第155話 対談
「どうも」
僕はどうしていいのか解らずに立ったまま会釈をした。
「貴様、貴様のせいで私のところにヤクザ者が乗り込んできたんだぞ!」
ニエレクは噛みつかんばかりの勢いで僕の顔を指して怒鳴った。
しかし、彼のベルトをブラントがそっと掴んでいるので実際には立ち上がることも出来なそうだ。
「まあ、ニエレクさん落ち着いてください」
ご主人が荒ぶるニエレクをなだめるように声をかけた。
「そうもいかんよ、君! 奴らはね、冒険者組合の事務所どころか私の屋敷にも訪れ、さらには近所にまで私の居場所を尋ねて歩いたそうだ。全く、大恥だよ。なぜ私の名前を出したりしたのかね!」
ニエレクの顔は怒りで真っ赤に染まり、指先も細かく震えている。
「なぜ、と言われましてもニエレクさん。あなたが僕にくれた奴隷に関する事だからじゃないですか。勝手な行動であなたを怒らせたくないので判断についてはまずあなたに伺いをたててくれと言ったまでです。その先、連中が何をしたかについては私ではなくて訪ねて回った連中に言ってください」
事実として、僕が訪ね歩いた訳ではない。
怒鳴り込むのならここではなくてキュード・ファミリーの本拠地が適当なはずだ。ではなぜここに来たのかと言えば、ゴロツキの集団に文句を言うのが怖く、奴隷で組合員でもある僕は怖くないからだろう。
それでもブラントを連れてきているのは手近で無料の用心棒としてか。
「ニエレクさん。とにかく落ち着いてください。私の奴隷の言動でご迷惑をおかけしたと言うことには主人である私の方から謝罪させていただきます」
そう言うとご主人は申し訳なさそうに目を伏せた。
そして一呼吸ほどして顔を上げると、そこには怒りを込めた表情が張り付いていた。
「それはそれとして、の話をさせていただきますが、主人である私に断りもなく彼に奴隷を持たせたそうですね。これについては何か説明をいただけませんか?」
なにぶん、僕のご主人は気が小さいものの大柄で厳めしい風貌をしている。
その男が不機嫌そうな顔をしているれば普通の人は怖いのではないだろうか。
「いや、それは……冒険者組合としては彼に特殊な依頼を受けて貰った手前、謝礼として」
正面からご主人をにらみ返す事が出来なかったニエレクは、気まずそうに視線を逸らした。
「それで、私には何も相談もなく?」
「……通常、組合から組合員に謝礼を払う場合に組合員が奴隷かどうか考慮することはない。今回もそうだ」
憮然とした態度でニエレクは呟いた。
はて、話の流れがおかしい。
僕は机の脇に立ったまま戸惑っていた。
顔ぶれを見た瞬間、僕はニエレクとご主人の二人から責められるのを想定していたのだけど、どうやらご主人は僕の側に着いてくれたらしい。
ニエレクは、上流市民が奴隷をかばうなど考えてもいなかったのか、ご主人の態度だけで動揺してしまっていた。
「しかし、困りますな。聞けばその特殊な依頼というのも迷宮深層へ立ち入ることらしいじゃないですか。このガルダというのも冒険者なんですが、ガルダに聞けばうちの奴隷はまだ地下三階あたりが妥当だというんです。それを地下十五階だなんて、死にに行かせるようなものじゃないですかね」
「いや、それはしっかりと護衛をつけて……それに報酬も見合った額をきちんと」
「ダメですね。私はこの奴隷から多額の利益を見込んでいます。そのためには身の丈に合った階層でじっくり実力を付けさせたい。当然、不相応な階層には立ち入るべきではないと言って聞かせています」
初めて聞いた。大嘘である。
だけどたぶん、この手の発言はガルダが含めているのだろう。
「ですから、今後は特殊な任務と言うのにうちの奴隷を使うのを止めていただいてよろしいですか?」
その一言に、ブラントの口が笑いをこらえる様に動く。
だけどニエレクに加勢する気はないらしく、三文芝居を見守っている。
「しかし、ラタトルさん。私が冒険者組合の理事だから言う訳じゃありませんが、彼の任務というのは迷宮の状況維持の為に必要なものなんですよ。あなただって迷宮がなくなったら困るでしょう」
ニエレクは額に汗を浮かべて苦しい言い訳を並べた。
「いや、別に困らんぜ」
今まで黙っていたガルダが不意に口を開いた。
「ラタトル商会は交易が主だ。そして商品を積み卸しするのはここじゃない。たまたま中継点として本部をこの都市においてはいるが、王国中のどの都市にだって移ればいい」
ガルダはそもそも流れ者である。
この都市に生まれ育ち、ここにしか基盤を有さないニエレクとは事情が違う。
迷宮を失ってもっとも困るのはこの都市の領主で、次いで冒険者組合、さらには冒険者を当て込んでいるエランジェスかもしれない。あと、冒険者しか道のない僕も実は困るのだけど。
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