痛みのともなう訪問


 ジロはリーベルトの助言に従い、下山行や数々の秘事をすべて脇においやってエリカへのプレゼント作りに日々、没頭した。

 そうこうしている内にエリカやリーベルトと同様にジロの中で大きな存在の、師匠宅へ訪問する龍の月(九月)の第五曜日が近付いてきた。



 一週間前にジロは出発した。トロンで借りた格安の老いた馬に乗り、ダンが見送らせる事で、エリカやリーベルトに対する不在証明とした。


 人目につかない場所で、様々な魔法の実験をしながら五日を潰し、前日となった。


 まずは《飛行フライ》で馬ごと、坂の村と呼ばれる名を知らない村へと赴く。

 そして師匠達に会いにくる人々たちの為だけに存在すると言っても過言ではない、村の規模に不釣り合いなほどに立派な宿でさらに一泊した。


 ジロはこの村の宿に来る度に感じる暗鬱な気分の朝を迎え、魔人になってもこの気分が変わらぬ事にちょっとした驚きを覚えた。



       ◆


 玄関に付けられたノッカーを叩くと、屋内から背の高い男が戸口に現れ、ジロを招き入れた。

 

 (また痩せた)


「師匠、久しぶり」

「おう、来たな。聞いたぜ? お前また評判を上げて落としたらしいな。それがお前の宿命か?」

「? えっと……実際には何が、どう伝わってんの?」

「えっとだな、村や町の人間にはすこぶる評判がいい。魔界に行って帰って来たってな。だがここいらの騎士の間じゃ最悪の評価だ。また好き勝手やってやがるってな。カカカッ!」

 それを聞いてジロの体が固まる。


「ちょっ! ちょっと待って!?」

「おう? なんで知ってるのかって面だな。最近ぱったりと活動をやめちゃぁいるが、俺様の情報網を舐めるなよ?」

「それは舐めてなんかいないよ。俺が気になったのは、なんで坂の村で噂になってるのかって事」

「俺様が酒場で飲みながら、弟子の活躍を広めてやったからに決まってるだろうが!!」

 そう言うとジェリウスは再びカカカッと、ジロの背中を叩きながら笑い、すぐにむせこんだ。

 ジロはジェリウスの背中を優しくさすってやりながら、呼吸が落ち着くのを待った。


「そこはちょっと考えて欲しかった。一応リーブの父親の宰相閣下から極秘だって言われてるんだからさ」

「そんな事ぁ俺様の知ったこっちゃねえ。テメエが知らぬ存ぜぬを貫き通しゃいいだけの事だろう?」

「そうだけどさぁ……勘弁してくれよ。……どうかこの辺の噂話が王都まで、いや、王城にまで届きませんように!」


「あん? なんでだ?」

「俺が閣下に目茶苦茶叱られるからに決まってるだろ!」

 ジェリウスはカカカッと楽しそうに笑い声をあげた。


「でもよかったじゃねぇか、この噂が王都付近にまで届けば、お前のありえねぇ程にみすぼらしい二代目ガルニエ商会に、客がドッと増える可能性がでてきたんだぜ? まぁ多分平民の客だろうがな」

「そうなのか……な? でも肝心な商品が……無いんだよ」

「どんなんよ? このお師匠様に話してみな、バカ弟子」

 ジロはそう言って、自分では脈がありそうな商品の目録を語ると、ジェリウスはいよいよ陽気に大笑いし出した。

 目に涙まで浮かべて、ひとしきり笑い終えると、ジェリウスは食卓である大きなテーブルにドカッと腰掛けた。ジロもそれにならって腰掛ける。



 カルラとの二人暮らしであったが、ジェリウス宅を訪ねてくる人は昔から多く、その上ジェリウスは仕事部屋というものをもたない主義であったため、どんな貴人が来宅してもこの十人は座ることができる食卓机が仕事場でもあった。


「おう、ジロ坊。色々忙しいってのに、色々こっちに来る日時をわずらわせちまって悪い事をしたな。カルラとテメエを会わせたくないからなぁ……会わせるとムズムズしやがるからな。今日からあいつは依頼で出かけるから、ひとまずは安心しろや」


「いや、カルラさんが俺を恨むのも仕方がないって俺も思ってるから、そっちの方は自分でなんとかするさ」


「そうか悪ぃな。それであれだ。例え俺様のカルラがテメエを殺しちまっても、俺がお前の供養してやるから安心して成仏してくれよ」


「師匠……俺も昔の俺のままじゃないんだ、そう簡単には殺されやしない。カルラさんがいくら強いっていったって、なりふり構わずって感じじゃないし、カルラさんが王都の方へ来る事はまず無いんだから。ここに来る時は、隙を見せないようにしてればいい。絶対に逃げ切ってみせるよ」


(魔人化もあるから、どんな魔法を使ってこようと生き残る自信はあるし……)

 ジロは自嘲気味に心の中でそう付け加えた。


「そうか……まぁあれだ、あいつの矛先がお前だけってのに、本当ならホッとしちゃいけねんだろうが、すげぇホッとしてるよ。カルラの奴は、嬢ちゃんやボンボンに対しては微塵も怒っちゃいねぇからな」


「……それだけは俺も本当に良かったって思ってるよ。こうしてカルラさんの目を盗んで、こそこそするのは俺だけで充分さ」


「いやぁ……盗めてねぇと思うがな。今日出かける時に『ジロが帰る時にエリカに持たせる魔法書を渡しておいてね』なんて言って出かけてったから」

そう言ってジロの前に朽ちそうなほどに乾ききった紙の束と、真新しい羊皮紙の本を置いた。

 ジロは慎重な手つきでそれらを自分の鞄へと仕舞いこむ。カルラがエリカに渡す魔法書の価値は充分に承知していた。

「ラッキーだったなジロ。魔法書の宅配を頼んだからには、少なくとも帰りにカルラがお前を殺しに襲いに来るなんて事ぁ、なさそうだぜ」


「そりゃよかったよ、師匠。……ちなみに俺がカルラさんに殺されたら、きっとエリカとリーベルトが今のカルラさんと似たような状態になるかもしれないけど、その時は師匠がなんとかしてくれ。そうなれば、実力差は圧倒的だけどカルラ抵抗もせずに二人に命を差し出しちゃうと思う。そうなったら次は師匠がエリカとリーベルトを許しておかないだろうし……だからこそ、……頼むよ」


「おう、任せておきな。……、……俺の体の事とはいえ、面倒くせぇ事になったもんだなぁ。……おう、テメエ一筆書け。嬢ちゃんとボンボンが、カルラに敵討ちを仕掛けたら、ジェリウス様の貧弱な一番弟子のジロ・ガルニエが浮かばれねぇってな」


「いい加減、リーベルトにボンボンって言うの止めてやれば? あいつも相当嫌がってるよ?」

「あん? そりゃぁいいこたぁ聞いた! 今後あいつぁジジイになってもボンボンに決定よ!」

 そう言って、王国一のカップルと自称するジェリウスはペンと紙を持ってきて、ジロに本当に一筆書かせる。

 その紙を大事そうに戸棚に仕舞った。



 そしてテーブルに戻ってくると、師弟は同時に深いため息をついた。


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