第六十九話 出撃。

 青臭い考えだ、と尾藤は思った。それほど単純に、明快に事態が動くなど考えられないし、またそれは危険でもある。

 警察官として勤めあげてきた尾藤にとって、勇夫の青臭さは絵空事であった。勇夫は純粋にそう思っているかも知れない。だが、そういう理想論を利用して自己の利益のみを追求する者は後を絶たないし、最初は純粋な気持ちで理想を掲げていた者が、力を得るほどに変質していく事も、残念ながらもはや一般的と言っていい。

 だが尾藤は、この勇夫の言葉が自分の胸に響いていることを自覚していた。信じたい、とも思った。

 しかし、尾藤はその立場にはない。判断をするのは司法であり、自分は調査するだけの装置でしかなかった。

 だが、いいじゃないか。俺自身がこの少年を信じても。どうせ今は休憩中だ。

 尾藤は少し照れ臭そうに苦笑いした。なんだ、俺もまだまだ青臭いじゃないか。

「なるほどな。休憩中のおっさんとしては、なかなか面白いものが聞こえてきたよ」

 勇夫が自分を不思議そうに見つめているのに気づいて、尾藤は照れ隠しに頭を掻いた。

「でもそう言えば、俺が取り調べられてる罪状って、【過失傷害罪】と、えーとなんだっけ」

「【運転過失建造物損壊罪】か? しかしあれは道路交通法の問題だからな。あれで起訴されることはありえないだろう。取り調べをやらされたこと自体が理解できんよ」

 この取り調べは最初から異様だった。重大な犯罪者を扱うような仰々しい命令と、取り調べ内容。しかしその実態は、未成年者による【過失傷害罪】である。暴論ではあるが、規模が大きいとは言え、子供同士が喧嘩して相手に怪我を負わせた事よりも罪としては軽い。

 勇夫も、その不自然さを感じていた。

「あ、そうか。じゃあ、一つですね。

 ちょっと疑問なんですが、その俺の罪状って、そこまでして閉じ込めておく必要があるものなんですか? そうなんだったらもちろん従いますけど」

「いや、これは異例の対応ってヤツだな。検察も、裁判所も今の対応が異常なのはわかっているはずだ。何かの圧力がかかっているんじゃないかと思うね。人権派の弁護士とやらの組織が動いてるって話もあるしな」

「人権……?」

 勇夫はわけもわからず鸚鵡返しにつぶやいた。『人権派』と言ったら、全ての人の権利を尊重してくれそうなものだけど、俺の権利を異例に制限しているという事なのか……? 尾藤のいう事は勇夫の理解の範囲を超えている。

「まぁ、今聞こえたことは全部独り言だからな?」

 尾藤はそう言ってにやりと笑うと、タブレット端末を取り出した。

「以上、休憩終わり。さて、速水君。我々警察は、被疑者の権利を守る義務がある。困った事があったら、なんでも言いたまえ」

 尾藤はいつもの真顔に戻ると、勇夫の部屋を後にした。

 最後に振り返って笑いかけたその表情が、勇夫の心に残った。



 真島一樹は相変わらずT3-1のコクピットに入り浸っていた。【自分の物】であるT3-1や【トライドライ】に対する興味は尽きなかった。

「お前は俺を、どこに連れてってくれるんだ?」

 一樹はコンソールを操作しながら無意識につぶやいていた。カタログスペックレベルの知識は既に完全に頭に入っていた。もっと奥深くの、秘められた何かを探り当てたい。

 元来、真島一樹の頭は悪い方ではない。むしろ、ドロップアウトする前の学業成績はトップレベルであった。その瞬間を生き抜くためだけに全ての能力を費やして来ていた一樹にとって、T3-1は全ての興味を傾けるべき最高の素材だったのである。

 一息つこうとしてハッチを開けた。あの女――倉科智美が今日もシミュレータで訓練している事はわかっていた。

 飽きないねェ――。一樹は自分の事を棚に上げてそう思う。親と一緒に帰ればいいものを、わざわざ残るなんて馬鹿もいいところだ。

 タイミングよく出てきたら、どうやってからかってやろうか。

 一樹がハッチを出ると、思いがけない声が一樹を呼び止めた。

「真島さん」

 思わず舌打ちが出る。あのいまいましいガキだ。

「あの、相談があるんですけど……」

 声がおびえていた。一樹の苛立ちがますます高まる。一樹は返事もせずに、タラップの柵に寄りかかってじろりと華夕を見た。華夕の後ろに、金富が立っていた。

「明日……【トライドライ】で筑波の近くに行きたいんです。協力してもらえませんか?」

 一樹は華夕の声など聞こえないように黙っている。最初に一瞥をくれただけでその後は彼女を見ようともしなかった。

「筑波基地の状況や、システム内部の事を調べたいんです。地下で行動すれば安全だと思います。ですから……」

「いやだね」

 一樹はまともに華夕の目を見据えて言った。視線を金富に移してうんざりしてみせる。

「なぁ、軍人さん。俺はベビーシッターじゃねえんだよ。ガキのお守りはそっちでやってくんねえかな」

「真島君……!」

 さすがに金富の声も荒立ってきた。

「強制はしねえんだろ? それに、俺は民間人だ。圧力かけちゃあまずいんじゃねえの?」

 一樹はニヤニヤ笑いながら言った。

「俺はガキは嫌いなんでな。お守なんざお断りだ。そっちで勝手にやりゃあいいだろ。出来るもんならな」

 一樹は嘲るように笑い飛ばすと、コクピットの中に消えた。

 後には、打ちのめされた華夕と、憤懣やるかたない金富が残された。



 翌6月6日9:50。

 国会では、防衛警備委員会の準備が進められていた。傍聴席や報道関係者席が増設されている。5月31日に起きた上野における戦闘での被害者が参考人として招致され、軍と政府への追求が行われることとなっていた。

 国会前にはマイクロバスが連なり、デモ隊を吐き出した。

 熱い一日が始まろうとしていた。



「頼造おじさん、ごめんなさい。帰ってきたら、残り、必ず作ります」

 華夕の小さな手が、802羽の鶴を繋げて、そっと頼造の体の上に置いた。

「……行ってきます」

 華夕は決意の足取りで、病室を出て行った。

 華夕の姿が見えなくなくなった廊下の片隅で、舌打ちの音が響いた。



「……結局、あいつは間に合わなかったか」

 光に慣れるための調整、そして温度への順応。

 まる二日をかけて慎重にチューンアップされた真紅の巨体は、大きな力を宿し、それがゆえに美しかった。

「まぁ俺と、お前達だけで充分だ。な?」

 光の下で見る無人機たちは何も言わなかったが、彼は満足していた。

 彼らを地面に繋ぎ止める重力がその力を減じ、逆転した。

 機体が上に引っ張られるように上昇していく。

 遥か彼方に見える小さな光点。地上への出口だ。

 彼は残してきたパートナーへの心残りをかすかに感じながら、加速していく上への落下を気持ちよく知覚していた。

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