支部の掌握


ジロは検問を正しく通過しルイネ入りした。


土塁と石垣、そして緩やかな傾斜の土むき出しの空堀がかろうじて途切れないで繋がっているルイネ最外輪部の第三検問所を通り、さらに第二検問所も問題なく通行許可が出たあと、身分確かな者が居を構える事が許される高さ10mの堅固な城砦の内側、通称王都ルイネへとやって来た。


近衛騎士団との険悪な関係も、第二検問までならばジロの来都はそこまで問題にならない。せいぜいが記録としてジロの王都入りが各方面へと伝えられる程度で、余程の事態が起こっていない限り、ジロへの監視などもつくような事はない。


 これが貴族や富裕層の市民だけが居住を許される20mの城壁内へと入る第一検問所を通ると、ジロは途端に城の厄介者となる。


 ジロは一応尾行の有無を魔法の常識外の方法で確認後、多様な用事を済ませた。

 そして最後にシカリィクッターのペール支部である、魚屋を装った支部前にやって来た。


 その魚屋は王都内ルイネにある。

 身元確かな者しか居を構える事ができないにも関わらずキヌサンと深い関係のあるシカリィクッターがルイネの内側に店を持っている事実は、昔のジロであれば即断で出世のネタとしてリーベルトに提供していたが、今は自分の為にと利用している最中なので、ジロ以外のペール人は誰もこの事実を知らない。ジロは、

(使い心地が悪かったらリーベルトに情報渡そう)

 程度に考えている。


 店主と店員はペール支部の駐在員であり、生まれも育ちもペール王国の身元確かな、ペール王国を裏切った工作員の四人が勤めている。

 その四人は洗脳と暗示により、店先に立つジロの事を視認するどころか、存在を認識すら出来ないでいる。


 ジロは魚屋の軒先から数件離れた建物の窓を確認した後、人目が途切れた瞬間に店内へと足を踏み入れ、店員が忙しく動き回る干物臭い店内からのれんをくぐって店の奥へと入った。

 

 居住スペースの階段を上って三階まで上がり、床の隠し扉を開け、ハシゴを使い三階分下りて地下へと降り立つ。

 通路は二股に別れており、各通路の行き止まりに部屋が一つずつある。

 迷うことなく右の通路を進み、ノックもせずに扉を開けて中に入る。


 部屋の中にある円卓に座っていたマール、アルフレッド、ゴドウの三人が一斉に立ち上がった。

 マールがすでに完全にジロ側へと裏切った事を知られぬよう、マールには事前に改めて釘を刺してある。

 ジロは脅迫者として、しもべ達が直立して待つ会議室へと足を踏み入れた。



       ◆


 幹部達は皆、硬い顔をしてる。その迎え入れる幹部達の中には、目に恐怖の色を宿して緊張感を演出しているマールもいる。


「座れ。全員記憶の封印は解けているな?」

 一人一人がはい! っと答えていき、マールは他と同じように脂汗まで流してみせているのを見て、大した演技力だとジロは内心舌を巻いた。


「マールからの報告は随時聞いているが、これまでの情報に間違いはないな?」


「は、はい! 間違いありません! 追加の情報は、本来であればスミシーが戻ってきていてもおかしくはありませんが、襲撃が失敗に終わったという報告ですので、本部のスミシーの報告への裏取りやらに、時間が割かれているものと思われます! それにつきましては、私は前回記憶が再度封印される前に、ゴドウと話し合ってみましたが、別件の用事で、本部の空気を探る者を派遣しようかと――」


「――あぁ、言い忘れていたが、スミシーについては。大丈夫だ」


 言葉を聞いてアルフレッドとゴドウが狼狽を強くして、幹部達同士目配せしあっている。数瞬遅れてマールもそれに倣う。


「も、申し訳ありません! ジロ様の仰られている事がこのアルフレッドめには理解できずにいますので、どうぞ、お教え願いませんでしょうか!?」


「その辺りは、返ってきたらスミシーから聞け。それと別件で別の奴をキヌサンに向かわせるとの事だが、大丈夫なのか? いかにも不自然すぎやしないか? え~っと……ゴドウ、どうなんだ?」


「はい!ジロ様! アルフレッドの言った事はすべて真実ですが、少しばかりの申し開きをさせてください!!」

悲鳴のようにそう吠える。

「申し開き? よくわからんが、してみろ」

「はっ! 我ら三人は皆、真の記憶が偽りの記憶に変わるわずかな時間に、少し話し合っただけでございます! 実行にはもちろんジロ様の許可をうかがうつもりでしたし、ただ話し合っただけという――」


「――そ、そうです! 考えが及びませんでした!! 話し合ったと言いましても、決して、コソコソとしていた訳ではなく、もちろんジロ様を裏切る相談ではなく、最善は何かと相談し合っただけでございます!! 決してジロ様に報告せずに勝手に人員を動かすなどと真似は決して、けっして致しません!」


 弁明を聞きながらジロはマールからの情報により、アルフレッドが比較的誠実な人間である事も、ゴドウが太鼓持ち気質の者である事も知っていたので、アルフレッドがジロに黙って単独行動しています。という風にも取られかねない発言を、ゴドウが必死で言い繕うという、意味のない必死な言い訳を言いつのるというこの状況にも理解が及んだ。


「わかった、わかった。気にもしてなかった。……それにそんな理由でお前達を殺しはしない。今後もしない。いいから質問に答えろ」

(まぁ、嘘だが)

 っとジロは言葉にせずにそう付け加える。


「はい、応えられる事は私の喜びです! 本部の様子を探るために誰かを別件で向かわせるというのは止めておきます!」

 ゴドウの返答に、アルフレッドは即座に首を縦に振る。


「そうか、お前達からは他に報告はないな?」

 ありません! との返答を聞きながらジロは、二人を危ういなと思った。


 ジロへの恐怖心が強すぎてこれではジロが間違えた解を出してしまってもアルフレッドとゴドウが従うかもしれない可能性に気づく。

 マールが歯止めになればいいが、それも果たせない場合の事を考えておこうと心に刻む。


「こっちから伝えておく事が一つある。ここの人員が増えるそうだ。そのつもりでいろ。手練れとやらが、二人新たに来るらしい」


「……は?」

アルフレッドが目を白黒させてジロの言葉の意味がわからない様子を見せる。

 見ればゴドウはおろか、マールまでもが首をかしげている。


(ああ、これはマールにもまだ言ってなかったな)


「キヌサンのシカリィクッターの本部の方でも俺の工作が上手くいって、徐々にシカリィクッター本部でも、そのハラワタを食い荒らしてる最中だって事だ」


「ど、ど、ど、どどういう事でしょうか! スミシーめが我々の知らない任を受けそれが上手くいっているという話ですか?」


 ゴドウが汗を滝のように流しながら質問をし、アルフレッドがブンブンと首を縦にふり――


 ――マールが頬を染めて目をトロンとして、演技も忘れ、熱い眼差しをジロに送っているのを発見した。



       ◆


 ジロは即座に暗示によってアルフレッドとゴドウの意識を飛ばし、寝かせてしまう。石化の魔法でも受けたかのように二人は動きを止める。


「マール……。芝居が解けてるぞ。余計な手間をかけさせるな……」


「えっ?」

 マールが正気に戻って周りを見渡し、自分以外の二人が時を止められたかのように停止しているのを驚愕の目で見て、再度燃え上がるような目でジロを見る。


 ジロは立ち上がりマールの髪を乱暴に掴み、荒々しく唇を重ねた。


「力を見せる度に、瞬時に盛るな。発情期の獣のメスでも、もっと節操があるぞ、このままだとお前は、俺に今情欲を起こさせただけで、もう用済みとなるが?」


「も、申し訳ございません!」

 そう言ってマールはジロを押し退けて跪き、気合いを入れるかのように自分の頬を両手で張る。


 ジロはマールを冷たい目で見下ろした後、自分の席へと戻る。


「戻すぞ。次はわざわざこんな事はしない。惚けてもいいが、自分で勝手に立ち直れ。立ち直れずに周りに気づかれ、自殺するようだったら、お前は俺の期待に添えなかった女というわけだ」


「……お任せ下さい。自分の愚かさを知り得る機会をお与えくださいまして、心より感謝いたします」



       ◆


「――わ、私にもお教え下さい!」


 止まっていた時間が動き出したかのように、アルフレッドとゴドウが再び動き出した。

「申し訳ございません。わたくし、マール・ノルズもジロ様のおっしゃられる意味が……わかりません」

 マールも演技に戻る。


 数分前、性欲にまみれて潤んでいた瞳は消え、今は恐怖の色さえジロには見てとれて、内心マールの演技力と飲み込みの早さに満足する。


「キヌサンに赴いて、お前らを洗脳したように、本部の人間達にも洗脳を施して、情報を引き出した。だから後でスミシーに聞けといったんだ。奴が帰れば、俺がキヌサンに、本当に赴いていたって事実をお前らに伝えるだろうからな」


「し、しかし記憶を取り戻した今は、ジロ様は本店を少しも離れておられないはず……」

 マールが心底驚いているという演技をしながらそう言った。


「わ、私も偽りの記憶も、今の記憶もジロ様がずっと店にいたとマールや他の者達からの報告を受けておりますが……」


「一般的には不可能でも俺には、そういう大移動ができる」

 ははぁ! っとマールが跪き、慌てて他の二人も跪く。


「いちいち、大仰にするな。時間が惜しい。場合によっては増員により、この三人の内最低二人は帰国となるとの事だが、お前達にかかっている呪いの事はくれぐれも忘れるな」

「帝都と王都を、そんな短時間で移動してしまわれるようなジロ様を蔑ろにするなど、とてもとても! なぁ、マール! アルフレッド!」

 引きつった顔をしたゴドウからの問いに、二人は何度も頷いた。


「ついでに言っておく。お前達はペールの監視は4人だと言ったが、やはり更なるバックアップが三人いた。自白と洗脳、それに泳がせてみたが、一カ月以上経つのにその三人に接触する奴がいない所を見ると、そいつらが本当の最後の監視者だな」


「なんと……やはりですか……」

「あぁ。同じ通りの粉屋の二階には二人。役目は魚屋を訪れた者を知らせる役目。一方はかなりの頻度でキヌサンとペールを往復している。帰ってきたら監視していた者が今度は帰国の途につき、帰ってきたばかりの者がまた訪れてきた者を一人残らず記録に残している。

「最後の一人はここから一番近い市場で豆の商いをしている奴だ。それが魚屋もパン屋の二階もそいつ一人で、不定期に監視している。この事はお前らはどう見る?」

 黙り込んだアルフレッドとゴドウは机の上にポタポタと汗を流して黙っている。マールも俯いて黙っている

「さすがは、ジロ様かと。これ以上の監視態勢はありませんと断言いたします。三重のチェック態勢は、本部が魔法剣の存在に重きを置いているからかと思われます……」


 アルフレッドが口を開き、自分の見解を述べる。


「記憶の改竄と洗脳は済んでいる。お前らの面識のない三人は、今の上の四人と同じで俺が見えないようになっている。お前らも知ったからと言って、無意味に接触するなよ」

「「「ははぁ!」」」



「しかし、シカリィクッターの事を知れば知るほど、お前達を門番とやらの地位に据えた方が色々と融通が効きそうだな」


「そ、そのような事が、可能なのでしょうか!?」

 なにげなく口にしたその言葉に、アルフレッドとゴドウが血相を変えて色めき立った。


 (……利でも縛るか)


「今後もお前らを俺の手足として使うのなら、その方が都合がいいからな……」

 今度はアルフレッドとゴドウが跪き、今度はマールが慌てるようにして二人に倣う。


(……褒美を与える続ける限り、この二人も洗脳を解いた時に、自発的な発言や動きも期待できるかな)


「我ら三人、そしてこの場にいないスミシー、皆ジロ様に忠誠をお誓いいたします」


 アルフレッドとゴドウの二人は、洗脳して以来初めて、恐怖以外の感情、人生において、勝ち馬に乗れたのかもしれないという強欲の感情を目に宿しながらジロに忠誠を誓った。


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