第42話 進退問題

「……やめてよ。死ぬなんて言わないでよ」


 僕はどうにか言葉を絞り出した。

 力強さを象徴するようなルガムが、儚く見える。そのまま消えてしまいそうで、彼女を精一杯抱きしめた。


「死ぬ気はないけど、もしもの話さ。あたしが死んでもダメって言うとアンタは気にするでしょ。あたしのことを好きでもないくせに」


 そう言ったその目は僕のことを見下しながら睨みつけていた。

 そんなことないよ……そう言おうとした僕の口をルガムの手が塞ぐ。


「あたしだってね、わかってるのよ。あの時、全員で生き残るためにアンタがあんなことを言ったって。でもね、本当に嬉しかったの。だから、アンタと結婚する。この約束は覆させやしないわ、絶対に。でも、あたしが死んだら、許してあげるから忘れていいよ」


 僕は、顔に張り付いたルガムの手をはぎ取る。


「確かに、君に結婚を申し込んだのはその場の流れだけど、でも君が好きなのは本当だよ!」


 僕は強い口調で言った。あまり、人に好意を示すことがないので恥ずかしかった。

 顔が火照っていくのを感じる。

 

 改めて言葉にして、強く感じる。

 僕はルガムが好きなのだ。僕とは正反対の彼女が、きっと今まで会った人の中で一番好きだ。

 彼女をにらみ返すと、その目は泣き出しそうな少女の目をしていた。


「本当?」


「本当だよ」


 不安そうな問いに、はっきりと答える。


「じゃあ、結婚は?」


「僕と、君が借金を返し終えたらすぐに結婚しよう」


 言った瞬間、僕は押し退けられてごろごろと転がった。

 痛い。なんだ、と文句を言おうと見ると、ルガムは跳ね起きてステアを指さしていた。


「おら、見たかステア。あたしの旦那はあたしにメロメロだとよ。残念だったな! わかったら手を出すなよ」


「な……ずるいですよ! 今みたいな話をしたらそう答えるに決まっているじゃないですか、その人は優しいんですから」


ステアの抗議もどこ吹く風で、ルガムは立ち上がって服の汚れをはらった。

そして僕に手を差し伸べる。その眼尻には涙が浮かんでいる。

僕は、この人の弱さも含めて好きだと強く思う。



「じゃ、とっとと行って金を稼ごうぜ」


 ルガムは全員に前進を促す。

 

「ちょっと待て、進むか戻るかはキチンと決めておくぞ」


 シグはあくまで冷静にリーダーとしての職責を果たそうとしていた。

 確かに、勢いで進んでも全滅してしまっては何もならない。対して、撤退したとしても居心地は悪くなるかもしれないけど、命まで取られることはない。


「ここまで来て撤退はないだろう」


 ガルダが牽制する。彼はやはり、任務を達成したいのだろう。


「これはシガーフル隊の問題だ。部外者は黙っていてくれ」


 対するシグの口調も懐柔の余地を挟ませない。ガルダはきまり悪そうに腰を降ろした。

 実は、口の上手な相手にはそもそも喋らせないことが大事だと、迷宮に入ってシグに耳打ちをしていたので、それを実行したのだろう。


「ギーは他のみんなに合わせルゾ」


「私もお任せします」


「あたしは前進だ。現状、パーティの状態も悪くない。あきらめるには金貨五百枚は大きいしさ」


 ギーとステアが放棄、ルガムが前進。


「おまえは?」


 シグが僕を見る。ルガムも、ギーも、ステアも、ガルダまでが僕をじっと見ていた。


 そうか、僕次第なのだ。


 前進のみ一票の現在、僕が撤退を支持すればシグも撤退を決断するのだろう。一方、前進を支持すればシグは内心の撤退論を飲み込んで、前進を決定する。

 長くない付き合いでも、シグの行動はある程度理解できる。内心では撤退を望んでいても、それを口にできない。あくまで、多数決で行動を決めたと言い訳がほしいのだ。


 さて、どちらが正解だろうか。


「一つ確認をさせてください。ガルダさん、進むとすれば今後の目標は?」


 僕たちの任務は、迷宮の解放である。

 当初の計画として、地下五階への階段を開放し、他の冒険者を救出するか、邪教徒たちの首脳部を暗殺して組織を瓦解させるか。いずれにしても情報が少ないので、臨機応変に目標を決めるというのが、潜入前のスタンスだった。

 今、情報もある程度手に入り、地下三階まで進んできた。

 そろそろ目標を確定させていないといけないだろう。


「敵の密集地に行って扇動を掛ける。アイツら、かなり追い詰められているから、うまくやれば戦わずに散り散りにできそうだ」


「バカ言うな。囲まれて終わりだろ!」


 シグは慌てて反対した。


「そうでもないさ。現に、抜けようとして殺された死体を見ただろ。あんなのは一部で、全体にはもっとたくさんいる。そうじゃなかったら見せしめなんて必要ないからな。向こうの上層部も抑えつけるのに必至だろうぜ」


 確かに、それはそうかもしれない。そもそもこのガルダという男は口のうまさで僕らを命がけの迷宮行に巻き込んだのだ。


「じゃあ、シグにも質問。もし撤退するとして、酒場の店主ににらまれたり、他にもいろいろ不利益を被ると思うんだけど、それに対してはどうするの?」


 これは、目の前にぶら下げられた命ほどではないけど、これからの生活にとって大切なことだ。特に、ギーとルガムはいろいろと困るだろう。


「……その時はどうにかするさ」


 この言葉にも嘘はないのだろうけど、一介の市民にどうにかできる範囲はタカが知れている。僕は、どう言えばシグの体面を傷つけずに済むか考えて口を開いた。


「僕はルガムについていくよ」


 女のせいにして僕らは迷宮の更に奥へ。それでも死ぬときは一蓮托生というのは恋人らしいし、いいかもしれない。死ぬつもりはかけらもないのだけど。

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