第214話 ロバート

 てっきり、ガルダに処理されたと思いこんでいたのだけど、ガルダの口から明確にそれを聞いた訳ではなかった。

 ロバートは乾いた声で笑ったあと、戻ってきたモモックに気づき、慌てて剣を構えた。

 

「ええと、彼は魔物ではなくて……」


 僕は慌ててモモックの説明をして、剣を納めさせる。

 彼が生きていて嬉しいと思うのは、僕にアンドリューの記憶が流れ込んでいるせいである。

 アンドリューとロバートは同郷の出身で用心棒をしながら各地を流れてきたのだけれど、アンドリューは彼に対して簡単には言葉に表せないような複雑な思いを抱いていたようだ。すくなくとも僕がシグなんかに抱く友情とは異なりながら、それでも強い執着があったのは間違いない。

 モモックとコルネリに納得したロバートは、感心したように僕を見つめた。


「お前、始めて会ったときはすぐに死んでしまいそうだったのに、頼もしくなったな」


 彼と初めて会ったのはもう随分と前になるのだけど、そのころの僕はまだ駆け出しの魔法使いだった。対して今は達人の称号も得ているので、強くなったのは間違いないと思う。

 結果、思い悩んでモモックに怒られたりしているのだけど。

 

「ところで、おまえ達はパーティも組まずに迷宮に入ったのか?」


 ロバートが呆れたように言う。

 いくら頼もしかろうが前衛の戦士を欠いて迷宮に潜るのは非常識である。

 その言葉は迷宮の入り口で、衛士の口から聞きたかった。今更言われても、もはや恥ずかしさしかない。

 

「そうやちゃ。このアイヤンがウダウダ悩みよっけんが、気張ってみいち言うてオイが連れてきてやったったい」


 胸を張って話すモモックの言葉が伝わらなかったのだろう。ロバートは首を傾げる。


「そんなことより、ロバートさんは今までどこにいたんですか?」


 僕はロバートに尋ねた。彼は少なくとも都市を長いこと離れていたはずである。

 彼ほどの実力者が都市にいれば名前を聞かないことはないだろうし、旧エランジェス勢力の用心棒をつとめた彼をブラントやガルダが警戒しない訳もないのだ。


「そもそも、ガルダって奴に捕まった後、しばらく監禁されていたんだ。まあ、見張りを殺して逃げるまでの数日間だがな」


 彼のような強者を殺しもせずに監禁するのは立派な施設と優秀な見張り番の両方が必要な難事業である。

 にもかかわらずなぜガルダは彼を殺さずに監禁する事を選んだのか。

 もちろん、顔見知りだからなんて暖かい理由では絶対にないだろう。何らかの利益に繋げるための行動なのだと思うのだけど、理由を邪推しても結論は出ない。


「それで、各地をブラブラしてな。用心棒やったり傭兵団に入ったりしてたんだ。まあ、そろそろほとぼりも冷めた頃だろうと思って先日戻ってきたわけさ」


 そうして一人で迷宮に潜るのは生活費を稼ぐ為か、それとも腕を磨くためか。


「あの、もしかして戻ってきた理由って……」


 僕はおそるおそる聞いてみた。

 しかし、ロバートは屈託なく笑って首を振る。

 

「別にガルダや、他の誰かを殺そうとは思っていないよ。エランジェスについていたのも仕事だし、組織が負けたのも俺には関係ないことだ」

 

その口調は朗らかで、恨みの込められたものではなかった。

少なくとも、僕には本心からの言葉に感じられた。


「そうですか、よかった。もめ事にならずに済むならなによりです」


 密かにため息をついて僕は言った。

 人間的には好きでないガルダも、大別すれば仲間であるし、ご主人の利益に、ひいては僕やギーたちの待遇に繋がるのでおいそれと殺されるのは困る。

 人柄的にも、アンドリューから託された記憶からしてもロバートともめたくないのは事実だ。

 ロバートは近くにあった手近な岩に腰掛けて話を続ける。


「お前は知らないだろうが、あのときのエランジェス一味には俺と一緒にツレの魔法使いも雇われていたんだ。変な奴だけどつきあいも長くてな、今回はそいつを探しに来たんだよ。お前、なにか知らないか?」


 思わず僕はモモックの顔に視線を走らせていた。

 彼がよけいな事を言おうものならすぐに飛びかかって口を押さえなければいけないと思ったのだけど、幸いなことに向こうも同じような目で僕を見ていて、互いのさりげない視線が正面からぶつかった。


「いや、全然。力になれなくてすみません。一応、気をつけて情報を集めてみますんで、その人の名前を教えてください」


 即答して、コルネリを撫でる。

 自覚を持って嘘を付く時に出る動揺の発露としては最小限の行動であると自分でも思う。僕の心臓はドキドキ鳴っていて、下手に直立不動を貫けば、顔に変な表情が浮いてしまいそうだった。


「いや、いいんだ。都市で二晩くらい聞き込んでみたが、花街も変わってるしエランジェスの配下も残ってないしでいまいち情報は集まらんのだ」


 ロバートは笑って自分の頭を撫でた。

 

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