第85話 はじめての戦闘

 

「俺一人で行くならともかく、ウルやそのちびっこを連れて歩くなら前衛がもう一人必要だな」


 ナフロイがあぐらをかきながら言った。

 確かにこの男なら一人でも迷宮を散歩できそうだ。

 だけどその言葉の通り、後ろの人間を守るのならもう一人は配備してもらいたい。ウルはどうか知らないけど魔物の攻撃を受けたら僕はすぐ死んでしまう自信がある。

 

「それなら後衛も一人探しましょうよ。例え浅い階でも準備を怠るものじゃないわ」


 ウルが穏やかに言った。

 

「俺もウルも最近の冒険者に知り合いはいないぞ」


 それはそうだろう。

 数ヵ月に一度しか都市に帰還しないのであれば、その間に冒険者の顔ぶれはほとんど入れ替わっているはずだ。

 

「ふむ、私の教え子でもいいのだがね、最近は気になっている剣士が一人いる。その男に声をかけてみよう」


 ブラントはそう言いながら口ひげを撫でた。

 その動作は指先まで品のよさを漂わせていて、力にものを言わせて暴れる戦士にはとても見えない。

 

「そりゃ誰だい?」


 酒場の店主が横から口を挟んだ。


「ノラと名乗る東洋の剣士だよ」


 ブラントの返答に店主は顔を曇らせた。

 切り刻まれた手や耳を思い出したのだろう。

 確かに、ノラは腕が立つ。シグやルガムより強いどころか、二人がかりでもノラが勝つかもしれない。


「例の東洋坊主を仇として狙っているそうで、上級冒険者とのツテを欲しているそうだからその線で交渉すれば参加してくれるだろう」


「お前の仇でもあるだろ。 一緒に組んでやれよ」


 ブラントに対してナフロイが揶揄するように言葉を投げ掛ける。

 一瞬、ブラントの表情が固まったものの、すぐに微笑んで見せた。


「私は君とは違う。迷宮から受けた恥辱も晴らそうとは思わないよ」


「つまんねえ男だな」


 ナフロイが鼻で笑う。二人の話から察するにブラントは東洋坊主から仲間を殺されたのだろう。

 そして何らかの理由で敵討ちを諦めている。


「じゃあ後衛は相棒のガルダさんですか?」


 僕は気になって質問してみた。

 あの盗賊のことはそれほど好きではないものの、腕の確かさは知っている。 


「いや、彼はいま都市にいない。用があるとかで数日ほど出掛けるそうだよ」


 ブラントの言葉に店主はあからさまにほっとした表情を浮かべた。

 この男を痛め付けたのはノラだったけど、それを指示したのはガルダだった。

 ノラとガルダは二人一組で中堅どころのパーティに助っ人として入り、迷宮行を繰り返していると聞くが、その交渉もガルダが担当しているのでノラは時間をもて余しているだろうか。


「じゃあ後衛のあと一人は誰にするの。危険察知に長けた盗賊がいいのだけど回復魔法を使える僧侶でもいいのよ」


 ウルが口を開いた。

 確かに、回復魔法が使える人数は多い方がいい。僕の脳裏にステアが浮かんだものの面会を謝絶されているので諦めた。

 謝絶、誰に?


「あ、います。腕が立って多分危険察知にも長けた人が知り合いに」


 僕は思わず声に出していた。

 一同が僕の方を注目した。彼らの視線は強すぎて、僕なんかそれだけで蒸発してしまいそうだった。


 ❇


 迷宮を歩くのに、これほど心強いメンツもあるまい。

 僕はそう思いながら薄暗い通路を歩いた。

 前衛に鋼鉄のナフロイ、教授騎士ブラント、剣豪ノラ。

 後衛に賢者ウルエリと『荒野の家教会』の暗殺者、最後にこの僕。

 並ぶと一層強く感じるのだけど、どうやっても僕だけが場違いだ。

 ここまで来るとむしろ笑いそうになる。


 北方の脅威も当面は去ったということで、ローム先生に相談するとステアの護衛に呼び寄せた暗殺者をあっさり貸してくれた。

 その際に、ブラントからローム先生個人にいくらかの現金が渡されたようだけど詳しくは知らない。

 ただ、いつも不機嫌な老婆の表情が珍しく弾んでいたのでそれなりの額なのだろう。

 かくして、本人の意思に関わらず暗殺者の女は僕たちに同行することになった。

 さすがに暗殺者とは呼べないので、名を尋ねるとわずかに雨粒をおとす空を見上げて「小雨でいい」と言ったので、彼女の名前は便宜上「小雨」になった。


 と、僕たちは大ネズミに遭遇した。

 全部で八匹の大ネズミは縄張りを荒らす僕たちに威嚇の叫び声を浴びせる。

 戦闘はブラントの先制攻撃から始まった。

 瞬時に間合いを詰め、手近な大ネズミに一瞬で四度も細剣を突き刺した。

 脳天、心臓、首、脊椎を貫かれた大ネズミが即座に絶命する。

 ナフロイも得物の大鉄槌を降り下ろして対象を挽き肉に変えた。

 ノラは抜く手も見せない神速の抜刀で大ネズミの体を両断して見せる。

 僕が魔法で援護しようとした瞬間、ウルが手をあげて止めた。

 

「もう少し魔法の使いどころを考えなさい」

 

 ウルは優しく、それでいて力強く言った。

 確かに、魔法は使用回数に限りがあるので深く潜る際には使用のペースに気をつけるようには学校で習う。

 だけど、初心者の場合には魔法を温存したまま全滅することの愚かさも注意されているので、僕はあまり考慮したこともなかった。

 よく見ると前衛の三人には大ネズミの決死の反撃がまるで当たっていない。

 実力が違いすぎるのだ。

 そのまま大ネズミは次々に仕留められていった。

 最後の一匹が逃げようとしたのか、後ろに大きくさがって距離を取る。

 瞬間、飛来した石が大ネズミの頭を打ち砕いて戦闘が終了した。

 小雨はいくつかの石ころを手に立っていたのだけど、二発目が必要ないと判断したのだろう。残りを全部足元に捨てた。


 

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