

 

「よお、出てきたのか。大事にならず済んだのなら幸運だったな」


 歴戦の戦士であるロバートはさすがに僕なんかと違って危険察知能力が高い。

 よく見れば傍らに置いた剣の柄にはずっと手がくっついている。きっと、襲撃を受けても即座に反応できるのだろう。

 ロバートは逆の手でジャンカの額をさわり、軽くゆするとジャンカも身を起こした。

 一方、もうすこし感が鋭くても良さそうなモモックは全く起きる気配がない。

 ジャンカは眠そうな眼をこすり、大きなあくびをした。

 

「やあ、ジャンカおはよう。王子殿下に野宿をさせちゃって申し訳なかったね」


 話しかけるのだけど、彼は寝不足で頭が曇っているのか、しばらく周囲を見回した後にようやく口を開いた。


「指導員先生、心配したよ。元気そうでよかったね」


 妙に険のとれた幼い笑みを浮かべてジャンカは頷く。

 寝起きは性格が変わる種類の男なのだろうか。

 

「ああ、こいつ最近ダメなんだ。どうもガルダの財産になってから現実逃避で性格が変わっちまったらしい。まあしばらくすれば元にもどるだろう」


 ロバートが立ち上がって尻をはたきジャンカの手を引っ張って立ち上がらせた。

 

「へえ、そりゃ大変ですね。その幼いジャンカの面倒をなんでまたロバートさんが?」


 僕は気になって聞いた。

 もはやジャンカは金を持たない。それに精神不調までが重なれば、ロバートはもはや付き合う必要も意味もないのではないか。

 しかし、ロバートは鼻で笑う。。

 

「俺がジャンカに雇われるのはもう終わった。そうなりゃ次の雇い主を探すのが俺の生き方だ」


 いいながらロバートの手がジャンカの体についた土ぼこりを払う。

 

「次の雇い主はガルダ。依頼内容はジャンカ王子の護衛だとさ。まあ、このとおり可愛いもんだ」


 ロバートはアクビをしながらモモックをゆすり起した。

 モモックはハっと目を見開いて起き上がると、周囲を慌てて見回し、僕を見てピタリと止まった。


「そうか、アイヤンば助けにきたとやったね。あれ、しかし外に出とうっちゅうのは……?」


 夢でも見ていたのか、モモックは渋い顔をして呟く。

 明らかに寝不足で不機嫌そうだ。


「うん、ありがとう。どうにか出て来たよ」


「オイが行きゃ、早かったとばってんがね。あん猫がマーロの顔を立てろやら言うけんここで野宿たい。まあ、無事やったならよか。ロバやジャンカにはキチッと礼ば言うとけよ」


 モモックは小さな体を大きく広げて伸びをした。

 そりゃあ、どうしようもなければそういう選択肢も取らざるを得ないのだろうけど、脱獄は後に響くので諫めてくれたサンサネラに感謝だ。 


「アッシはマーロの顔を立てろじゃなくて様子を見ようといったんだがねえ。あの娘ならそんなに無茶は……まあ、いいや。アッシはアナンシさんと今後の対応について朝食を食べながら協議するんだ。アンタたちも来るだろ?」


 サンサネラが首を曲げながら三人を誘った。

 モモックもいるならどこか個室のある店だな。

 僕はいくつか案を考え一つを選びだした。


「ラタトル商会で応接室を借りよう。僕らはいろいろ買いこんでいくからさ、モモックは悪いんだけどご主人のお屋敷に寄ってビウムとパフィを探して呼んできてよ」


 都合のいいことに領主府は上級市民が住まうお屋敷通りに近い。

 彼女たちにもお金の話をしておかねばならなかった。

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