第36話 詐欺師


 結局、他の資本家たちと相談する、という酒場の店主を急かし、追い立てるように追い出したガルダは、わが物顔で壁のキャビネットから酒を取り出してグラスに注いだ。


「飲むかい?」


 シグに聞くのだけど、シグは不満そうに首を振った。


「どういうつもりだ。勝手に話を進めて」

 

「どうもこうもないさ。都市の危機なんだろ。それも大勢の冒険者が困っている。なら助けない手はないだろ。あんただって内心では助けたいはずだ」


 口ではもっともなことを言ってはいるが、本心ではないだろう。どう好意的に見ても、ガルダは金になりそうな厄介ごとに首を突っ込んできた悪党にしか見えない。

 でも、正論を吐かれると何も言えなくなってしまうのがシグという男だ。その気性は個人的に美徳であるのだと思うのだけど、ガルダのような人間には簡単に手玉に取られてしまう。


「でもガルダさん、僕たちは万全の状態じゃないんです」


「それが盗賊の欠員だってんなら気にしなくていいぜ。俺が入るから」


 僕の発言にもガルダは軽く笑って酒を舐める。


「ついでに、ノラも連れていく。誰か前衛が行きたくないならノラが代わるが……」


「誰が代わるかよ」


 ルガムが吐き捨てるように言う。


「じゃあ、入り口に置いていく。続々とやって来るらしい敵を放っておけば前後から挟まれかねないからな」


 どうもよくない。この男の言葉は、常にある程度正しくて、思わず従いたくなってくるような匂いを纏っている。だけど、この手の男は立派な指導者ではなくて詐欺師であることが多い。

 いずれにしても話の主権を握られているのはまずい。


「ねえ、ステアはどう思うの?」


 今回の話題に意見を持っているのはシグとステアなのだろうけど、シグが黙っているので、僕はステアに話を振った。

 

「そうですね。薄汚い邪教徒とそれを支援する者たちには当然、神罰が下されるべきだと思います。ただ私たちにその力があるのかは不安です」


 それは当然の不安だった。前回は地下三階に落ちただけでステアは壊れかけていた。

 恐怖を克服したのだとしてもそれとは別に、事実として力不足があるのではないかという疑問がついて回る。明確に表現すれば、深い階層に行くということは死ぬ確率が格段に上昇するということでもある。

 僕だって、「死ぬ危険性がある」のは甘受できても「高い可能性で死ぬ」のであれば許容できない。


「そうは言っても、アンタたち以上の冒険者は今、この都市にいないんだぜ。だからこそ、その腕は高く売れるわけだし、まあ、せいぜい頑張ってみるしかないだろう」


 ガルダはソファにドカッと座って酒を口に運ぶ。あまりにも堂々としていて、小男のはずなのにシグよりも大きく見える。

 きっと、この男は資本家たちに報酬を認めさせるだろうし、僕たちも迷宮行を決行せざるを得なくなるだろう。

 僕はもはや、依頼の受諾を確信してしまった。



 翌日の昼過ぎ、僕たちは迷宮の入り口に向かった。

 シガーフル隊の五人は都市の城門に集合したのだけど、シグが嫌がったので、ガルダとは迷宮まで別に向かうことにしたのだ。

 詰め所の事務員と、入り口の衛士達はすでに避難していると聞いていたのだけど、迷宮に着くと、代わりに大量の死体が転がっていた。

 五十体を超える数の死体は格好も様々で、農夫から都市住民、狩人に昨日見た邪教徒も混じっている。

 

「遅いよ」


 迷宮の入り口に寄り掛かったガルダが僕たちを見つけて手を振った。


「とにかく、延々とやって来るんだよ。それで入れないって言ったら襲い掛かってくるとこまで全員一緒。ノラに勝てるわけがないのにな」


 当のノラは詰め所から持ってきたのであろう事務員用の椅子に腰かけて涼しい顔をしている。とても、大勢を殺戮したばかりには見えない。


「じゃ、さっさと行くか。それじゃノラ、俺たちが戻ってくるまで誰もここを通さないでくれ。二日待っても出てこなかったらあとは好きにやっていい」


「出てくる方も切ればいいのか?」


「切れ。まかせたぞ」


「わかった」


 たぶん、ノラは都市の兵士だろうが領主だろうが、入ろうとすれば躊躇なく斬り殺すんだろうな。なんて思いながら、さっさと迷宮に入っていくガルダの後を追って、僕たちも迷宮に入った。



 僕たちは、戦闘を避けながら移動し、あっさり地下二階にたどり着いた。

 ヘイモスが死んだ時以来の地下二階に緊張感が走る。

 地上では饒舌だったガルダも迷宮に入って以来、ほとんど喋っていないのだけど、彼の場合は緊張しているのではなくて、かつて夜盗をしていた時の癖なのではないか。こういってはパラゴに失礼だけど、数か月一緒に組んでさんざん迷宮に潜ったパラゴよりも足取りがしっかりしているし、目端が利く。

 おそらく『恵みの果実教会』の信徒が仕掛けたのであろう罠も既にいくつか看破していた。


「敵だ」


 シグが指さす方を見ると、少し先から五つの人影が歩いてくる。

 四人は邪教徒風の服装、一人は少し違う格好をしたローブを着た男だった。

 瞬間、向こうもこちらに気づいたらしく緊張した空気が漏れ出す。


『火炎球』


 僕が唱えたのではない魔法がローブの男から発生し、飛び出した火の玉がこちらへ飛んできて僕に直撃した。

 僕は自分が使っている魔法の威力を、わが身をもって思い知らされることになった。

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