余所事の話 小さな恋の始まり
大昔、鉱石採取のための中継地として森を切り開いてできたノルズという村は、小さな魔石が掘れていた頃の数百年前の全盛期と違い寂れていた。
大昔はペール王国の一部だったノルズも、この頃には、北西にキヌサン魔法帝国、東が自由連合都市群という強大な軍事力を持つ二国に挟まれた一種の空白地のような土地となっていた。
空白地というのは、戦乱が起きる度に所属は変わり、十数年前からは、キヌサン、自由連合都市群の両国から、代官の派遣が無くなり、納税が行われていない状況で、国家の手の入らない自治村のような状態になっていた。
ノルズ村に名字という風習はなく、皆名前を一つしか持たなかった。
対外的には名字として、一族でもなんでもない、村人全員がノルズと名乗っていた。
マールという綺麗な黒髪の少女はそんな村の一番の商家の娘として生まれた。
十数年続いた村の平和は、マールが五歳の時、キヌサン魔法帝国の皇帝が代替わりした翌年、突如破られる。
マールが後年知った情報によれば、キヌサンは自由連合都市群に対し開戦の文書を送った後、戦端が開かれた。
突然の侵攻であれば、国境に近いノルズというちっぽけな村は、侵攻してきたキヌサンに無血で降っただろう。
だが開戦日時が記されたキヌサンの通達により、自由連合都市群は村に司令本部を置く事態となり、村民には退避勧告が出され、大部分は戦端が開かれるのを恐れ、勧告に従って家を捨て逃げたが、一部の住民は残った。
その住人の中に、戦争を商機と捕らえたマールの父がいた。
父はマールに常日頃から、
「常に勝つ側に恩を売る。それが商売の一番の心得だ」
っと子供達に教え込んでいた。
自由連合都市群は大陸第二の商港を持ち、海を渡った別の大陸との海洋取引で財を成した。
国庫は広大な領土を持つキヌサンや、古の盟主国のペール、幽界の侵攻を受けるルイナスよりも富んでおり、その潤沢な資金により国軍の兵装はどの国よりも整っていた。
幽界や魔界に隣接しないという大陸唯一の立地条件から、他国からの流民も多く住み着く為、人口数も他国よりも多い。
この大陸では、大陸西部にあり、同じく海洋貿易が盛んな数々のリゾート地を有す、国家の縛りのない国、富貴の国カプールに次いで二番目に裕福な国であった。
対するキヌサン魔法帝国は先代皇帝が愚帝と言われており、国内は数十年の間にすっかり荒れた。
しかし一年だけの内乱によって皇帝は廃され、新皇帝が誕生する。
その一年後の新皇帝による開戦宣言に隣接するすべての国は戸惑いをもった。
その情報を知る誰もがキヌサンが負け戦をするだけだと思った。
だが、先代皇帝よりも遥か以前(実にキヌサンが学術国家として開国宣言をして以来)より、他国との戦闘を避けていたが、侵攻を始めたキヌサンの魔法戦力の実力は甚だしく高かった。
キヌサンはペールと自由連合都市群の、両国を相手取り、突然侵攻を開始した。
◆
戦争開始時点で、強力な国軍とされていた自由連合国軍初戦は為す術もなく、大敗した。
大陸一の領土と保持する魔法兵力のおかげで、キヌサン軍は初戦以降も無人の野を行くように侵略していった。
そしては初戦の勢いは続き、休戦協定が結ばれた頃、キヌサン軍は連合都市群のおよそ六割の領土を奪っていた。
そして大敗となった初戦。
司令部の置かれたノルズ村にはキヌサン軍が殺到し、戦闘員である兵士や、非戦闘員である男の大人などはすべて殺され、女子供もその混乱によって半分が死に、残りは奴隷としてキヌサンに送り出された。
その中には幼いマールも含まれていた。
◆
マールはキヌサンの奴隷市で、その見た目が幸いし、そのまま高級娼家の女主人に買われる事となった。
マールは女主人から客を取らされる事なく、超一流の高級娼婦となるべく教養や美貌を磨き続けた。
いつかは最も高値になった時に満足する仕事ができるようにと、実地はなかったが性知識も物語や絵図によって存分に教え込まれた。
同じように奴隷市で買われた数人の少女達と同じように、優しく丁寧に育てられあげた。女主人がマールたちと同じように育て上げた高級娼婦たちの稼ぎ出す金により、マールら子供らはすくすくと育っていく。
第二の母のように思った女主人はマール達にいつも、
「男の力に対しては、女の力を磨き続けて従順にすれば、いつかはお前の女の力によって男の力を飲み込み、自分の将来も拓ける」
と教え込んだ。
マールにとってその教えは、実父の教えと、根っこの部分で同じ事を言っていたのですんなりとその思想を受け入れた。
マールが11歳になったある日、女主人が殺された。
商売敵による荒っぽい襲撃により、娼館は血の海と化した。
マールはたまたま別の少女二人と習い事で家を空けていた為に難を逃れる事ができた。
帝国警察によれば、調査によって捕らえられた商売敵は、高級娼館を利用していた権力者達の怒りを買い、捕らえられた翌日に処刑された。
商売敵の女達は、マールの暮らす娼館とは比べるべくもない、安い女郎屋を経営していたという。
接点はなかったが、そこには恨みがあった。
11歳であったマールは女主人が信奉していた女の力ではなく、男の力によって殺され、その男の力も、さらなる力、国家・法という力によってに殺されたたのだと認識を新たにした。
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