第124話 出頭命令


  地上に戻って戦果を割り振ると、一人当たり金貨一枚と半分ほどの稼ぎになった。

 とりあえず黒苔の群生地以外は地下二階も踏破したので、そろそろ地下三階に挑戦する時期なのではないか、なんて誰も言葉に出さなくてもみんなが漠然と考えていた。


 組合詰所への帰還報告は僕の役割に固定されつつあった。

 前衛の連中は武器や防具の整備に忙しいし、盗賊のパラゴも軽装とはいえ鎧の管理があり、その上、戦利品の管理もやらないといけないので手が取れないのだ。

 となると僕かステアが残るのだけど、最近まで詰所にメリアを待たせて迷宮に潜っていたので、ステアは詰所に入れなかった。

 それでメリアを置いてきた今回もなんとなくいつものように僕が報告に向かう。


「あら、あなたに出頭命令が出ているわよ」


 事務のおばさんが僕の顔を見るなり口を開いた。


「え、出頭?」


 あまりに物々しい響きで、僕はドキドキした。

 脳裏に心当たりがいくつか浮かぶ。

 だけどどれも問題にはならないはずのことだ。


「ええと、出頭ってどこにですか?」


「冒険者組合に決まっているじゃないの。今日中に本部に顔を出しなさいね」


 おばさんの答えを聞いてほっと胸をなでおろした。

 まあ、領主府なら必ずご主人を通すだろうし、奴隷管理局なら出頭命令なんて出さずに直接捕まえに来るだろう。

 税務署だって私有財産に過ぎない僕には無縁だ。

 

「内容って、わかりませんか?」


「知らないわよ。ただあなたに出頭を伝えるようにしか聞いていないもの」


 おばさんは不機嫌そうに言うと、淡々といつもの帰還報告を受け付けた。


 外に出て仲間たちにその旨を伝えると、みんなが不思議そうな表情を浮かべていた。

 正確に言えばギーの表情は変わらないのだけど、彼女も首を傾げていたのでいぶかしんではいるのだろう。

 些細な理由で一介の冒険者風情を呼び出すほど冒険者組合も暇ではないはずだ。

 

「ついて行こうか?」


 シグが申し出てくれた。

 リーダーとしての責任感があるのだろう。

 

「そうだね。内容はわからないけど厄介な命令とかだと困るから、そうしてくれたら助かるよ」


 邪教徒の討伐でも窓口になったのは酒場のオヤジだった。

 迷宮の異変騒動の時も冒険者に直接対峙したのは酒場のオヤジだったはずで、それが今回に限って直接、組合が面会を強いている。

 あまり愉快なことにはならなそうだった。


「じゃあ、アタシも行くよ」


 すぐにルガムも名乗り出た。

 

「私だって行きます」


 ステアも負けずと前に出る。

 

「ギーも行クカ?」


 結局、冒険者に復帰したばかりでひどく疲れているパラゴ以外は着いてくるという。

 僕たちは都市に帰ると、パラゴと別れてその足で冒険者組合の事務所に向かった。

 


 組合事務所内は僕たちの他に二十人くらいの来客があって混雑していた。

 それぞれ冒険者養成機関への入学希望やパーティメンバーの登録、または指導員報酬の受け取りなどを目的に訪れているのだろう。

 三つしかない窓口の、いちばん短い列の最後尾に並んだ。

 ここで五人いても他の人に迷惑なのでシグだけを伴い、女性三人組は壁際に控えてもらう。

 やがて列が進み僕の番が来た。

 窓口には若い男性事務員が座っていた。


「すみません、迷宮入り口の詰所で顔を出すように言われたんですけど」


 言って僕は詰所で渡された書類を事務員に差し出す。

 事務員は何のことかわからない様子で紙切れを見ていたのだけど、やはりよくわからないようでそれを持ったまま奥の部屋に入って行った。

 僕とシグは所在無げに突っ立って待つ。

 どちらからも口を開かず喧騒が取り巻く二人の間には沈黙が流れる。

 実のところ、この沈黙が不快ではない。

 僕がシグを好きだということと、彼もまた僕を好ましく思ってくれているらしいことで、そこにいるだけでうれしいのだ。

 たぶん、僕にとって友人と呼べる人は少なく、彼は間違いなくその友人なのだ。

 彼が困っていれば僕はどうにかして彼を助けるだろう。

 もっとも、逞しくて僕以外にも友人が多いであろう彼にはそんな助けなんて必要もないのだろうけど。


 やがて、事務員が戻って来て二階の会議室で待つように言われたので僕たちはぞろぞろと階段をのぼり二階の扉を開ける。

 邪教徒討伐を成し遂げた後に都市の顔役たちと面会した部屋だ。

 その時の対話の跡が木の床にうっすらと残っている。

 僕たちは適当な椅子を並べて座った。

 間を置かずに扉が開き、額が禿げ上がった初老の男が入って来た。

 上等な背広を着た男は僕たちと向き合う位置に椅子を置いて座る。


「やあ、君が噂の魔法使いだね。私は組合理事のニエレクという」


 男は穏やかな口調で名乗った。

 僕はなんと言ったものか考えあぐねてあいまいに頭を下げる。

 

「他の君たちはシガーフル隊だね。都市を救った英雄たちにこうしてお会いできてうれしく思うよ」


 ニエレクは笑顔で言うが、本心ではないだろう。

 表情は作り笑いだし、言葉は社交辞令だ。

 だが、無用な揉め事を避ける為には社交辞令も必要だろう。

 

「どうも、シガーフル・マネです。まだ駆け出しですがこのパーティのリーダーを務めています。お褒めいただきありがとうございます」


 僕が口を開く前にシグが言った。

 こちらも特に感情はこもっていない。 

 シガーフル隊と冒険者組合理事との対話はおおよそ静かに空々しくはじまった。


 

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