第35話 悪


「お前はどう思うんだ、シグ?」


 店主は僕ではなくてリーダーのシグに直接問いかけた。

 確かに、僕がどう反対したところで、シグが行くと言えば行くしかない。

 僕には、このパーティを抜けると他に入れてもらうアテがないのだ。


「おおむね、そいつの言う通りだよ。うちは請け負えない。他のやつらを探してくれよ」


 シグは明確に辞退の意思を表明した。

 店主は苦々しく顔を歪め、ボリボリと頭を掻いた。


「他のやつなんていないんだよ。四階にいたやつらは殺された。五階以降のやつらは下に押し込まれたままだ。残っている中で三階まで行ったことがあるのもお前らだけ。他は二階までが何組か。あとはデビューしたての新人か見習ばっかりだ。新人を束にして突っ込むか? 四階にたどり着くまでに全員死ぬぞ!」


「俺たちだって変わらねえよ。三階にもアクシデントで落ちただけ。それも帰りに仲間を死なせて、どうにかはい回って無様に帰りついたんだ。しばらく地下二階には降りるつもりもない」


 店主は突然、机を拳で叩きつけた。

 ドン、という鈍い音が部屋に響くが、いまさらそれくらいでうろたえる者はいない。


「賞金を出す。黙って行け」


「断る」


「シグ坊や、わかっているのか。今、この都市の一大事なんだぞ。お前は、英雄になりたいんだろう?」


 おもむろにルガムが立ち上がって、拳を掲げ、勢いよく机に振り下ろした。

 ひどい音を立てて机の天板が二つに割れた。

 店主は驚いて机を見つめている。


「都合のいいように言うな。あの迷宮に投資している金持ちたちの一大事だろ。あたしたちには関係ない。勝手に困ってろ」


「待て、ルガム。お前も金を借りているだろう。金主が困れば取り立てがきつくなるぞ。それにブローン、俺が後見人を辞めたらお前は冒険者資格を喪失するんだ。なあ、頼むから引き受けてくれよ」


 半ば脅迫の哀願。


「そっちのお嬢ちゃんはどうだ。『荒野の家教会』なんて無茶をする集団が目こぼしされていたのだって、『恵みの果実』を抑えていたからだ。無視すると教団の立ち位置にも響くぞ。それに、奴隷の小僧。お前の飼い主だって資本家だ。結局は巡り巡って困るんだ。そっちを通じて圧力をかけることも出来るんだ。だが、そんなことはしたくない。冒険者達はみんな俺の子供みたいなもんなんだ。どうか、他の子供たちを助けてくれよ」


 祈るように頭を下げる姿を見て「子供じゃなくて金づるの間違いだろ」と投げかけたくなったが、我慢した。

 僕は、まあ今と生活が変わることはあんまりないのだけど、他のみんなは確かに困るのかもしれない。


「まあ、待ちなよ。双方落ち着いて話し合おうぜ」


 突然、ガルダが部屋に入ってきた。そのまま、強引に店主の隣に座り込む。


「ひどい話じゃないかよ。悪意の迷宮で疲れ果てても帰り道がない。そりゃ絶望も深かろう。ぜひ助けてやりたいよな」


 そう言って店主の肩をバンバン叩く。

 店主は急に入ってきた見慣れない男が救世主に見えたのだろう。表情が明るくなり、我が意を得たりとうなずく。


「で、賞金っていうのはいくら出すんだ?」


「え?」


 突然出された金の話に店主が動揺する。

 

「え、じゃなくて明確な金額を決めておけよ。後で揉めるのもイヤだろ。見てみろよその机。あとで揉めてそんな風になりたいなら別だが」


 ガルダは大仰な動作で壊れた机を指さす。

 店主はその威力に改めて青くなった。


「銭は大事さ。あんたの言う一大事の解決の為に若者たちが命を懸ける。つまりあんたは他人の命を銭で買おうっていうんだ。相応の金額ってものがあるんじゃないか?」


「金貨……五十枚」


「安い」


 店主が脂汗を流しながら絞り出した金額を、ガルダは即座に跳ね除けた。


「なめてんのか。あんた、平和を賄うには案外と金がかかるって知らないのか? しかも今は他の手段もない。替わりが利かないものは値が張るってのも商売やってりゃわかるだろ」


 ガルダは店主の首根っこを掴んでその顔を至近距離から睨みつける。

 その目は明らかに悪党のものであって、酒場の店主も悪辣ではあるが、役者がまるで違うことを物語っている。


「待て、待ってくれ。いくらならいいんだ?」


「金貨千枚」


 ガルダの金額提示に店主が息をのむ。


「と、言いたいところだが、半分の五百枚でどうだ。東洋坊主の懸賞金と同額なんだから、まさか用意がないとは言わないだろ」


「あれは、領主府の予算で我々の払いでは……」


「出して貰えよ。領主様にさ。困る連中には都市の大物が揃ってんだろ。大丈夫だって、ほら自信を持てよ」


 一転して、店主を慰めるように肩を抱く。

 

「それが、シガーフル隊の取り分で、俺と相棒の分は二人あわせて金貨百枚でいいよ。あわせて金貨六百枚だな」


 店主が驚愕した顔でガルダを見た。


「ちょっと待て、俺たちは行かないぞ」


 呆けた顔でガルダの乱入を見つめていたシグが慌てて話に入った。


「ほら、おっさん。頼みの綱のシガーフルさんもこう言っておられる。小銭を渋ると、本当に大損することになるぞ」


 シグの否定も全く意に介さず、ガルダは店主との値段交渉を続けていた。

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