第249話 出立
迷宮の入り口に着くと、既にノラ隊が到着していた。
ノラも小雨も軽装ながらその衣服はおそらく迷宮産で強力な魔力を放っている。
一方、カルコーマは手甲、胸当て、鎖帷子まで着込んで頭には鉢がねを装着している。やはり全てが魔力を放っているので、冒険の途中で拾ったものを身に付けているのだろう。
明らかに雰囲気の違う前衛組から離れて座るのはステアで、彼女も僧服の下には魔力のこもった何かを身に付けているし、手に持つ杖もかつてとは違い『荒野の家教会』のものではなかった。
誰もかれも、迷宮に順応している。多分、僕もそうだ。
「よお、先輩。待っていたぜ」
組合詰め所の入り口からガルダが声を掛けた。
「あれ、ガルダさんは行かないんですか?」
ガルダの格好は一見して冒険者のそれではなかった。薄着で、防具らしいものは何も身に付けていない。
どちらかと言えば遠路を行く商人の格好に近い。
「俺は別件で用がある。それでも、替わりがいなきゃついていこうと思ったが、運良くどっかのマヌケがつかまってな。おかげで商売に精を出せるぜ」
つかまってしまったマヌケとしては、利害が一致したので別にいいのだけど、彼の後ろにいる二名の女性が気になった。
一人はガルダの妻、ネルハである。彼女もガルダと同じような旅装をしている為、商売に同行するのだろう。
そしてもう一人。
「今回の依頼人、ゼタだ。先輩、同期なんだってな。旧交を暖めてこいよ」
「ガルダさん、私はノラ隊に依頼したのよ。彼はノラ隊じゃないでしょう」
ゼタは鋭い目つきで僕を睨むと、ガルダに抗議した。
僕を避け続けている彼女が、主張する内容としては当然のものだ。
「そうだな。この魔法使いはそこの僧侶のお嬢ちゃんと同じく、臨時のノラ隊だ」
ガルダは相手にせず、ステアの方に歩いてくると、横に立つ。
「腕のいい僧侶もなかなか貴重でな。このお嬢ちゃんはアンタの提示した予算内で雇うなら抜群に高技能だ。そして、このお嬢ちゃんを引っ張り出すのにはその兄ちゃんが必要なのさ。もちろん、こちらも実力は折り紙付き。いや、失敬。この兄ちゃんの方はアンタも知ってるんだったな」
「魔法使いは私がいるの。盗賊のあなたがついて来て頂戴」
ゼタが吐き捨てる様に言うのだけど、ガルダは首を振った。
「無理だね。俺はそこそこの盗賊だが同時に商売人でもある。俺の歩合は殊に高いんだ。たかが冒険者風情には払えねえよ」
ガルダは鼻で笑い、ゼタの要求を撥ね除けた。
ラタトル商会において相変わらず辣腕を振るうガルダは、半独立の支店を立ち上げそちらでも商店会連合に評議員の席を得ていた。
ガルダと彼が掌握した一派に推されたご主人はついに商店会連合の副会長補佐に就任し、都市経済界の明星などと呼ばれている。
そうして、ガルダは豊富な利潤で冒険者の後援もしており、ガルダ子飼いの冒険者は数十人になるらしい。
もはや彼は巨人に等しく、そのガルダが商人としての雇い値を請求すれば払える冒険者などいない。
ガルダはいつもの笑みを消すと真顔でゼタを見つめた。
「さて、ゼタ。今回はお前の依頼でノラ隊を動かす。そうなりゃ確かに雇い主はお前だが、俺や相棒に興味があるのはお前が出す僅かな銭じゃない。お前の目的が面白そうだから付き合ってやってるんだ。勘違いしてるようなら小銭は返すからお前は帰って他の仲間を募れよ。そうすりゃ、お前が抜けた穴に俺が入って理想的構成だ」
ガルダとゼタはどちらも嫌だな、と内心で思いつつ、経過を見守っていたものの、結局はゼタが折れて今回のパーティが確定した。
それも当然で、ガルダの口ぶりからするとゼタの依頼に安価で応えているのだろう。
同じ金額を握りしめて都市に戻っても十分な冒険者など雇えるはずもない。
ゼタは僕を睨んで舌打ちをしたのだけど、僕に怒られても困るのだ。憎悪や文句は全てあの悪人に向けていただきたい。
※
迷宮に入って思うのだけど、前衛の格が普段とはまるで違う。
もはや上級冒険者と呼んで差支えない彼らは魔物をドカドカと蹴散らしながら進み、休憩も必要としない。
おかげで、ステアと話す機会を持てないまま、早々に十階へたどり着いた。
「そ、そろそろ休ませて貰えないかしら」
最初に音を上げたのはゼタだった。
僕やステアもついて行くのに必死だったのだけど、病的に細いゼタは体力がないのだろう。
僕は自分のことを達人級以上で一番体力がない冒険者だと思っていたのだけど、並べれば下がいるものだ。とはいえ、それも微々たる差で僕もそろそろ体力の限界だった。
ノラが無言で石に座り、小雨も横に座るとカルコーマも壁にもたれかかる。
休憩が始まり、僕もへたり込んでしまいたかったのだけど、それでは何のために来たのか解らない。
ステアが座った地面の近くに僕も腰を降ろした。
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