ジロと尾行者

ジロはエリカと別れた三時間をかけて、ようやく第一検問所を通り抜ける事ができた。

 入るよりも出る方がたやすい。

 検問所では日の高いうちから酒の匂いを発するジロに対して冷たい目が注がれたが、ジロはそんな目を気にするほどに体調がよくなかった。


 歩いては休みをくり返した為、日は早くも暮れようとしていたが、のろのろと歩く事しかできないため、本店までは、一日以上の道のりを覚悟した。


 ジロは尾行者に気づいているのにもかかわらず、危機感は湧いてこなかった。


 魔界での経験を経た今、ジロは、こういった荒事の空気に対し、何事にも動じない。

 悪く言えば鈍感ともいうべき心構えを持ち得ていた。


 とっぷりと日が暮れた頃、食欲がわき、ようやくジロは酔いが抜けたのを実感した。


 日持ちしないパンを齧りながらの道中、後回しにし続けてきた師匠宅への用事を済ませに行こう。などと考えながら歩く。


 何事もなく街道をゆく。

 月が中天に差し掛かろうとしている。

 街道に人影が絶えて数時間が経った。


 その時間帯は、あらゆるトラブルの可能性が、王都付近とはいえ夜の街道には満ちてくる。


 ナイトウォーカーと総称される群盗や亜人集団は街道の警邏けいらの時間は把握しているし、知性のないモンスターの活動もこの時間辺りから活発となる。


 それらナイトウォーカーといえど、王都への襲撃は論外、その周辺の集落付近ですら、よほどの大集団か能力あるナイトウォーカーでない限り自殺行為ともいえる襲撃はまずない。


 王都の物見の塔は火の手を見逃さない。火の手が上がれば斥候部隊が確認に走るため、集落の襲撃者はのんびりと略奪をする暇がないためだ。


 そういった事情から王都付近での死傷をともなう犯罪は、ナイトウォーカーの旅人襲撃に限られる。



 ルイネ地方は、丘陵地帯が多く、平地では人間よりも身体手能力が劣っているが、自然要害踏破能力の秀でる亜人はこういった犯罪を犯しては人間には手つかずの丘陵へと逃げる去る事が多く、王都付近の衛兵でも、亜人討伐には手が回らない。


 数年に一度、大掃討作戦と呼ばれる山狩りが行われるが、毎回当作戦初期に一時的戦果を上げ、その後は亜人も他の地方へと一時的に逃げ去るので、成果が上がらず終了するという、イタチごっこを数年単位でくり返すというのが現状だ。



 本店へは月が中天に差し掛かる頃には着くだろう。ジロは尾行者を意識しながら黙々と歩いた。

 街道に人影はなく月の明かりを頼りに歩く。街道は行きは通らなかった、本店へのもっとも近道である森へと続く道と、森を大きく迂回する、街道警備隊の詰め所がある行きも通った本街道に分かれている。


 ジロは少し迷ってから森の方の道に進路をとった。


 まっくらな森の入り口を入り、数歩も行かないうちに尾行者が近づいてくる変化を感じる事ができた。

 ジロからため息が出た。


 道を外れて歩き出す。

 丈の低い草を掻き分けながら、獣道を歩き、どんどん道から外れていく。


 尾行者に緊張感が走るのをジロは目で見ているかのように感じ取る事ができた。


(俺の行動を面倒だと思って見送ればそれでいいんだけど、できれば寄ってこい。寄ってきた方が、色々と用事が片付いていいのだが……)



 ジロにとっては勝手の知ったる森で迷う事はない。

 増えた尾行者達にしても、迷おうにもそれほど大きな森でもないので迷う前に森から抜け出られる。


 月明かりも届かない、森の真の闇の中、夜目が利く体になった事実にジロは少し困惑した。

 後ろの気配は忙しなく動き続け、数の増減をくり返していたが、結局は八人に落ち着いた。

 かなりの後方の広範囲にさらに四人、そしてさらにずっと後方に一人いる。


 その一人は下っ端で、街道と森への見張り役だろうとジロは、判断した。

 そして、森には入っているが、後方の四名は襲撃には加わらないのだろうとジロは見当をつけた。


「街道を見張っている奴だけは、状況を知りようもないだろうからいいとして、残りは誰一人、様子見などさせないし、逃がさねえけどな」


 ジロは、先頭ですら一km以上は離れている、襲撃者達に話しかける。



 森の底となっているような場所、じめついたくぼみまで来た。


 ジロはその中でももっとも低い位置に陣取る事にした。


 二十分が経ち、ようやく実行役のもっとも近いものが100m以内へとやって来た。


 立ち回り的にはジロとって最悪な場所を自ら選んだ事に、尾行者も警戒したのか、息を潜めて姿を現さない。

大岩に腰掛け、剣を抱いて目を閉じる。


(襲撃者よりも、眠気の方が今の俺にはやっかいだな……寝ちまいそうだ……)


 目を閉じようとも、魔界で得た力によって、尾行者の魔法の動きが精霊達を通してわずらわしいほど活発に感じる事ができる。


 右手の包囲に四人、左手の包囲に三人、前後に一人。その八人はジリジリと間合いをつめており、さらに300m後方の四方に一人ずついたが、それら四人はピクリとも動かない。


(やっぱり、後ろの四人以外が実行役か……)


 最後尾の四人は魔法の使い方、気配の消し方、立ち居振る舞いも、多分以前ならば警戒を心強くを覚えるほどスムーズであった。漆黒の闇の中、ジロから400m離れた場所から監視できるというだけでも、相当な手練てだれの四人だとわかる。


 その四名はジロと実行役の八名のどちらが勝とうが、戦闘に参加する予定のない事後処理係に徹するつもりの手練れだろう。と思った。

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