改築相談
ダンを従者として預かっているというだけのカードを手に、ジロは木工ギルドに本店改築についての相談に訪れた。
木工ギルド兼木こりギルドの建物に着くなり、切り札として連れてきたはずの従者ダンは、
「ちょっくら作業場のダチん所、行ってくらぁ!」
っと従者の自覚なしに、ジロの許可も得ずに走り去っていった。
そしてジロは自分の従者運の無さを嘆いた。
◆
ゴーンと直接交渉をと思い、忙しいギルド長の手が空くのを待ち交渉を開始するが、さすがに甘くなく、すぐにジロは交渉相手に直接ゴーンを選んだ事に後悔した。
「悪いな、ジロさん。紹介しようにも腕利きの大工はみんな王都か地方だ。ここにいるのは腕利きの木こり達と近隣からの見習い大工しかいねえんですわ。トロンの木工ギルド本部は今、ギルドの一部門、木こりギルドとしての機能が優先されてるってわけでさ。王都の方は逆に木こりなんかは無用の長物だから、細工が上手い大工やら木工専門の彫刻師なんかを割り振っているわけでさあ」
なるほどと、ジロは当たり前の事に気づかされる。
(トロンの街は森を切り開いた場所だし、周りには丘にも山にもまだまだ木は沢山ある。思えば前に見た作業場も丸木を加工している職人たちが多いように見えたな)
「とは言え、ジロさんの店を組み上げた時は、俺が現場で指示したとはいえ、ジロさんがなるべく早くって注文で、突貫作業だったから俺もちょっと思うところはあるわけでさ」
この含みを持たせるような交渉術をジロも身につけないとと感じる。そしてほぼ素人商売人のジロにも、何かあるなと感じさせた。
「そうだ、ジロさん。あんたぁ
「ん? 木工品?」
「あぁ、できたら、そのう……聖女様がってのでもいいんだが……」
ああ、なるほど。とジロは思った。
最近はこの手の話は皆無だったが、ジロが評判を落とす前までは一カ月に一回は、どこかの商人とこんなやり取りをしたものだった。
「ゴーンさん。それは『ガルニエ鎧』みたいな話かい?」
「まぁ……ぶっちゃけそうでさ。ほらペールってのは良い石が大量に採れるから石工が幅を利かせてて、木工はなかなか稼ぎにくいんでさあ」
「ふんふん」
「だから、皮革技術ギルドを大儲けさせた、あんたが暮れの国の道行きで着てた革鎧みたいな、吟遊詩人にまだ謳われてねえような、なんか木工品は身につけてなかったかい?」
「う~~ん。そうは言ってもゴーンさん。あんたも知ってる通りガルニエ鎧だって元の呼ばれ方はジロの革鎧だったんだよ? 今やジロの革鎧から変名したガルニエ鎧も今やその名前は危ない」
「まぁ……そうなんだがな」
ジロはまだその程度の認識だったが、ゴーンはすでに革鎧が皮革技術ギルドによって別の名として売り出しているという情報を得ていた。
チラチラとゴーンはある木工品に目を走らせている事に、ジロは気づいた。
木彫りの、神殿のシンボルが置いてある。
「言われてみれば……エリカが後生大事にしてた木工品があったよ」
「ほ、本当かい! どんなだい!?」
「……う~ん。……思い出せないな」
「分かった! 改築の件は任せておくんなさい! なんてったって俺とジロさんの仲だ、あっしが声を掛けてギルドきっての腕利きを揃えて、あの店を見栄え良くしてみまさあ!」
「あっ! 思い出しましたよ。木彫りの熊だった。しかも、エリカに渡したのはティコ・ティコのウーさんですよ」
「ほほう! ウー・ルー様たぁ、これまたビッグネームが……実物は?」
「どうだろうなぁ、もしかしたら、後日、なんかの拍子に持ってこれるかも?」
ゴーンはニヤリと笑い、ジロに手を差し出し二人は無言で握手をした。
「……せめて材質くらいはわかりやせんかね?」
「材質? さぁ……? なんで材質なんかを?」
ジロは質問の意図を読み取れなかった。
ゴーンの目の奥に一瞬危険な色が見えた気がした。他の商人達がジロをカモにした時と同様の色に見えた。
「ジロさん……それはいけねえ。ジロさんも今後商売で身を立てなさるってんなら、先達の意見として聞いてくだせえ。分からなくても、今の質問はいけねえ。下に見られちまう。質問すべきモンと、したらいけねえモンがあるって知っておくんなさいよ」
「……勉強になるよ、ゴーンさん。どうしてそんなに親切にしてくれるんだい?」
「なぁに、ジロさんは見た所、店ぇ開いた途端に店を長期間空けちまうくらいだ。世界を渡り歩くのを苦にしてないご様子。このご時勢、キャラバンに頼らずに、腕っ節一つで一人旅に出れる商人はそうそういねえ。……なら、競争者が少ないジロさんの商法は、ここらでは上手くいく可能性が高い。販路拡大が上手くいって、ジロさんが手広く商売を広げた時に、木工ギルドや木こりギルドがあんたさんの役に立てたらって思えば、親切にも身が入るってもんでさあ」
「……ゴーンさんは根っからの商人なんだな。みんなそういうモンなのかい?」
「儂なんざ、まだかわいいもんですよ」
「なら、かわいいついでに、なんで材質を気にする?」
「……かなわねえな、ジロさんには。まぁ、今は答えやしょう。ジロさんも材質さえわかりゃ、実物通りのレプリカを作る時に、材料を確保済みで即生産作業に入れるって話だろ? しかも真似する奴等が現れた時に、原木を手に入らねえように手配して独占もできる。聖女の持ち物なんて噂が広まったら尻馬に乗ろうって組織が沢山出るだろうからでさあ。他にも利点や潜在的欠点を消すって意味も色々ありやすが、それはご自身で考えるのがジロさんの為になるってモンでさ」
ゴーンは優しく、ジロが分からなかった点を教えてくれた。
(なるほど……ウーさんは材質にはこだわりを持ってそうだし、もしあれが幽界特産の樹木からの品だと……それをゴーンさんに卸せば、大儲けできるんじゃないのか!? 今の人界一般の《
◆
結局、改築を望みながらも、具体的な建物の設計計画を持っていなかったジロの為、内心呆れているであろうゴーンは詳細や見積もりは後日と言ってくれた。
これ以上恥をかいてはさすがのゴーンとの仲にも支障をきたすと判断して、ジロも切り上げる。
「あっ、そうだ。ゴーンさん。材木倉庫なんかに、結界は必要ないかい?」
「……結界? そりゃなんですかい?」
「……ああ、そうか」
ペール王国では魔法技術は民間にはほぼ出回らない技術である上、結界魔法などは、非戦闘時であれば、見張りの人間を配置すればいいだけの事なので、ゴーンのようなギルドの長でさえ知らなくとも仕方がなかった事に思いが至る。
(これだと、ペールで誰彼構わず、魔界で得た力によって強化した結界を売り歩くって案はダメだな。キヌサンだと民草にまで魔法技術が浸透しているって噂も聞くから、売るならキヌサンだな。その辺りの話をマールか、あのリーダー格の男から聞くとするか)
処罰の対象になりかねないと、一応口止めをし結界の話をする。
「――って訳で、何か守りたい場所なんかがあれば、俺が結界を定期的にかけて防犯するよって言いたかったんだ。……ただし最初に言った通り、結界もどっかの魔法系ギルドの専売があるかもしれないから公言は避けて欲しい。望めばゴーンさんだけにだけは、秘密共有で施すつもりだよ」
「ジロさん、あんたも中々の役者だな」
貴族間ではそれほど重要ではない情報を聞き、ゴーンは目を輝かせた。
「……なるほど、これが情報の力ってやつなんだな。魔法の……情報か。ゴーンさん。これってどうなんだい?」
「それを口に出して聞いちまうのが、ジロさんが危なっかしいって所なんですがね」
◆
ジロは帰り際に、建物の外まで見送りに出たゴーンに、従者にあるまじき行動をとっているダンの事をサラッとチクっておき、見る見る目を吊り上げ「ちょっと待ってておくんなさい」と言い残し、肩を怒らせながら作業場の方へと歩いて行ったゴーンを見送りながら、腰の革袋に手を当てる。
そこの財布には銀貨数枚と銅貨数枚しかない事をジロは知っている。
そして遠くに見える一つの山を見るとは無しに見る。
「そろそろだな。……試したい魔法もあるし、今夜は魔法を試して……山の連中に不幸な死が訪れるのは、明日の夜って所か」
ただジロは、預けてある武器を取り戻したとしてもその売り先をまったく思いつかない自分の不甲斐なさに、深くため息をついた。
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