あわただしい本店業務


 師匠に手紙を出してから一週間。


その間のジロの生活は充実していた。


 その間に無自覚でジロの手先になった見張りのマールから魔法剣回収部隊の近況や組織の構成などを聞いたり、シカリイクッター製の毒や回復薬のレシピを聞き出し、それに必要な薬草や鉱石のリストを作成したりと、店主人生を満喫していた。


 だが、店自体の売り上げは芳しくなく、縄を編んでは店頭に並べるも、案の定、たまに来店する客は皆聖女の妙薬アテナメディシナエだけしか求めなかった。


 全て売り切れると、ダンを使って聖女の妙薬の追加発注の手紙をエリカに送った。ダンは手ずから王都の屋敷に届けると言って聞かなかったが、それをなだめすかしたりするのも、店主が店員を意のままに操るという訓練だと自分に言い聞かせつつ、イライラしたりもした。


 ジロ自身も、もはや意地で売ろうと決意した全く売れない麻縄や、エリカの置いていった、妙薬の材料、むき出しの鉱石や薬草や、市場で仕入れた自分用の保存食などを売ろうと試みるが、客を馬鹿にするなと身なりが立派な旅人から説教を受け、その正論にへこんだりした。


「予定が詰まってるってのは嬉しいもんだな」

 ジロは毎日欠かさずに行っている店内清掃を終え、独り言をもらす。


「親分! た、大変だ! 大変だ!」

「……親分って呼ぶのはやめろ。呼ぶなら名前、それが嫌なら、店長と呼べ」


 ダンが駆け込んできた事により猛烈な勢いで巻き込みいれた砂埃をホウキで掃きだしながら、言葉づかいを注意する。


「ジロ親分! だから大変なんだって! この手紙を見てくれ!!」

「……親分って呼ばれる店主の店に、お前なら気軽に入店する気になるか?」

「いいから、ゴチャゴチャ言わずに、黙って見てくれって!」


 そう言ってダンは手紙をジロの定位置であるカウンターに叩き付けるように置いた。ろうの封が割れたりしたら、短気な他の騎士なら首をはねてるぞ? っと言ってダンを嘘で軽く脅かしながら、手作りのためちっとも埃の掃き取り効率の最悪なホウキを置いてカウンターへと戻る。


 ダンは驚いて蝋が割れていないか確認した後、今度は慎重に机に手紙を置いた。


 ジロは手紙の封に溶かされた痕跡や破壊痕が無いのを確認し、ついでに見えざる魔法の符牒ふちょうに問題がないことも確かめた後、ペーパーナイフなど気の利いた物がないため、幾多の血を吸った短剣を使い、封筒上部を切る。


 ダンが持ってきた手紙はジロにとっては何も言う事がない。


 ジロが一週間前に出した手紙の返答であったからだった。


「あ、あのよう、親分! そ、それってレイル様からじゃねぇのか!?」

 ダンの興奮した様子を見ながら、あぁ、そう言う事かと。ジロは納得した。


 ジェリウスは封に特徴的なシンボル二対の竜を用いる。


 大陸中の名声を一身に背負うジェリウスのそのシンボルを、単なる一市民のダンが知っていてもおかしくはないという事実に、ティコ・ティコ所属のジェリウス・レイルの名声の高さを再確認した。



 ジェリウスの名声は、最近目立った活躍が無くなったとはいえ、いまだにエリカに勝るとも劣らない。


 騎士だけではなく、平民さえもがあがめ奉る大陸随一の勇者であるからだ。



 ギャァギャァとうるさく騒ぐダンを尻目に手紙に目を通す。


『竜の月、第五曜日』

 とだけ書いてあった。


 約一カ月後だった。


 以前ならアーグに乗り一週間といった道のりだったが、《飛行フライ》を使いこなせるようになった今では一日程度と判断した。


「なぁ親分! 勇者ジェリウス様はなんて書いてきたんだい!?」

「面会できる日付を書いてもらってるだけだ。いつも他にメッセージはない」


「勇者様と面会!? なぁ、親分! その手紙もらえねえか!?」

「あん? どうして?」


「決まってるじゃんか! その手紙を俺のお宝にして、みんなに自慢すんだよ!」

 ジロは呆れながら、読み終えた手紙と封筒をダンに渡す。


「ありがとう! さすがは親分! 太っ腹だぜ!! 竜の月、第五曜日……。その日に会いに行くのか! 俺もお供していいのかな!?」


「いいわけないだろ」


 見せた後に、ジロは後悔した。


 単純に《飛行フライ》で向かえば、日付を知るダンが語り、撒き散らすであろう自慢話日数に齟齬が生まれてしまう。


 現在、《飛行》使いはどの国でも重宝されるので、ジロが突然使えるようになれば無駄な注目を集めかねず、引いては人を一歩退いた、ジロの身体的、精神的変化に気づく者も現れかねない。


 そしてそれは魔界行を知るエリカとリーベルトである可能性が高くなってしまう。


 さすがに人としての感情が薄れたとは言え、エリカとリーベルトを大事に思う気持ちは変わっていない。


 ジロはその精神の動きを突き詰めてみた所、自分達の暮れの国への道行きペレグリヌスに関係した者は昔と変わらずいまだに大事に思っているようだった。


 間接的に関わった者達についての愛情や好意は薄れているというのは感じていた。


ウーやマリアの事は大事にしようと思うが、あの時現場に居合わせなかったティコ・ティコメンバーについてはどうでもいいとさえ思ってしまう自分に、ジロは微かな罪悪感を感じていた。


「いいじゃんかよ! ケチケチしねえでよ!」


「うるせえな、お前に関係のない聖剣の話を聞きに行くんだ。そんなところに勇者崇拝の暑苦しい大男を連れていくわけがねぇだろ? 第一、ジェイさんは初対面とは会いたがらない」

「ジェイさんって呼んでんのか!? すげえな、親分! 見直したぜ!! しかも、聖剣!? 聖剣ティレウィング!! 勇者ジェリウス様の白く輝く聖剣ティレウィング!!」


「ああ、そうだよ! 店が狭くて響くから頼むから大声で騒ぐな!」


 手紙を開封した際に出た手紙の切れ端を魔術で燃やすとダンが、オオ! 魔法だ!! 親分俺にも教えてくれっと言ってきたので、

「元々お前がこの店の内部を壊し、火を焚いて散々遊び倒したから、ここにいるんだろう! そんな奴に誰が教えるか! それにキヌサンじゃあるまいし、気軽に魔法を教授すれば、俺がしょっぴかれるだろう……。今後、馬鹿な事を言い出したらその度に、給金を減らすぞ。赤字経営なんだからな」


 立ち上がりホウキを持つとその柄でダンの頭を軽く小突く。


「なんでぇ! 親分! ケチくせぇ!」

 と憎まれ口を叩いて、小屋から飛び出していった。


「赤字なんだから、ケチ臭いのは当たり前だろう。……あっ! あいつめ……上手い事、逃げやがったな……。雑用はたっぷりあるってのに……」


 そう独り言をいいながら、ジロは出会った頃のリーベルトといい、今のダンといい、ほとほと従者運に恵まれていないとため息をついた。




 一応、ダンの目を欺く為に、トロンで馬を借り、出発は2週間後と定めた。


「馬は帰ってくるまでマール達に世話をさせるとして……また無駄金か……、ダンの奴に手紙を渡すんじゃなかった……あっ!」


 準備を進める内に、剣がない事に気づいた。


 自分の事ながら呆れた。


 騎士なのに剣が無い事に危機感を覚えない。


 それは半魔人化により魔法の実力があり得ないほどにまで高まったからであった。


「こんな、重大な事……、忘れるか、普通?」



 自分の物にしようとしていた黒剣は、茂みに投げ込んだ後に、盗まれた。


 ジロは日課になった《魔法探知マジック・ヴィーデ》を使うと、いつもと変わらぬ場所に反応があった。山の中で、少しも移動していない事に満足した。



 ジェリウスには聖剣の事と魔法剣紛失の謝罪の他、構成員の死体から奪った武器の売り先を教えてもらおうとしていた事を、ジロは思い出した。



「盗賊か山賊かは分からんが、会った事もない奴らに、今後の運転資金になる荷物を預けっぱなしってのもなんだし、そろそろ取りに行くか」



 とジロはアクビをして、ちっとも屋外へと出ていかない砂を相手にそう呟いた。


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