第299話 嵐の夜に

「サンサネラ、貴様はどういうつもりなんだ。用心棒風情が俺に逆らって、あとで不味くなるとは猫の脳味噌では考えもつかんか?」


 不機嫌を隠さない口調で禿頭が怒鳴る。

 

「どうもこうもないさシアジオさん。アッシはサーディムの旦那からお客人の案内をするように申しつかっている。アンタがサーディムの旦那より上席ならアッシも逆らいやしないが、違うだろ。組織人としての風を吹かすなら辺境にある出先の使用人なんてしけた身分じゃなくもっと出世して出直してくるんだねえ」


 サンサネラの言葉にシアジオというらしい禿頭は真っ赤に染まりあがった。

 背後のシアジオと前面のサンサネラに挟まれ、二人の使用人たちはどうするべきか互いに顔を見合わせている。

 腰には短刀を縛り付けているものの、自衛の為か日用品としてなのだろう。柄に手を伸ばす気配はない。

 センドロウ商会内の序列について知識はないけれど、少なくともサンサネラが使用人の三人を足したよりも圧倒的に強いのはすぐに解る。

 現に、二人の使用人たちはサンサネラがしっぽを一振りし、ヒゲを動かすだけで強烈に緊張していた。

 

「貴様、あとで覚えていろ。その首をもぎって扉飾りにしてやるからな!」


 僕の胸中でカチン、と音が鳴った。

 次いで止めどなくイヤな気持ちがあふれてくる。

 友人を侮辱されるというのはどうも慣れない。


「待って。ちょっと待ってよ。シアジオさんでしたっけ。サンサネラは僕に付けられた案内兼護衛なんですよ。それに危害を加えるようなことを言われると、僕への敵対行為として見なさざるを得ないんですけど」


 敵、という言葉に最も反応したのはマーロで、すぐに抜刀すると戦闘態勢を整えた。それを見て二人の使用人は青くなり、シアジオも狼狽を見せる。

 マーロが用心棒を切った場面に居合わせたものか、話しに聞いたのか。

 いずれにせよ貴い犠牲は無駄でなかったのであの用心棒も草葉の陰で涙を流しているに違いない。

 

「お客人、誤解だ。アンタに敵対する意志はない」


「一緒なんだよ、シアジオさん。僕はあなたの真意に対してじゃなく言動に対して怒っているんだから」


 シアジオは厳つくて体躯もいい。腕も太くて胸板も厚い。腕力には自信があるのだろう。だからこそひ弱な外見で、その上はるかに若い僕を無意識のうちに見下してしまうのだ。

 その若造が乗り物酔いで顔を青くしていたりすればなおのことである。

 

「マーロ、サンサネラ。今この場で三人を捕まえて。殺さない程度にね」


 言い終わる前にはサンサネラの体が伸び縮みして、二人の使用人が転がった。

 マーロも飛び出しシアジオが事態を把握する前には馬から引きずり下ろす。

 パラゴがロープを放ると頭を打って昏倒するシアジオの両手をマーロが手早く縛った。


「シアジオさん、本来なら三人とも殺してから川に流してもいいんだけど、少しだけ期待したい事もあるし今回は殺さないであげる」


 馬車にぶら下がった桶で水を掛けると、シアジオが息を吹き返したので僕はゆっくりと説明した。

 

「ただし条件があって、ここから歩いて戻る事。部下には指示を出してもいいし、二人には馬を返すけどね」


 つまりシアジオには僕たちの前で部下に指示を出して貰う。

 その後、部下が去ってからどこかへ連れて行って解放するつもりだ。

 シアジオは後頭部を押さえながらもフラフラ立ち上がり、うずくまったままの部下に指示を出した。

 一人は今来た道を戻りノッキリスへ事態を報告。

 もう一人はこの道を先行し、アーミウスのセンドロウ商会本部へ行き用心棒を手配すること。なお、商会長の耳にはこの事を一切入れないように注意すること。

 ということはビウムが逃げ込む先は商会長なのだろうか。

 いずれにせよ、本部に行ったって結局用心棒を出すのならノッキリスがどうするかの方が興味深い。

 腹を押さえて顔を青くしている二人の使用人はどうにか馬に乗ると、それぞれ命じられた方へ走り去った。

 

 残された馬にはパラゴがまたがり、そのまま乗っていく事になった。


「じゃ、そろそろ行こうか」


 縛り上げたシアジオを荷台に押し上げると、ギョロリとした目でビウムを睨み、そのせいでビウムが悲鳴を上げたのだけど「目を閉じていなさい」とマーロが命じるとシアジオは素直に目を閉じた。

 サンサネラが元の席に座ると、御者が鞭を入れ馬が歩き出す。

 ちょっとした余興のおかげで乗り物酔いも随分マシになっていた。

 

 *


 しばらく移動してからシアジオを解放すると、彼は恨みがましい目でこちらを見ていたのだけど、直接文句を言う度胸はないようで黙ったまま見えなくなるまで突っ立っていた。

 シアジオを転がしていた空間が空いたので荷台の上も広くなって快適になった。

 ビウムは緊張が切れたのか、荷物に寄りかかって寝息を立てていた。

 僕も昨夜から眠っていない。冒険者として長丁場になると二日や三日は寝ないで迷宮に入る事もあるのだけど、寝ない限り魔力は回復しない。

 少し眠るかと目を閉じるとすぐに睡魔が寄って来た。


「ねえ、アナンシさん」


 僕の肩に手を掛けた睡魔はマーロの声に寄って散っていった。

 しかたなく重くなった瞼をあげると、彼女は不満そうな表情で僕を見ていた。


「さっきの男を逃がしてよかったんですか?」


 シアジオに対する処遇が不満だったらしい。

 

「ここが迷宮なら殺したよ。でもここは迷宮じゃない」


 左右には延々と背の低い森林が続いていて、道は緩やかな傾斜を帯びて登っていた。

 僕と一緒にブラント隊を構成していた頃なら、彼女はこんな事を言わなかった。

 戦場に行って、都市へ戻って来るまでの間に一体なにがあったのだろうか。

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