第375話 大食堂
食堂の長机には夕飯が並べられ、隅にはなぜかロバートとジャンカも座っている。
「配下の人はいいの?」
アルを挟んで隣に座るジャンカに僕は話しかけた。
質素な煮物とパン、それに漬け物のいつものメニューだ。
「私が戻らなければ、待っているだろう。忠義に篤い忠臣どもだ」
だったら帰ってあげればいいのにと思わないでもないが、今更一人増えたところで夕飯の手間も変わるまい。
向かい座ったサンサネラが行儀よく首に白い布など巻き、手を広げた。
「さあ、今日はアッシのせいで危ない目に遭わせた。お詫びだから喰ってくれ。昨夜の晩飯のお返しもかねてだな」
しゃあしゃあと言ってのけるのだけど、この食事経費は僕持ちである。
まあ、昨晩ジャンカが散財した金額に比べれば誤差の様な返礼である。
それに、サンサネラの失敗は僕のせいだし、そうでなくても彼が謝るときは僕が謝罪の費用を出すのが筋だろう。
「あ、僕も。サンサネラみたいなやつが欲しい!」
アルがサンサネラを指さして僕にねだった。
「んなぁ、アルはいらんさ。アッシは食べ方が汚くて服を汚すからつけてるだけなのさ」
亜人はそれぞれ、体の構造が異なる。
特に異なるのはやはり口だろう。
リザードマンのギーも噛む力が弱くて、臼歯がないために小さく千切った食品をほとんど飲み込む様に口に放り込んで食べる。
サンサネラが持つ猫の口もどちらかといえば相手をかみ殺すにの適した形になっていて、食べ物を入れると口の端からポロポロこぼす。
一方、アルは一号による仕込みか、妙に上品に食べ、周囲も汚さない。
元浮浪児たちなんて教会職員に怒られながらも騒ぎ、食べているのでサンサネラなんか目じゃないくらい汚れる。なので、サンサネラの布も気分の問題なのかな、とは思う。
「それならお父さんも食べ方が汚いからつけた方がいいんじゃない?」
アルの何気ない一言に僕は何も言えなくなった。育ちの悪さはどうしても染み着いて剥がせないものだ。
「まあ、いただこうや」
ロバートが促して、ジャンカも食べ始める。
彼らはとても上品に食べ物を口に運んだ。
ジャンカはともかく、ガサツな容貌を持つロバートがマナーをわきまえているのは、やはり育ちがいいからだ。
「ところで、ノラといったか。おまえはアンドリューと組むのか」
一通り食べ終えたあと、ロバートはノラに言った。
その脇を子供たちがガヤガヤと駆け抜け、ステアの「こら、片づけなさい!」という声が後を追いかけていく。
「ロバートさん、ここは団欒の場。物騒な話はよそでしなさい」
ノラの腕をとった小雨がロバートを牽制する。
「必要なら誰とでも組む。俺が求めるのは仇の打倒という結果だけだ。隣に立つ者に、実力以外求めるものはない」
ノラは手にした器を見つめたまま決意を述べた。
それは彼の勝手だが、それに僕を巻き込んでもらっては困る。
「それなら俺も問題ないだろう。今の仕事で用心棒家業は終わりだ。俺も連れていってくれ」
僕が抗議の声を上げるよりもロバートが懇願する方が早かった。
確かに、ロバートは腕が立つ。
彼と同格の戦士を見つけようと思えば骨が折れることだろう。
「待ってください、僕は行きませんよ!」
しかし、彼らが話し合っている前提がおかしい。
どうして僕が彼らに着いて迷宮の片道行に挑まねばならないのか。
「ロバートさんの相棒も言っていたでしょ。故郷に帰れって。それを無視して押し掛けるのは……」
言い掛けてロバートの目線に言葉が詰まる。
「坊主、オマエはアンドリューから親友と呼ばれていたな。その件については後で聞くとしてだ。ヤツは口ではああ言っているが、俺に来て欲しいのは間違いないんだ。声が寂しげだった」
どんな思いでアンドリューが助けにきたのかを考えればいっそあの怪物が不憫ですらあった。
「なんだよ。アッシなんて遠い故郷に帰るために路銀を貯めてるんだぜ。帰れるなんてうらやましいじゃないか」
サンサネラが横から口を挟む。
「え、サンサネラどっか行っちゃうの?」
僕の隣からアルが消えると、机の下を通ってサンサネラの膝に出現した。
「ねえサンサネラ、どこにも行かないでよ!」
アルの願いになんと答えていいものやら、サンサネラの口がムニャムニャと動く。
「まて、ロバート。そもそも私の依頼も終わっていないのに次の話などするな」
相当にこんがらがった場の状況にジャンカまで口を出してきた。
魔物との遭遇で受けた衝撃から、食事を経て立ち直ったらしい。
「ジャンカさん。ノラさんはガルダさんの相棒ですよ」
僕が説明すると、ジャンカは再び衝撃を受けたらしく落ち込んでいった。
こうして食事会は混沌のうちになんの結論も与えずに終了したのだった。
ただし、ジャンカに順応の説明はした。多くの魔物を倒したのだからおそらく今晩は数段跳びで順応が進むはずだ。それを知ってどうすることも出来ないけれど、一応は僕の教え子である。朝起きて精神的に混乱することなどないように、と伝え、彼らを見送った。
※
翌朝、起きてから気づく。
順応が進んでいる。
アーミウスでウル師匠から貰った装備品を壊して以来、本当に久しぶりの感覚で狼狽えてしまった。その後で頭の中に新しい魔法を覚えているのに気づいた。
味方の周囲に薄い障壁を作りほんの僅か、敵の攻撃を避けやすくする僧侶の魔法であった。
本職のステアでさえ使っているのを見たことがないので効果のほどは推し量るべきだろう。
これで呪いが終わったのか、それとも迷宮から差し出される呪われた道に再び道筋がつけられたのか。
いずれにせよ、迷宮は毒婦のように僕の肩に手を回し、親しげに落とし穴へ案内するのだ。そんなことを冴えない頭でぼんやりと考えていた。
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