第145話 路地裏の少年

「アイヤン、腹の減ったとばってんが」


 花街を歩いていると背中から声をかけられた。

 背中のリュックに入れてきているモモックだ。

 彼は僕が花街に行くと言うと着いていくと主張したのだ。

 それも護衛として。

 その場にはモモックの天敵であるギーもいたのだけど彼女は何も言わなかった。彼女の反対を押し切った僕が、モモックによって困るのを自業自得だと思っているのだろう。

 結局、押し切られた僕は彼をリュックに詰めて歩くハメになったのだった。

 おかげでリュックは重い。

 モモックは人間の幼児くらいの体重しかないので軽いのだけど、それを持って延々と歩くとなれば話は別だ。

 体力のない僕にとってはこの偵察が苦行を兼ねてしまっていた。

 にもかかわらず彼はリュックから覗く景色が物珍しいのか時々楽しそうに話しかけてくる。

 だけど、往来でそれに返答していればただの変人にしか見えない。

 僕は黙っていてくれと願いを込めながらリュックを軽く叩いた。


「なあ、アイヤン。腹ん減ったって。聞こえとるちゃろ?」


 今までの雑談はポンと叩けば静まったのだけど、今度はしつこかった。

 何度かリュックを叩いたり揺すったりしてみたのだけどモモックは黙ってくれないので、僕の方が折れてしまった。


「ねえモモック、何か買って食べさせるからちょっとだけ黙っていてよ」


 日が傾きだして路上に並びだした屋台から串焼きや果物などを買う。

 それで知ったのだけど、この辺りに並ぶ屋台の飲食物は他の通りや市場に並ぶそれよりも五割ほど割高だった。

 無駄な出費に下唇を噛みながら建物と建物の間にある細い路地に入り込む。

 僕が入り込んだ路地は上手いことに木切れなどの廃材が置いてあり、通り抜けが出来ないようになっていた。

 これなら人が来ることもないだろうと判断し、僕はようやく重たい荷を降ろすことができた。


「アイヤン、痛かって。もうちょっと優しゅう扱ってくれんかな」


 モモックが不満を口にしながらリュックから顔を出す。

 何か言い返したかったのだけど、休みたい気持ちが勝ち、僕は食べ物を彼に渡すとその場に座り込んだ。


 とにかく疲れた。

 

 モモックは片手を前後に振ってから食べ物に取りかかった。

 その食べ様はガツガツしていて、同じ獣人でも上品な食事風景しか見せないギーとの違いに感心してしまう。

 モモックは小さな体のどこに入るのかと言うほどの量を食べ、飲むのだけどその分重くなった体をまた背負って歩くのかと思うと憂鬱になった。


 ダメだ。嫌な事ばかり考えていても仕方がない。

 僕は頭を振って考えをまとめる事にした。

 まず、エランジェス一味の大物を見ることができたのはツいていた。

 ハンクだったか、いくらか金をくれたので、お礼を言うという口実で近づくことは出来るだろう。

 お屋敷まで僕を訪ねてきたならず者はマルカと名乗ったが、そいつの動向次第では解決手段につながるかもしれない。

 場合によってハンクを脅迫できれば、とも思うのだけどあの用心棒が近くにいる間は無謀だろう。

 とりあえずは時間を稼ぎつつ、なぜネルハを返せと言うのかから調べて行くしかない。

 最後の手段は組織の根幹を侵す為の放火かな、とも思っていたのだけどこの辺りの建物は石づくりの壁を持っているのであまり期待も出来そうになかった。


 モモックが食事を終え、とりあえず帰るかと立ち上がる。

 瞬間、モモックが廃材の陰に身を滑り込ませた。

 

「おい、見つけたぞこの野郎!」


 狭い路地に怒鳴り声がこだまする。

 声の主はマルカに着き従うチンピラの一人だった。

 小柄な男は薄汚い身なりをしていた。

 マルカやハンクは質の良さそうな服を着ていたので、経済力の差であり組織内の身分差なのだろう。

 そんな事を考えている間に男はツカツカと歩き僕との距離を詰める。

 

「殺しちゃろうか?」


 物陰からモモックが囁いた。

 すぐに身を隠し、相手を攻撃するのは彼の常套手段なのだろう。

 でもまだ早い。

 この小男からは話を聞き出したかった。


「テメエを通りで見かけて追いかけて来たんだよ!」

 

「ちょっと待ってください、人違いじゃないですか?」


 驚いた表情を浮かべて両手を振ってみせる。

 しかし血走った目をした小男には効果がなかった。


「ウルせえ、テメエのせいでマルカの兄貴はな!」


 言いながら僕を掴もうと手を伸ばす。

 その手が僕に到達する直前、突風が巻き起こり数本の指が消失した。

 一瞬、僕にも何が起こったのかわからなかったのだけど、壁に張り付いたコウモリと、口にくわえられた指を見て理解した。

 僕のリュックに張り付いていたコウモリが男を攻撃したのだ。

 コウモリの存在を知っている僕でさえあっけにとられたのだから、小男の動揺は輪をかけてひどかった。

 手の痛みが脳に届かないのか、呆然と指のかけた手を見つめていた。

 人差し指から小指まで、無造作に食いちぎられた傷口から血が吹き出る。

 叫ばれると面倒だ。


『眠れ!』


 僕の魔法で男は昏倒した。

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