第372話 厄介な魔物
ノラは上級魔族の動きや弱点を掴んだのか、いつの間にか上級魔族を一息で殺せる様になっていた。
今しがた倒したので何匹目だろうか。人間離れした偉業といってよい戦果と戦闘能力である。
しかし、ノラがいくら魔族を斬り捨てても、もう一匹の上級魔族を倒す間に死体が新たな上級魔族として立ち上がるのだ。
ロバートの状態を見たこともあり、ノラもサンサネラも爪での攻撃は徹底して避けてはいるが、それでも避けきれない打撃や氷の吐息でダメージが蓄積していくのは見て取れる。さらにいえばノラやサンサネラは強い酸性を持つという体液の飛沫を近距離で浴びており、ところどころ肌から煙りを吹いていた。
ジャンカは僕が作ってやった魔力障壁の後ろでうずくまっているのだけど、それでも氷の吐息が吐かれる度に死にかけてうっとうしい。
「アイヤン、ジャンカ坊ば見捨てたらオイがキサンを殺すけんの!」
隙を見て後方から攻撃を仕掛ける合間にモモックが叫ぶ。
言われなくても、仲間を見捨てたりはしないよ!
効率の悪い回復魔法で、その都度ジャンカを治療しながら、怒鳴り返す暇はない。
なんせロバートが一向に立ち上がってくれない。
この状況でもっとも負荷が掛かっているのはどうみてもサンサネラだった。
戦いが長い。
およそ、遭遇から数合の撃ち合いで勝負が決する普段の戦闘では滅多にないことである。
体力は十分な彼が、荒い息を吐きながらあえぐように身をよじっていた。
紙一重でかわした上級魔族の腕をすり抜け、上腕にナイフを差し込む。
ダメージは与えられているが致命傷には遠い。
彼を助けようにも僕の魔法は上級魔族の障壁を打ち破れず、全く効果をなさない。
せいぜい不慣れな回復魔法か粗末な魔力障壁で仲間を守るので精一杯である。
ド、ド、ド、とゼタも火炎球を連打しているが、多少の嫌がらせ以上の効果は発揮できていない。
と、ノラが飛び上がると巨体の上級魔族を頭から真っ二つに切り裂いた。
見事な一撃で、ほんの一瞬の静寂さえももたらし、死体はゆっくりと地面に崩れる。しかし、そのころにはまた小型の死体を核に新たな上級魔族が顕現して、戦闘は終わらない。
ポ、と音がして上級魔族の上体が大きく仰け反った。
どうやらモモックの一撃らしいが、それも硬く滑らかな表皮に威力を殺され致命傷には至らなかった。
ああ、まずい。
全く元気なのはノラばかりだ。
サンサネラはダメージと体力の消耗で、もはや足を動かすのもおっくうそうだったし、モモックも体に負担のかかる投石の乱発で苦しそうに顔をゆがめていた。ゼタもそろそろ魔力が尽きて動けなくなるだろう。
ロバートとジャンカの主従に至っては戦力に数えられない。
そろそろ覚悟を決めなければ。
僕はサンサネラに回復魔法をかけながら、そう思った。
なんの覚悟か。
もちろん、死を受け入れるのではない。
結果として死ぬ危険性もあるけれど、それでも現状で生還できる可能性を持つ手段はいくらもないだろう。
足で素早く魔法陣を描いていく。
一号が使う空間移動術の『影渡り』と似た技を見たことがある。
かつて、まさにその一号に破れたウル師匠は仲間を集め、空間転移の魔法を唱え、僕たちを迷宮出口に付近まで飛ばした。
今、使うのならそれしかないだろう。
しかし、空間転移の魔法は精密な座標値の計算が必要であり、僕にその技能はない。
である以上、この場所から消え去った僕らがどこへ出るのかは全く運次第であった。
地下で迷宮からはずれたり、壁の中にでも出現すればその時点でおしまいだし、地上より高い空間に出現すれば落下して死ぬことも考えられる。
自分の運の悪さはよく知っているつもりだ。当然、こんな魔法は使いたくない。
だけどジリ貧の先に死しかないのであれば一か八か、賭けてみるしかないだろう。
などと思考を巡らすうち、ノラが真っ二つにした巨大な死体から二匹の上級魔族が立ち上がった。
前衛は二人、向こうが三匹なら後衛も直接攻撃を受ける危険性が高い。
いよいよか。
僕は靴を通して地面の魔法陣に魔力をそそぎ込んでいく。
「みんな、こっちに……!」
「やめなよ。危ないから」
聞き覚えのある声が場に響いた。
鈴のように弾み、人を引きつける声質。
半透明の体は天使像の様に美しく、それでいて空間を埋め尽くすように濃厚な禍々しさを放つ魔物。
「ァ……!」
倒れたままのロバートが小さく呻く。
現れたのは他ならぬロバートの元相棒、リッチに転成して迷宮の奥底へ消えたアンドリューだった。
リッチは無差別に周囲の生命力を吸い取っていく。
彼が現れた途端に、僕の膝も胸も、肩も鉛を詰められたように重くなっていた。
「あんまり会いたくなかったとはいえ、相棒が殺されるのはさすがに看過できないね。それに親友も」
アンドリューは片目を閉じてこちらに笑って見せるのだけど、僕の背後霊とでも友達になったのだろうか。
しかし、ほんの一瞬、見つめられただけで胸が苦しくなり、たまらずに膝をつく。
サンサネラと、モモックも地面に尻をついて苦しそうだ。
ノラと切り結んでいない二匹の上級魔族は突如現れた怪人を見つめ、そうして襲いかかる。
しかし、まるで勝負にはならなかった。
一瞬の後、二匹の上級魔族は巨大な氷柱に串刺しにされて絶命した。その死体はホロホロと崩れだし、粉末状になった肉体はアンドリューに流れこんでいく。
「こんなのさ、食べちゃえばいいんだよ」
楽しそうに笑うアンドリューのすぐ横で最後の上級魔族がノラにより斬り倒されてようやく長い戦闘が終わりを迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます