第30話 ナイトアノール
翌日、ものは試しと言う事で、僕らは迷宮に潜ってみることにした。
盗賊を欠いているが、あくまでブローンの入隊試験のようなものであって、宝箱さえ無視すれば歩き慣れた地下一階くらいは盗賊がいなくてもごまかしが利く。
シグは何か理由を見つけて不合格にしたかったのだろうけど、後ろから見ている限り、ブローンは十分すぎる程の合格点をたたき出していた。
戦闘能力そのものはシグやルガムに比べて一段も二段も見劣りするものの、技術も十分にあって、正直に言えば最初のころのシグよりは安心して見ていられた。
重い鎧も、腕にくくりつけた盾も体の一部のように使いこなしていて、オークを倒した突きは穂先から尻尾の先まで綺麗に連動していて芸術品のようだった。
何度か戦闘をこなし、途中で怪我を負ったときにも自分で治して見せた。
ステアは立ち位置を脅かされて複雑そうな表情だったものの、試験の結果は文句なしだった。彼が人間だったなら、だけど。
「どう思う?」
休憩中にシグが話しかけてきた。
「能力は文句ないけど、ブローンがいたら新しいメンバーは入ってこないよ」
僕は率直に意見を述べる。
ブローンを加えてしまえばパラゴが戻るまで、盗賊の穴埋めは絶望的になる。
それほど、リザードマンに対して都市の住民達は忌避感が強いのだ。
かといって、ブローンを理由無く追い出してしまえば今度は酒場の店主から不興を買い、それはそれで新たな戦士の加入は絶望的になる。わざわざ、実力者に睨まれるようなパーティに入る物好きはいない。
「困ったもんだな」
シグは呟いて、大きなため息を吐いた。
*
迷宮を出て、荷物を詰め所の倉庫に預けたあと、シグは「合格だ」と言った。
疲れはててうつむく姿に、リーダーの苦悩を感じた。結局、後衛の盗賊よりも前衛の戦士を優先したのだろう。
と、いうことはパラゴが戻るまで、盗賊無しで僕たちは進むことになる。
「そういや、ブローンはどこに住んでいるの?」
帰り道、早くもリザードマンに慣れたらしいルガムが話しかけた。
都市までの道すがら、彼女はいつも何かしら雑談をするのを好んだ。
前回の帰り道ではステアと険悪だったのもあってルガムも口を開かずに雰囲気が悪かった。そういった意味では、彼女が話してくれるだけで明るくなっていい。
「一昨日までは冒険者組合の見習い向け宿舎にイタ。ダガ、卒業したためそこも追い出されてしマッテ、昨夜は酒場の裏にあった小屋の軒先で寝タ」
通常、冒険者は都市に自宅がなければ冒険者を当て込んだ安宿に滞在する。しかし、ブローンはその外見から宿泊を断られたのだろう。
「ふうん、そりゃかわいそうだ。何とかしてやりたいけど、あたしが泊まってるのも四人部屋の木賃宿だしな」
ルガムが頭を掻く。
「俺の家もダメだぜ。狭い家に十人も住んでる。余裕はまったく無い」
「私が寝起きしているのも教会の宿舎ですから、とてもお招きするわけには……」
シグとステアも首を振った。
ブローンは残った僕を見ていた。
当然、僕もリザードマンを泊める余裕はない。ご主人に物置小屋を与えられたからといって、それは単に寝泊まりを許可されただけで、第三者を、ましてやリザードマンなんかを引き入れて許されるはずがない。
でも、僕は寄る辺ないブローンの、感情が読めない目を見て、たまらなく悲しくなってしまった。
そして、例え多少怒られてもご主人が僕を追い出す可能性は低いという事も、同時に考えてしまった。ご主人にとって僕は債権そのものなのだから、腹立つことがあっても壊すのは損だ。殴る、蹴るくらいはあるかも知れないけど、殺されはしまい。
対して、前衛を務めるブローンが体調を崩して本調子ではない場合、僕の命の危機に直結することもまた事実である。
ご主人の不興は買いたくない。だけど、僕の感情も含めた諸々と天秤に掛けると、答えは出た。
「僕のところに来る?」
他の三人は驚いた様に僕を見ている。
「泊めて貰えレバ、助カル」
礼を言う顔からも表情は読めず、僕はただ、ブローンの口から覗く鋭い歯ばかりが目について、自分で言った端から後悔をし始めていた。
*
お屋敷に帰り着いたときには夜になっていたので、勝手口から庭に入った。
ブローンには、僕が勝手口に立ってる不寝番の注意を引きつけている間に鉄柵を乗り越えて貰った。警備員に挨拶しながら、視界の端でブローンが鉄柵を越えるのを確認する。
さすがの身体能力だとは思うものの、不審者の侵入をあっさり許すこの屋敷の防犯能力にもやや不安が湧いた。
二人で小屋に入ると、僕は一つしか無い寝具に横になった。
ブローンには申し訳ないけれど、予備のぼろぼろの毛布を使って床で眠って貰うしかない。フトンなんかは今後、ひっそりと運び込まなければならない。
しかし、ブローンは毛布を持ったまま立ってこっちを見ていた。
「どうしたの?」
「かさねがさねすまなイガ、そのフトンにギーも入れてくれないだろウカ」
ブローンは僕を見下ろして言った。『ギー』とはなんなのか、意味がわからなくて僕はしばらく固まっていた。やがて、それがブローンの名前だと思い出して、やっと理解できた。
「え、一緒に寝るの?」
「ギーは野生のトカゲほどではなイガ、体温維持が苦手ダ。だからフトンをかぶっても寒いノダ」
「え、それじゃあ故郷ではどうしてたの?」
「犬や猫を飼って一緒に寝てイタ。アレはいい。アレと一緒でないとフトンはあまり意味が無イ」
つまり、僕に犬猫の代わりを求めているらしい。
「リザードマンにとって犬や猫は一呑みに食べるものだって思っていたよ」
ブローンは少し固まって、ノドからキャー、キャーという不思議な音を出した。
それがブローンの笑い声だと気づくのにまた少し時間が掛かった。
「ギー達の顎は野生のオオトカゲよりずっと小サイ。あんな大きなものが口に入るヤツがいたらギーも見てみタイ」
確かに、口の大きさは人間よりずっと大きいとはいえ、せいぜい二倍ほどで、そんなに大きなものが入る様には見えない。
「それにギー達の顎は人間と比べてすごく弱イ。手で千切らないと肉も果物も噛みちぎれナイ」
キャーキャー言っているので、僕の発言はよほど的外れでおかしかったのだろう。
「そうなんだ。なんだか全然、イメージと違うね。ブローンはなんで迷宮に入るの?」
「ギーは戦場に出てたくさん敵を殺シタ。それを認められて族長の親衛隊になッタ。ギーは族長の娘に気に入られて親衛隊長になるように言わレタ。ギー、彼女大事。もっと強くなって親衛隊長にナル。誰にも彼女を殺させナイ」
「へえ、男らしいね」
僕の発言に、またブローンは笑った。
ひとしきり笑い終わったあとに、ブローンは僕のフトンに入ってきた。
腕を僕の首に絡ませ、足も胴体にまわす。尻尾も足に絡められて、ノドが僕の顔に押しつけられた。汗などかかないためか、ほとんど匂いはしないのだけど、肌がゴツゴツしてひどく寝づらい。ただ、ひんやりしたその体温だけは心地よかった。
あきらめて僕も眠ろうとした時、ブローンが小声で呟いた。
「一応、言ってオク。ギーは女」
ブローンはそのまま眠りに落ちて、僕は動揺したまま、初めて家族以外の異性と一緒に寝ることになった。
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