病人、標的、暗躍する者


 ジロは反射的にジェリウスを見ると、振り向いてカルラを見ていたジェリウスも驚いていた。


 ジェリウスはジロに見られている事に気づくと、特に気負った様子もなく、自分は関与していない事をジェスチャーで示した。


 戸口に立つカルラは室内の男二人をこれといって見ることもなく、外出でついた砂埃を上品な所作で落としている。


 世間で大魔法使いハーゼンの再来と言われ、ジェリウスとの結婚が、夫が衰弱の呪いがあるために延期となり、内縁の妻状態のカルラ・メル・アンフィサ、将来的にはカルラ・レイルとなる女性が屋内へと入ってきた。


久々に対峙するカルラの姿に昔の記憶が呼び起こされ、ジロの胸にチクリと痛みが走った気がした。


 現在カルラは間違いなく、ジロを殺そうと画策し続けている。


 カルラとジロの双方に馴染み深いエリカ、リーベルト、プーセルの三人もカルラとジロの関係性が悪化している事を知っている。ただ三人にしてもそのカルラの意志が確固たる殺意まで達しているとは想像だにしていない。


「おう、随分と、はええ帰宅だな。俺が恋しすぎて任務をさぼったのか? プー公から罰金を言い渡されるぜ?」


「そんなところよ、ジェイ。ただいま」


 カルラがテーブルに近づき、ジェリウスがカルラの腰に手を回す。カルラは立ったままでジェリウスとキスを交わし、離れる。


「ジロ、来ていたのね。魔界の方はどうだったの?」


「あん? カルラ、ジロの行き先知ってたのか。俺は話してねぇよな?」


「ええ。ところで、ジロ。ジェイがあなたにあげた魔法剣がらみで何か無かったかしら?」

「……ちょっとゴタゴタに巻き込まれちゃったけど、なんとか乗り越えられた」


「無事でよかったわ。……本当に、本当に……ね」

「……うん、それは俺も解ってる」


「そう……。……ジェイ。今晩の買い出しに行ってくる。何か食べたいものある?」


「ねえな。愛情さえ、たっぷり入れてくれりゃ、俺は満足だ」

「それはいつも入ってるはずよ?」


 カルラはジェリウスの言葉に相好を崩す。ジロと話していた時の能面のようでいて、今にも泣きそうな表情とはうってかわり、優しげに笑っている。


 ジロに対しその表情を見せなくなってから二年あまりが過ぎた。

 感情を隠す必要がある場合、例えばカルラとジロの他にエリカ、リーベルト、プーセルの三人の誰かが同席している時は、自然に見える表情を装うが、それでもジロの知る昔のカルラの屈託のない表情とはどこかが違う。



「ジロ、今日はゆっくりしていきなさいな」


「……でも」


「あなたが来るとジェイが喜んで、しばらくの間、元気になるの。エリカやリーベルトが来た時以上に、本当に大喜びするんだから」

「バッカ言うな、ボケ、カス!」


「ゆっくりしておいきなさない……ね?」


「……はい、じゃ泊まっていこうかな」


「よかったわね、ジェイ」


「うっせぇな……、とっとと買い出しに行ってきな! あっ 人さらいが出たら俺を呼びな、すぐに駆けつけてやんよ」


「あら、頼もしい」


 そしてカルラは二人に茶と茶菓子の用意を調えてから、家を出て行った。



「ジロ、てめえカルラにあんな表情させやがってからに……」


「今にも泣き出しそうな笑顔にしたのは、必ずしも俺だけのせいじゃないよ。師匠の体調の事もだろう?」


「アホウ。テメエはなんも解っちゃいねぇ。今ですらこんな感じか……。おい、テメエがカルラの暗躍通りに殺されたらカルラすげえ悲しむだろうから、気を張ってカルラの陰謀を退け続けやがれ」


「努力し続けてるよ」


「よっしゃ……んで? 愛しいカルラとの、今のやりとりは一体なんなんだ?」


「師匠、これだよこれ」

 腰に付けた黒剣を抜き、今度はテーブルに載せる。


「……あぁ、そういう事か」

 ジェリウスはつまらなそうに納得し、その黒剣を掴むとジロの頭のてっぺんをコツンと叩いた。


「……師匠がこれを買い取れそうな人か組織を知ってたら紹介して欲しいんだ」

 場の雰囲気を変えるためにジロは再び話を戻した。


「そうか……カルラの奴ぁ、帝国の手練れの暗殺者共にジロを始末させようとするまでになっちまったのか……」


 ジェリウスは話題を変えなかった。そしてジロは黙っていた。というよりも口を挟む言葉が見つからない。


「どう思う?」


「やっぱりカルラさんが絡んでるとしか――」


「――だな。カルラが暗躍したんだろうぜ。魔法剣が俺様よりもより奪いやすいジロに移ったって情報を流したんだろうな……」


「師匠はそんな顔してるけど、俺はホッとしてるよ。だって直接的に俺の暗殺を頼んだんじゃなくて、魔法剣の情報を流したんだろうしね」


 こんな顔たぁ、どんな顔だと、再びジロの頭を黒剣でこづく。


「このつかぁ……すげえ使いづらそうだな。とりあえずは柄を作り直せ、ただでさえ弱ぇえお前が剣の柄までこの調子だとカルラの妨害をさばききれなくなっちまう。特別、口の堅い奴を紹介してやる。……ただしテメエも俺のツラに泥を塗らねえように、そいつにはこそこそ会いに行け。シカリィクッターなんぞ屁とも思ってねえ鍛冶屋だが、俺様の紹介でゴタついたらたまらねえかんな」


「助かるよ」


「シカリィクッターから強奪したモンを、俺の顔見知りで売り捌けそうな甲斐性のある奴ぁ……皆無だな。だが、カルラの不始末は俺様の不始末だかんなぁ。……さて、どうするか。……プー公をアテにすんのは嫌なんだろう?」


「できればね。最終的にそれしかなかったらプーセルの所に話を付けに行く。……プーセルは馴染み深いと仲介手数料が半端無いからね。せっかく売れてもそのほとんど巻き上げられるとしたら、今のガルニエ商会には痛すぎるんだ」


「……プー公の信頼度のパロメーターは手数料に遠慮が無くなれば無くなる程に親密ってな具合だからな」


「今に限って言えば、プーセルとめっちゃ他人の関係になりたいよ」


「カカカッ! なれなれ、なっちまえ! ふ~む……となると、プー公じゃなくジャイロに回すしかねえな。なるべく帝国から離れた売り先……俺の手持ちにはいねえが、ジャイロと……あとウーを掘っ立て小屋に行かせる。あいつらもプー公並に顔が広いからいい案を思いつくかもしれねえ」


「ありがたい。やっぱり師匠はアテにできる」


 生意気言うな、と再びジェリウスは上機嫌に笑う。


「高値で売れるかな?」


「人界じゃ珍しい魔石付きだからな、無銘だろうと中古だろうと、まとめて八本だろうが十本だろうが、売れるに決まってんだろうが。しっかし、シカリィクッター猟犬共に喧嘩を売ってもいいんだぜ、って感じになりやがったな。テメエもそのレベルを相手にする覚悟が身に付くようになりやがったか……クソ垂れのゲロ吐きの半死体だった図体のでかい世間知らずの坊っちゃんがなぁ……、少しは感慨深いぜ」


「なんだぁ? 幽界から凱旋帰国後は『嫌われるのが今の俺の仕事さ』な~んて大人ぶって俺様達を前に講釈しやがったのに、今さらカルラから嫌われまくってやがる程度で、なんだぁその弱気ぁ?」


「あの頃は、ちょっと背伸びした発言しただけだったのにその後しこたまボコられた記憶の方が俺的には鮮明なんだけどね」


(嫌われたくないんだよ。幽界暮らしで一緒だったみんなだけには……)


 そう思いながら、ジロは微笑んだ。

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