第20話 猫ちゃん


 シグの長剣とルガムの棍棒がそれぞれ、二人目の追い剥ぎを打ち倒した頃、パラゴはようやく鎖帷子が覆っていない部分に攻撃する事を思いついた。

 慎重に追い剥ぎの首に向かってナイフを突き刺すと、頸動脈から吹き出した血を顔に浴びて、パラゴはすっころんだ。


 喜劇か。


 そう思いながら、僕は残った敵に向けて魔法を使うかを考えていた。

 抵抗らしい抵抗も出来ずに追い剥ぎ達は残り二名になっていた。このまま行けば、最後の一回は温存できそうだ。


「なんだよ、お前達は!」


 松明を掲げた追い剥ぎが急に怒鳴った。松明の明かりを僕たちに向けて、全員が血まみれであるのを見て、うへ、と情けない声を出す。


「お前達は人間か? 俺たちは人間だよ、なんで人間が人間を殺すのよぉ」


 男は泣きそうな声で喚く。もう一人も目を見開いて暗がりから現れた僕たちに化け物を見る様な視線を送っている。

 ああ、なるほど。確かに人を喰うような人外の魔物が蠢くこの迷宮にあって、人間とそれ以外を分ければ人間であるだけでよほど自分に近しい気がする。

 でも、それは気のせいだ。現に、彼らは人間狩りの一団だし、迷宮を出れば人間を殺すのは大抵の場合、人間だろう。

 僕はその問いに特段の感情も持たなかったが、シグは動きを止めた。


「え?」


 ルガムもそれを見たが、既に動き出した棍棒の勢いは止められず、松明を持った男の顔面を吹き飛ばした。


「ヒィィィ……!」


 残された男は倒れた男の手から松明を奪うと、悲鳴を上げながら一散に逃げていった。


 

「ちょっと、危ないじゃない!」


 男を見送るシグにルガムが文句を言った。

 戦闘中に、相手を殲滅してもいないのに攻撃を止めた事を非難しているのだ。

 基本的に、戦闘が始まってしまったら相手が戦意喪失しようが、九割方撃破して趨勢が決まろうが、戦闘をやめてはいけない。戦闘の終了は、相手が完全に死滅した時であって、それが確認出来るまでは攻撃をやめてはいけない。


「いや、そうじゃないんだ」


 シグは肩で息をしながらも落ち着いて反論をした。


「さっきのヤツがああやって逃げていけば、他の魔物の注意を引いて、俺たちの身が少しでも安全になるかと……」


「ギャアッッッ!!」


 男が走り去っていった方向から明らかな断末魔が響く。

 少なくとも、何かがいるのはわかった。


「あら、助かったのも短い命だったね」


 ルガムが男の走り去った方に向けて呟く。


「でも、あっちに行かないとダメだよね。多分」


 僕もそちらに目をこらしながら言った。男は多分、自分が来た方に走ったのだろうから、あちらに登りの階段があるはずだ。


「そうだな。何かいるとしても、行ってみるしかないだろう」


 シグはヘルメットを脱いで自分の短髪を撫でた。冷たい汗が飛び散る。


「それならさ、早く行こうよ。時間が経てばアタシ達、どんどん状況が悪くなるし」


ルガムも進行方向をにらんでいる。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。も、もうすこし……」


 パラゴが荒い息をしてへばっていた。慣れない前衛での戦闘がこたえたのだろう。


「すまないががんばってくれ。さっきの男が喰われている内に魔物の正体くらいは探りたい」


 そう言うとシグはパラゴを引っ張って歩き出した。

 僕も慌ててステアにかぶせたヘイモスの上着をどける。

 ステアは戦闘前の状態のままうずくまっていたけど、嗚咽は止んでいた。


「さあ、行こうよ」


 手を取って無理矢理立たせると、もはやなんて表現したらいいのかよくわからない顔のステアを引っ張って僕も続いた。



 しばらく行くと、先ほどの男と思われる死体に数匹の魔物が群がっていた。

 食べやすかったのか、既に頬肉と耳がなくなっており、人相ではわからなかったけど。

 食事中の魔物を刺激しないように、そっと横を歩く。

 と、魔物達が一斉にこちらを振り向いた。

 人面猫だ。人間の子供くらいの大きさの猫で、その顔は老人男性の様な形をしている。

 口々に獲物の肉片を咥えており、こちらに視線を送りながらも、肉を咀嚼している。

 ぐふ、ぐふ、ぐふ……奇妙な音が鳴り続けており、なんの音かと思えば、人面猫たちが喉を鳴らす音だった。肉を咀嚼して飲み下す瞬間に出るらしく、数匹の猫たちが交互にぐふ、ぐふ言っている。

 猫たちは食事を邪魔しないのであればこちらを襲う気はないようで、警戒しながらも、食事を止めない。

 僕たちも、警戒をしながら、慎重にその横を通り過ぎた。


 猫たちが見えなくなって、僕たちはようやく一息を着いた。

 しかし、それでも猫たちの気が変わって追ってこない保障はないので、先を急ぐ。


「お、ここは見覚えがあるぞ」


 パラゴがポケットから地図を取り出した。


「ほら、そこを左に行けば階段だぜ」


 果たして、通路を左に曲がると、確かに上に向かう階段を発見することが出来た。


 こうして、ようやく僕たちは険しい地下二階から、歩き慣れた地下一階に戻る事が出来た。


 しかし、ヘイモスが死に、その穴をまったく適性のないパラゴが塞いでいる。

さらに、ステアは放心状態から戻らず、僕の魔法もあと一度しか使えない。

 それを考えれば、まったく気を緩められなかった。

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