第247話 再考

「さて、理解したなら帰りなさい」


 毅然とした態度でローム先生は告げた。

 打ちのめされ、これ以上は手も足も出ない。僕は腰を上げると、部屋の出口へ向かう。

 無力感にさいなまれ、全身が鉛の様だった。

 だから、扉を開けたところにガルダが立っていてもとっさには反応できず、突き飛ばされたときは無様に尻もちをついたし、ろくに受け身も取れず椅子に背中を打ち付けた。

 

「よお先輩、奇遇じゃねえか。ちょうどよかった、お前も聞いて行けよ」


 言うとガルダは返事も待たずに僕が座っていた椅子に腰かける。

 

「婆さん、またお嬢ちゃんを貸してくれよ。ちょっと野暮用で必要になったんだ」


 ローム先生は不躾なガルダに対し、心底イヤそうな表情を浮かべるとチラリと僕を見た。

 

「もはや、ステアの修業は終わりです。彼女を迷宮へやることはありません」


「なあ、今さらそれはねえぜ、婆さん。俺たちは持ちつ持たれつ、一心同体だろ」


 欠片も心のこもっていない口調で言うと、ガルダは傍らの鞄から小袋を取り出し、机に投げ置いた。ジャリっと金属の擦れあう音が鈍く響く。

 

「それにこれは人助けだ。迷える婦人が困った挙句に依頼を俺に出してきてな。婆さんは弱者を救う聖騎士を支援しないのか?」


 聖騎士という響きとは最も離れた男がまがりなりにも聖職者の老婆を脅している。

 真に正義感があれば立ち上がってガルダを諫めるべきだと思いながら、そんな気には全くなれない。しかし、俎上に乗っているのがステアであるなら話は別である。僕は立ち上がってガルダに向き直る。


「なあ、先輩。おまえも言ってやれよ。どうせ暗がりを歩くならむさいオッサンより見た目のいい女の方が華やかでいいってな」


 この男は何を言っているんだろう。


「ガルダさん、ステアを巻き込むのは止めてください」


 僕が言うと、ガルダは肩を竦めた。

 

「婆さんはダメだという。先輩もダメだという。どうやら間違っているのは俺みたいだな。よし、わかった」


 ガルダは机の上の金貨袋を持ち上げると、そのまま僕に押し付けた。

 ローム先生の目線は物欲しそうに、僕の手の中の袋に注がれている。

 それにしても重い。金貨だとすれば相当な大金が入っているだろう。


「先輩、丁度よかったというのはお前も誘うつもりだったんだ。依頼でちょっと深く潜る。前衛は三人揃っているんだが後衛に空きがある。そこで先輩だ」


「お断りします。他を探してください」


 僕ははっきりと断って袋を押し付け返す。

 この男とはあまり関わりたくない。

 しかし、ガルダは受け取ろうとはせず首を振った。


「まあ、そういうなよ。ヒゲから聞いたが、もうすぐ奴隷じゃなくなるんだろ。そうなりゃ、金は自分の為に使えるようになる。種銭はいくらあっても困らないぜ」


 含みを持たせたような笑みでガルダは両手を広げる。

 その所作をローム先生は苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。


「もはや我が教会には関係ないこと。不浄の話は外でやりなさい」


 呻くように言うローム先生に向けてガルダは金貨を一枚投げた。

 

「そう言うなって。部屋代を払えば文句ないだろ。それから婆さん、当然カルコーマは連れて行くぞ。小雨は本人次第だ」


 ノラが行くなら小雨が行かないことはないだろう。


「まさか本人が行きたいというのに止めはしないだろう?」


 ガルダの問いはローム先生の眉間に一層深い皺を刻む。


「自ら行きたい者についてはもはや、なにもいいません」


 ローム先生の呻くような返答が響く。


「ちょっと待ってください。僕はまだ行くとは言ってませんよ」


 僕は声を上げた。話の流れで僕の参加が決められてしまってはたまらない。

 無理やり金を渡されたからといってついて行く義理はないだろう。

 金を返さなければいけない。本人が受け取らないなら伝手をたどってでも返してやる。

 

「そうか。俺なりの優しさなんだが、行かないか」


 ガルダは僕の覚悟をくみ取ったようで頷くと金貨の入った小袋を取り上げた。

 

「さて、お嬢ちゃん。あんたが行きたいなら婆さんは止めないそうだぜ」


 その視線は開いたままの扉へ、正確にはその先の廊下に向かっていた。

 と、扉の陰からステアが顔をのぞかせた。

 

「あとはこの色男が仕事を受ければお嬢ちゃんとゆっくり話す時間も出来る」


 この男が、僕とローム先生の話を立ち聞きしていたって不思議には思わない。それくらい悪辣な男だ。

 でも、事前にステアを捕まえ、廊下で話を聞かせていたということは僕たちみんなの状況を掴んでいたということだろう。

 ステアは僕たちの方へ歩いてくるとローム先生に頭を下げた。


「私、この方々と迷宮に行ってきます」


 堂々とした宣言。先ほどの発言もあり、ローム先生は下唇を噛んで呻く。

 ステアは僕の肩をギュッと掴むと耳に口を寄せて囁いた。

 ガルダは僕が依頼を断ることを予想していた。だからこんな手段に出たのだ。

 僕をステアごと巻き込むために。


「わがままでごめんなさい」


 その瞬間、僕は彼らと共に迷宮に潜ることが決まった。

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