第百十四話 混線。

「ところで、他国の皆さんの戦況はどうなんです?」

「OG、AA、エウロは均衡している。サザンクロスとオリジンは優勢だ。ユーラシアは情報を出し渋っているため、把握し切れていないが、大きな動きは現状確認されていない。詳細な情報は共有する。早急にけりをつけて、支援に回るよう要請する」

 全体的には優勢だという表現だったが、鷹城は冷静に分析していた。「均衡」と表現した国は実際は劣勢に回っているのだろう。自由に生きてきた地上人類と、地底でさまざまな制約の下ようやく生きながらえてきた地底人類では、基本的な国力が違うのだ。鷹城は最初から、この戦いは地底人類の敗北に終わると踏んでいた。

 だが、ヤマトは勝つさ。

 鷹城はそんな思いをおくびにも出さず、四人の男に笑顔を見せた。

「ユーラシアさんも相変わらずですな。まぁ、ヤマトについては心配ご無用。交戦エリアでしとめてみせますよ」

 鷹城が自信たっぷりにそう言った時、警報が鳴った。

「どうやら敵さんが交戦エリアにたどり着いたようですね」

 モニタを覗き込む鷹城につられ、四人の男もモニタに見入った。



「こ、ここは……」

 目の前に突如開けた空間。トモミは思わず声を出していた。

 筑西の大穴の底までたどり着いた後、ハユの誘導で暗い通路を通り抜けた。トライセイバーがその先でたどり着いた空間。それは、殺風景な荒野。砂埃が舞う広大な土地。

「交戦エリア、というそうです。ここは……戦争をする場所……です」

 ハユは鷹城のデータにあった地図を見ながら、言った。

「戦争をする場所って……」

 セリナの声は、信じられないという響きだった。こんな地下でも戦争をしていたというのか。そしてその戦争をする専用のエリアがあったというのか。地底の世界とは一体どんな世界だったのだ。

「どっちの方向?」

 性急に問いかけるトモミ。今はそんな事を考えている時ではなかった。ハユは一瞬、トモミの質問の意味をはかりかねたが、すぐにその意図を把握した。そう。T型M型の量産施設だ。しかし、ハユが地図データを共有しようした時には、トモミは既に移動を開始していた。イツキだ。イツキがハユよりも早くデータを共有していたのだ。

「ありがとう、イツキさん」

 イツキはハユの謝辞には答えず、トモミをコールした。

「見たところ、規模からして20機前後は作ってるはずだ。起動されたら詰む。急げよ!」

「はい!」

 トモミが短く答えてペダルを踏み込もうとした時、六人のコクピットに、この世のものとは思えぬ叫びが響き渡った。

 それは、混乱、錯乱。自らの力で律する事のできぬ感情の奔流。押しとどめる事のできない狂乱にとらわれた、M型パイロット――MISAKIの声だった。



「MISAKI! どうしました!? MISAKI!」

 TSUBASAは焦燥にかられ、何度もMISAKIをコールした。

 MISAKIの様子はただ事ではなかった。単なる思考ノイズではない。このような反応は見た事もなかったし、自分自身が経験した事もなかった。

 大穴の最下部に到達したあたりから様子はおかしかったのだ。M型は硬直したように動きを止めていた。敵機を追尾しているというよりはただ敵機に引っ張られている状態だ。

 彼はM型を支えて、敵に引き寄せられるまま。何が起きたのかを分析していた。だがデータベースのどこにも、目指す情報はない。

「これも、あの悪魔どもの仕業……ですか!」

 T型の目が赤く光った。それは怒りに燃える瞳のようにも見えた。

「ならば……屠り去ってみせましょう……刺し違えても!」

 彼はM型をそっと離すと、両手にビームの長剣を構え、敵機に向けて一気に加速した。



「馬鹿な!」

 鷹城はデスクを叩いて立ち上がった。連合政府の男達も思わず二三歩引いてしまうほどの剣幕だった。

 モニタの右半分に別画面を表示させる。ラボに併設された大型ドックの内部映像だ。

「やはり……。しかし、誰が……」

 ぎりぎりと歯が軋むようにつぶやく鷹城。ドックでは、M型の一斉起動が行われていた。整然と並んだM型の目が光り、起動しているのがわかる。だが、一機も動き出そうとはしていない。

「ほう、既に量産機の準備はできていたというわけですか。ならばもっと早く運用すべきでしたな」

 その言葉に、鷹城はもう一度強くデスクを叩いた。

「……出て行け」

 鷹城が四人を見ずに言ったその言葉は静かだった。そしてすぐにインタフォンのスイッチを入れた。

「筆頭秘書官を出頭させろ。今すぐだ」

 鷹城は四人に目を向けた。出て行こうとしない四人を、その目は非難していた。

「あなたは、我々に命令する権限を持たない。我々は……」

「出て行けと言っている!」

 鷹城の怒気に気圧される四人。鷹城は突然、表情を変えた。にっこりと、穏やかな笑顔だ。

「調整の済んでいないM型を何者かが起動したようです。暴走の可能性があり、大変危険です。連合政府の方々には一刻も早く避難していただきたい。

 私は責任者として対策を講じる必要があります。あなた方がいらっしゃると、その身の安全を図るために、打てる対策も限られてしまいますからね。

 はっきり言って、邪魔です」

 柔和な笑顔。その丸眼鏡の奥で、瞳だけが硬質な光を帯びていた。



 もう一人の私が中に入ってくる。違うものを見て違うものを感じて、違う事を考えている私が。同じデータ。違うデータ。同じものが重なって別のものが混じって。またもう一人の私。またもう一人の私。私の中に入っていく。何が見えているの。同じデータが重なってもう一人の私がもうひとりのわたしがもうひとりもうひとりのわたしが。どうしてわたしがこんなにもうひとりのこんなにわたしがもうひとりの。わたしはわたしはわたしはわたしが。

 TSUBASA。たすけて。

 MISAKIは狂乱したまま、近づいてくる悪魔を追いかけるように、八本の触手を悪魔に絡みつかせた。理屈など考える事はできなかった。本能的な動きだった。

 わたしのところにちかづいてくるあくま。くるな。くるな。くるな。いかせない。くるな。わたしを。わたしが。TSUBASA。たすけて。

 MISAKIは触手を力いっぱい引いた。



 捕まった……!

 M型のMWAが機体に絡み付くわずかな振動を、トモミは明確に感じ取っていた。

 だが、M型はビームを発射する事も、MWAに刃を生成して斬りつける事もせず、ただ取り付いただけだ。

 トモミにはその行動の意味がわからなかった。だが何か、恐ろしい何かがその裏に潜んでいるように思えてならなかった。

「このままあの扉をぶち抜けばドックのあるエリアだ!」

 前方に、巨大な扉がそびえている。ドックで製造された兵器を戦場に送り出す、扉。

 イツキの声に背中を押され、トモミはビーム・バンチ・カノン砲を、行く手を遮る扉に向けた。


 俺ができる事はなんだ……!?

 イサオは自問自答を繰り返していた。敵機を引力で捕らえる事は地上を守る上での切り札になった。しかし、地底まで下りてきた今、ビームの刃を生成して迫ってくるT型を斥力でやり過ごす事くらいしか出来ていない。

 イサオは状況を確認した。ヤマトの内部構造はイツキやハユによって情報がもたらされる。俺は。

 その時、イサオの目の前にM型が飛び出してきた。MWAによって自分の機体を引っ張り、トライセイバーの前に飛び出したのだ。その意図は。

 イサオは叫んだ。

「トモミ! M型は自分を盾にして扉を守る気だ!」

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