第百二十五話 終戦。

 新暦518年6月16日、10:00。

 岐部、鷹城両首脳による終戦協議が行われた。結論は、ヤマトの全面降伏である。

 ヤマトは完全に日本へ吸収される形となり、ヤマトの国民は全て日本国民として地上に住む事が許可された。ヤマトの国土であった地下空間は、日本所有の土地となり、研究や技術開発等のプラントとして利用される事となった。そして、地底の過酷な条件下で発達した先端技術は、全て日本へ譲渡された。

 既に勝者と敗者は存在しなかった。遥かな昔、地上と宇宙に分かれ、そして地上と地底に移った日本が、一つに戻った瞬間だった。

「日本が、いや世界が二つに分かれてしまったのは遥かな過去の事です。この長い長い時間の中で、私たちは、もしかしたら全く別の存在になってしまっているかも知れません。

 しかし、私達が一つだった歴史はもっともっと長いのです。

 最初は様々な問題が起きるかもしれません。痛みを伴う事だってあるでしょう。しかし私たちは、ともにそれを乗り越える力を持っているはずです。

 この世界にも稀有な、多くの災害に晒されてきた日本。でも私達は手を取り合ってそれを乗り越えてきました。これからも、私たちは懐かしい仲間達と共に、力強く歩いていきましょう」

 この日採択され、岐部信太郎内閣総理大臣によって発表された、終戦宣言の一節である。

 こうして、日本と地底国家ヤマトとの戦争は、完全に終結した。



 6月18日、14:31。

 速水勇夫はしばらくぶりに自宅へ帰っていた。軍属を離れたわけではなかったが、ヤマトとの終戦を期に休暇が出たのである。無論、勇夫の身の安全をはかるため、軍から一人、サポートが付いていた。ライゾウの副官である、寺嶋てらじま正直まさなお航空曹長補だ。本来の副官、角谷かどやあらたは、スパイ幇助容疑で取調べを受けている。ライゾウが休暇中も基地に残ると申し出ていたため、外出中の勇夫には寺嶋が付く事になっていた。

 寺嶋を交えて五人の昼食。その後、気を利かせた寺嶋が「少し出かけてきます」と家を出て、勇夫は久しぶりに家族水入らずの時間を過ごした。

 そして今、懐かしい自室のベッドで、天井を見上げている。見慣れた日常だったはずの光景。

 確かに懐かしい気がする。随分長い間ここから離れていた気がする。だが。

 勇夫は妙に落ち着かなかった。

 俺は何か変わっちまったんだろうか。折角の休暇だというのに、部屋に一人でいる。もっと親と話したいんじゃないのか。友達と遊んだりしたくないのか。

 勇夫は休暇が決まってからも、学校の友達には連絡を取っていない。何故だかわからないが、そんな気になれなかった。

 考える事は、戦争の事。トライセイバーの事。トモミの支えになる事、そして――。

 戦いの中で見た、少し未来の映像。

 あの透明な感覚の中で見た、一瞬先の未来。

 あれは何だったんだ……?

 勇夫は横向きに身体を丸めた。

 一体どうしちまったんだ、俺は――。

 その時、ドアをノックして、勇夫の姉、優美ゆみの声が聞こえた。

「勇夫、いるんでしょ? 入るわよ」

 そして優美はいつものように、返事を待たずに入って来た。

「今、寺嶋さんとみんなでお茶してるんだけど。しばらくぶりなんだから一人で閉じこもってないで降りてきなさいよ」

 勇夫は答える代わりに、背を向けて丸めていた身体を仰向けに伸ばした。

「母さんも父さんも、もっとあんたと話したいんだよ。わかってるでしょ?」

 もちろん勇夫にはわかっていた。むしろ自分でも、もっと話しておけば良かったと後悔するだろうなと思う。しかし、何故か感情も、身体も言う事をきかなかった。

「わかってる。わかってるんだ……けど」

 優美は肩をすくめて、軽く息をついた。

「……まいっか。あたしはいても邪魔じゃない?」

「……うん」

 勇夫は天井を見つめたままうなずいた。

「あんたさ、少し大人になった? ……って感じもあるけど、まだなんか危なっかしい感じがあんのよね」

 優美の言葉は、勇夫の心にストレートに飛び込んできた。

「危なっかしい……?」

「そうだねえ。なんか足元だけ見て歩いてて、前を見てないって感じかなぁ。ん~、うまく言えないけど、なんかそんな感じ。

 母さんはあんた大人になった、しっかりしてきた、って何度も言ってたけど、あれはそう思いたいけど不安だ、って時の癖だしさ。父さんは何にも言わないけど、案外勘が鋭いからねえ。あたしですらわかるんだから、きっと父さんもそう思ってるんじゃないかな」

 勇夫は思わずふふっと笑った。

 なんだよ。全部お見通しじゃんか。さすが家族って事なんだろうな。

 勇夫は少し心が軽くなるのを感じた。そして同時に、微かな警戒心も芽生えていた。

 そうか。俺はくつろいで安心してしまう事に危機感を感じてたんだ。暖かい日常に戻ったら、二度とあそこに戻れなくなってしまいそうで。

 勇夫は勢い良く体を起こした。

「な、なによ、どうしたの?」

「姉ちゃん、ありがと。なんか一つわかった気がする。なんていうか、何がわかったのかも良くわかんねえんだけど」

 勇夫が優美にそう言った時。

 遠くで微かに警報が鳴りはじめた。

 何か不吉な予感をもたらす、音。

 聞いたこともない音だった。そしてそれは、勇夫の心を、妙にざわつかせていた。



 智美の休暇。

 目の前に娘がいる。

 倉科輝美てるみはともすると涙ぐんでしまいそうになるのを抑えて微笑んでいた。

 副官である稲本友美はとても好印象だった。三人で囲む食卓は笑い声にあふれ、もし姉妹を産んでいたらこんな風だったのかな、と思わせる空気があった。

「そろそろお茶入れましょうかね」

「あ、私がやりますよ!」

 立ち上がる稲本。

「いいのいいの、稲本さんはお客様なんだし。

 ほんとはこういう時に、智美ちゃんが「私がやります」って言わなきゃいけないのにねえ。

 ごめんね、稲本さん。気の利かない子で」

 輝美は智美を軽くにらむと、うきうきとキッチンへ向かった。

「いいじゃーん。久しぶりに帰ってきたんだからくつろがせてよ」

「ほーらすぐそんな事言う」

 キッチンで紅茶を入れながら、輝美の目に涙がにじんでいた。

 智美は明るく笑っている。随分大人になったなと感心もする。でも、何か無理しているような気がしてならない。

 自分を心配させないために? それとも何か別の理由が……?

 あの戦争を終わらせたのは、智美たちが乗っていたロボットだという。しかも、それを中心になって操縦していたのが、あの智美だったなんて。

 智美はどんな経験をしたのだろう。どんな辛い目にあったのだろう……。

「ママー? おやつまだぁ?」

 智美は私を安心させるために、わざと子供っぽく振舞っているんじゃないだろうか。智美は素直に甘える事ができているんだろうか。

 考えるほどに、輝美の目頭が熱くなってしまう。

 ……どちらにしても。

 輝美はあふれそうになる涙をそっとティッシュで吸わせて、表情を整えた。冷蔵庫の扉を開けた。

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