余所事の話 玉座に座る者

 魔王城の最も高い場所に位置する玉座の間に天井はない。


 厳密には〝間〟ではなく、吹きさらしの屋上にある。

 人類ならば部屋と呼べるかどうかも怪しいその玉座の間には壁もない。

 あるのは等間隔に並べられた極めて細やかな模様が描かれている柱だけだ。


 単なる屋上とも呼べる玉座の間には、魔石の巨岩が鎮座している。

 その前に無骨な、所々ひびの入った石造りの椅子が置かれている。

 玉座と呼ぶにはあまりにもみすぼらしい。

 その後ろで魔石の大が美しく輝いているだけに、その薄汚れた灰色の玉座との対比は著しい。


 玉座からは十数段の階段が下方に伸びている。高い位置に置かれている。


 その高い位置に置かれた玉座に、炎のように燃えて見える髪をした火鬼ファイアーマンと呼ばれる種の秘者が片肘をついて玉座の間を見下みおろしている。

 玉座の脇に同じく四名の火鬼ファイアーマンが控えている。


 玉座に座る者ほどではないが、どの火鬼も筋骨隆々としており、玉座の間にいる、他の多種族の秘者たちに対し、その頭上から鋭い視線を送り続けていた。


 その秘者達は玉座に近い位置から順に、


 無形の軟体であるが、日頃は人の形をかたどる事を好むスライム族の秘者であるスライム軟体人が三体。

 ゴブリンの王である秘者と秘者ではない単なるゴブリンの魔族が多数いた。


 その二種が玉座の階段のすぐ側におり、玉座の火鬼ファイアーマンに向かって強い敵意の眼差しをを向けていた。



 そこからずいぶん離れた、玉座の間から室内へと入る扉の付近に狼が二足歩行をしたような、狼頭の人狼族の族長と一団。

 森の賢人と呼ばれるリザードマンの秘者が五人。

 そしてゴーレムが現れる魔法の入り口付近に玉座にいる火鬼とは仲の悪い魔族の戦鬼ウォー・オーガが目を閉じ腕を組んでたたずんでいる。


 そしてに玉座の間から室内へ入る扉の壁に背をピタリとあわせるように両脇に魔人の二人立っていた。



       ◆


 メイド服姿の魔人の秘者であるセラとゼラは直立不動の姿勢を保ち続けている。

 二人のからほど近い所に、温和な事で他種族に有名な人狼族長のギ・ダがおり、しきりにいつの間にかに足が汚れていたと周りの人狼に不平を漏らしている声が聞こえる。


 ギ・ダの他の数人もギ・ダに賛同し、その内の一人などはが掃除に来たゴーレムを捕まえ、しきりに足の裏をゴーレムにすりつけている。


 ゴーレムはゴミを集めに前進しようと試みているが、その人狼は許さない。

 ゴーレムが動くのを煩わしく思った人狼はゴーレムの頭の上から鋭いツメを振り下ろし、バキリっと破壊した。


 動きが止まったゴーレムで人狼は足の汚れを思うさま拭いた。

 数秒後、破壊されたゴーレムの破片が集まり、赤く薄汚れたゴーレムが見る見るうちに修復されていく。

だが、より大型のゴーレムが、壁際に設置されている城の自浄装置のである狭い隙間から装置に込められた魔法|転移門《ゲート》の力によって現れ、修復しかけていた再びそのゴーレムを再び破壊してちり取りに収めた。


 そしてゴーレムは再び《転移門ゲート》の中へ消え、玉座の間からいなくなった。


 その様子を見ていたセラがゼラに話しかける。

「セラ、これではいつまで経っても、玉座の掃除ができないわね」

「そうね、ゼラ。皆が帰ったら、始めましょうか」


 前を向いたまま話す二人の目の前に、先ほどゴーレムで足を拭っていた人狼が二人に牙を剥いて威嚇する。

 セラとゼラは無表情のままで、それを受け流した。

 威嚇した人狼も、魔人の二人を威嚇して満足したのか、玉座を目指して歩き出した。

 人狼の一団は仲間のその行動に目も向けない。


玉座の下まで来ると人狼は咆哮を上げながら、玉座に座る火鬼ファイアーマンに向かって駆けだした。

 人狼の両手のツメが、グングンと伸びていく。ツメは堅く、強い戦士のツメは魔石をも砕くという。

 人狼族の特徴は自身の体を自在に伸張させる事にある。


 ツメは魔法を通すのに適しており。ただでさえ硬い六爪のツメは魔法のツメと化す。

 また体表を覆うその毛には高い対魔法耐性を宿し、特に冷気に強い。

 物理魔法攻防両面に対して極めて強い人狼族は魔界においてもその力はかなりの上位に位置している。


 玉座の両脇にいた火鬼らが、それぞれ手に持っていた魔石でできた槍を、駆け上ってくる人狼めがけ、無造作に投げ下ろす。


 人狼は槍を弾くが、そこに込められた膨大な魔力が炸裂し、人狼の周りで爆発が起きる。

 

 爆発による魔石の床の損傷は皆無であったが、爆発に巻き込まれぬように、スライムマンが音もなく下がる。

 ゴブリン王は微動だにせず玉座を見上げているが、近衛兵の内半数は爆発の余波によって死に、残り半数のゴブリンは算を乱して逃げていく。


 その炎の中から人狼が飛び出し玉座に座る火鬼へと迫る。

 人狼の身体には、わずかな傷すらも見当たらない。


 セラとゼラのそばにいる、人狼の長であるギ・ダはそんな騒動に見向きもせず、相変わらずしきりに足の汚れを気にしていた。


 玉座を襲う人狼の、青白く輝き始めたツメが、玉座の火鬼を切り裂こうとする寸前、その人狼はギャン! っと悲鳴を上げながら、後ろへと吹き飛んだ。


 その体は赤い炎に包まれていた。


 玉座の火鬼が爪が届く寸前に、座ったまま、攻撃を仕掛けてきた人狼を蹴り飛ばしていた。

 扉へと、人狼が豪速で飛んでくる。


 セラとゼラはまるで合わせ鏡を見ているかのように同時に動き、扉を大きく開いた。


 炎に包まれたままの人狼が屋内へと吹き飛ばされ、壁に激突する衝撃が響く。


 城内へと飛んでいった人狼を追い、槍を投げつけた二人の火鬼が追う。


 激しい打撃音がした後、人狼のうめき声が聞こえ、さらに硬質な音が響き渡る。その度にズシンズシンと重々しい音が響いた。


 火鬼の首が血しぶきを撒き散らしながら、玉座の間へと転がり込む。

 セラとゼラが扉を再び閉め、ゴーレムが火鬼の首を片づけた。


 扉の向こうからは破壊音と打撃音が続き、それは段々と玉座の間から遠ざかっていった。

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