第157話 お引越し
否応もない。
ブラントの提案は既に決定事項の様に取り扱われ、ガルダも賛成をした。
この二人がかりの提案に僕のご主人があらがえる筈もなく当面の間、僕の身柄をブラントが預かることになった。
ガルダとブラントが悪巧みに興じる横をすり抜けて小屋に向かうと小屋の横で槍の稽古をしているギーを見つけた。
彼女に、メリアと共にお屋敷から出ないように含めると、すぐに着替えをリュックに突っ込んだ。
「ドコへ行ってもいイガ、死ぬナヨ。蘇生させる金はないのだカラ、メリアが泣クゾ」
背中に掛けられた声に、ギーはどうなんだろうと場違いな事を考えたのだけど、そもそもリザードマンが涙を流すのかもわからないので聞くのはやめておいた。
すぐにブラントがやって来て、僕は連れ去られる。
安寧の寝床からそれ以外へ。
※
ブラントの屋敷は都市の外れにポツンとたたずんでいた。
背の高い石壁で周囲を囲まれた敷地内には、主人の美意識を反映してか細部までこだわった作りの立派な建物が三つ建っている。
「そっちが宿舎、あっちが稽古場だ。とりあえず宿舎に荷物を置いて来なさい。君の部屋は一階の隅だよ」
ブラントが指した建物は一番大きな建物で、二階建ての立派な住居だった。
およそ、ルガムの家の倍は大きい。
と言う事は指で示さなかった建物がブラントの住居なのだろう。
宿舎とよぶ建物よりは二回りほど小さいが、それでも大きい。
「ふん、立派な家だな。これで見晴らしがよけりゃ言うことねえな」
ガルダが周囲を見回して言った。
敷地を囲む石垣の高さは人間の三倍はあり、その外はまったく見えない。
「まあ、見たって墓場か」
ガルダは肩をすくめる。
その言葉の通り、ブラントの屋敷の周辺には墓地が広がっていた。
というよりも、広い墓地の真ん中にブラントの屋敷が建っていると表現した方が正しい。
「このあたりは墓泥棒がひどくてね。私が墓守も兼務しているのだよ」
「教授騎士に組合の走狗に墓守か。あんたなんでもしてんな」
ガルダの失礼な物言いに、ブラントは穏やかに笑った。
「ナフロイという男がいてね、墓守はその男の小銭稼ぎだったのさ。それが冒険者として頭角を現し、ほとんど帰ってこなくなった。そうすると墓地は荒らされ放題だ。そうして、彼は元相棒であり、友人であり、彼程の才能を持っていなかった私に墓守の後任を押しつけて行った。そんな昔話だよ」
『鋼鉄』ナフロイ!
冒険者の中でも最も肉弾戦に長けるという生ける伝説だ。
一度、パーティを組んだことがあるんだけど、人間離れしたというよりも冗談の様な強さと巨体を誇る戦士だった。
もう少し話しを聞いていたかったのだけど、ブラントが顎をしゃくって促すので、僕は宿舎に向かった。
扉を開けると、すぐに二階に上がる階段があり、その横に廊下が続く。
廊下を進むと扉が並んでいて、一番奥の扉を開けると、そこは貴族の一室と見まごうばかりに上等な部屋だった。
絨毯が敷かれた真ん中に大きめのベッドが設えてあり、その横にはソファも置いてある。
とても奴隷に割当てる部屋ではない。
僕は廊下に出て、更に隣に部屋が無いものか確認した。
ない。
とすればここが隅の部屋か。
いや、もしかすると外にまわれば物置小屋か馬小屋でもあるのだろう。
僕はそう納得して荷物を廊下の壁際に置く。
あとで正しい寝床に運べばよいのだ。
「おい、なにやってんだ?」
声を掛けられて体が固まる。
こんな豪華な建物に僕の様な奴隷が入り込んだことを責められるのかと思い、ソロリと振り向く。
何発かは殴られるかと、覚悟して顔を上げれば見知った顔が浮かんでいた。
「あれ、指導員。どうした?」
それはノクトー剣術総帥のベリコガだった。
「いえ、隅の部屋を使っていいとブラントさんに言われたんです。でも隅の部屋がドコにあるのかわからなくて……」
「隅の部屋はそこだよ。他にはないだろう。さっさと荷物を入れろよ」
そうして突き出す人差し指はどう見てもさっきの部屋の扉だ。
「いや、間違いですよ。僕みたいな奴隷にこんな部屋は流石に……」
あり得ない。そう言いかける僕を歯牙にもかけず、ベリコガは扉を開け、僕の荷物を放り込んだ。
一生懸命弁明をしていた僕には止める間もなかった。
「隣が俺の部屋だから。というかブラント殿は帰ってきたのか?」
「え、ああ、はい」
どうも話しが噛み合わない。
今までだってこの男と話しがあった事など一度もなかった。
「よし、じゃあ行こうか指導員」
確かにブラントは荷物を置いてすぐに戻ってこいというようなニュアンスの事を言った。
だから僕はすぐに戻るつもりではある。
でもなぜこの男は一緒に来るのだろうか。
僕の疑問に答えを示さないままベリコガはさっさと歩き出した。
外に出ると、変わらずにブラントとガルダが立ち話を続けていた。
「やあ、ブラント殿。お戻りになられたか」
ベリコガが快活な声で二人に声を掛けた。
その顔を確認して、ガルダがギョッとした。
「こんなのまで飼うつもりか。アンタ、本当になんでもするな」
「こんなの、というのはよしたまえよ。彼はあれでも君の相棒のお師匠様なのだよ」
そういえばそういう設定だった。
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