対面

 ジロは商人としての頭を使い、散々迷った挙げ句、ティコ・ティコのメンバーの誰かなら、キヌサン魔法帝国内での、その筋の人物に詳しいかもしれないとの考えに至った。


 勇者の一団と大陸中から尊敬の念を集めているが、あれ程の名声を得る前ならば、リーダーがリーダーなだけに多少の汚い仕事もやってきているはずだろうと結論づけた。


 素人の道具屋経営者としては、今後そういった人脈作りをする必要があるなと、ジロはうんうんと内心でうなずいた。


 いくらの値がつくのだろうかと想像してワクワクしながら目を開けると、逃亡不可能だと悟った監視役に徹していたかった最後の四人が岩の少し先に固まり、身構えながら立っていた。


 ジロはすっかりその、四人の存在を忘れていた。

 油断というよりも、この興味の失い方は、本当に自分が秘者となってしまったかのように感じた。


 明らかに戦意は喪失している様子を哀れに思った。


「よう、やっとお出ましか。ずいぶんと時間がかかったな」


 声をかけながら、ジロは四人にまとわりつく精霊に変化をある見た。


 魔界でその存在を知った『心の精霊』と呼ばれる、人間には感じる事さえ困難な微量な放電をくり返す精霊の動きが活発化している。


 それを見てジロはニンマリと笑う。


 サラの手により生まれ変わらせられたこの体になって、集中すれば視認すらできるようになった、ジロが『裏の五大精霊』と名付けたその心の精霊と邪の精霊がよく見える。そして各自、火・水・木・土の精霊がそれぞれ一人に懐いているような様子も見て取れた。


(心の精霊がこれほどまでに視認できている事を考えると……こいつらは態度にこそ表さないが、心底怯えている証拠だな)


 エリカとリーベルトの名を出された大きな怒りはジロの身から、完全に消えていた。代わりに覚えたての魔法を行使できるという期待感があった。


(これで、実験がしやすくなっわけだが……)


 ジロはそう思った後、再び四人を観察する。

 ……こいつらに魔法でマークを付けただけで、今回は見逃してやるかと、先ほどまでは少しも思っていなかった事を思った。


 (おや? 俺にもまだ人間らしい心が残っていたな)


 ジロは暢気のんきにそんな事を嬉しがった。


 四人が手にしている武器の魔石の輝きは、ジロが手にしている黒剣や他の四つの物よりも断然強く明るい。


(付与された魔石の大きさも比較にならないみたいだな。 こっちは全て小指の爪、小石程度だが、向こうのは子供の拳大はありそうだ。 ちょっと惜しいな。やはり殺すか? あれが四つあればエリカのポーションを当てにしなくても……………)


 四人が一切近づいて来ようとしないのを良い事に、ジロの商売っ気が首をもたげ、この四人を生かして帰すかをさんざんに迷ったが、結局は生かそうと決めた。


 暗殺者四人に慈悲の心を感じたわけではなく、エリカとのポーション作りにおける面倒事や苦労が消えるのは、ちょっと寂しいと思ったからだった。



(サラから習った魔法を人間相手の実験台にもしてみたかったしなぁ)


 相手が必要以上に警戒しないように、剣は柄に収めた。

 そして無言で岩を降りる。


 ジロが降りると四人は武器をつきだし、より一層身を寄せ合った。


「それじゃ、かえって互いが邪魔だろう? え~~~っと……そこの黒装束たち」


 声をかけられた事によって、精神の均衡を崩したのか、一番先頭の火の精霊に懐かれていた黒装束がヒィっと悲鳴を上げた後、魔法の詠唱を始めた。


 残りの三人も輪唱し《火球ファイアボール》の《多重詠唱トゥルーイ》が始まる。


 スムーズに輪唱が行われ、急速に火の精霊が四人の周囲に集まり始める。


 ジロは呆れて、この術の中心の詠唱者である先頭を殺して黙らせようかと思ったが、

(いや、せっかく『心』と『邪』の精霊が集まりやすくなっているのだから、それに類した魔法を使って未知の恐怖を与えて四人の心を砕いちまおう)

 と、意地悪く思った。



 訓練時や大規模戦闘以外では、人界ではめったに見られないほど強力な《火球》が形成されていく。

 それだけでこの四人の実力の高さが知れた。

 


「へぇ~、凄いな。対城砦戦としての木製の門程度なら跡形もなく破壊できそうだな」


 ジロは人事のように、火の精霊の加護の少ないこの森でこのレベルの《火球》を作り上げていく四人の詠唱に対し、ジロは素直な心境で賞賛の声を送った。


 火球の魔法は完成したが、四人はジロに放とうとはしなかった。



 《火球》を常識外れの処理法を用意していたジロは、四人の行動に肩すかしを食らった。



 《火球》はただ、闇の中にあった窪地くぼちを明るく照らしながら燃え続けている。

 こうしていれば、触媒である火の気が乏しいこの場では、火球の威力は段々と落ちていく。


 ただ、急激に落ちていかないのは、先程ジロ自身が放った火の精霊ではなく暗殺者達の纏っている邪の精霊の力を借りた《火球》によってできた熱から火の精霊が生まれ続けている為だとジロは気づいた。


 人間が裏の五大精霊を知らないとは言え、無自覚でその精霊を取り込むいい例を見れたとジロは思った。


(俺を襲撃するくらい暗殺に長けている奴等だ。無意識とはいえ、邪の精霊の取り扱いが上手いってわけか)


 だが、確実に火球は衰弱していっている。

 そのリスクを背負って一体、何を待っているのかと、ジロは四人の実験動物とではなく、純粋に人間として、初めて興味を持った。



 心の精霊の動きが活発かしており、特に詠唱者でもある先頭の動きは目まぐるしい。

 

ジロが少しでも動けば即座に火球が放たれそうだと判断したジロはあえて一歩前へと出る。


 四人に仕掛けるようと思っている精神魔法の事を思えば、できるだけ四人が平静でない方がよかった。



 そのジロの動きを見てもくろみ通りに先頭の詠唱者が火球を放とうと――


「待て! 『火』! まだ撃つな。ターゲットに色々と喋らせてからだ」


 一番後ろにいた黒装束が悲鳴のような声を上げ『火』と呼ばれた先頭の魔法行使を止めた。細身であったが、声は男であり、土の精霊に懐かれていた。


「だ、だが! こいつは得体がしれない!!」

「だめだ! まだ待――」

 一番後ろの黒装束が慌てて仲間を止める。


「――余計な事を……。遠慮するな、その段々と威力が弱まる火球を今、飛ばさないのなら、斬るだけだ」

 ジロは好機だと思い、声高にそう言って、演技がかった仕草で剣をゆっくりと鞘から抜き放った。


「くたばれ!! 《火球ファイアボール》!!」

 待て!! という声を無視して『火』は巨大な火球を解放する最後の単語を唱えた。


 火球は高度をやや下げ、地表を平行に放たれた。


 精霊魔法というのは基本まっすぐにしか飛ばない。


 コントロールは可能であるが、スピードが極めて速い事と、目標に向かって放たれるとその推進力が凄まじい為に、加速はできるが、減速は魔力効率も悪いし、無駄とされている。


たいていの術者が試みるのは、上下左右にコントロールするだけである。


 そのため、頭上から投げ下ろすように放てば、精霊魔法は目標対し、斜め上から飛んで行く。


 だが、避けられれば地面にその威力が炸裂して効果は消える。

 だが平行に放てば、万が一避けられても追尾させる事が理論上は可能である。


 平行に放った以上、怯えきった詠唱者は、コントロール可能と考えているようだった。


 ジロはこんな木々の多い場所ではまず無理だろうと思ったが、この黒装束達の技量の高さと乱れの少ない《多重詠唱トゥルーイ》の事を考えると、この場でも追尾が可能な事なのかとも思った。



 そして地面を焦がすようにジロに迫った火球は――


 ――徐々に体積を減らし、最終的にはジロの数m手前でかき消えるようにして消滅した。

 辺りは何事もなかったかのように、再び闇に包まれた。



「「「「はっ?」」」」」



 黒装束の四人……は、申し合わせたかのように、間抜けな声を出した。



 その隙を逃さず、ジロは邪の精霊を用いて《精神拡散アジタトゥス》という精神に影響を及ぼす魔界由来の魔法を、『火』を止めた、一番後ろ以外の三人にかける。


 多大にショックを受けていたのか、あるいはジロの魔力が桁違いだったためか、三人はあっさりと術にかかり、全員がその場に崩れるようにして倒れた。



 ジロがリーダー格であると判断した、一番後ろに立っていた男は、多重詠唱トゥルーイによる火球が破壊を撒き散らさずに消滅したという状況の変化についていけていないようで、ほうけたように倒れ伏した三人を見渡した。


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