第六十四話 それぞれの対決。

「こちらの大榊航空壱尉が、【Tシリーズ】の運用責任者になります。そして、宮司技術壱尉が整備等の責任者です。二人とも、よろしく頼みます」

 改めて御殿場防警相から紹介が入る。

「しかし、その【Tシリーズ】というやつが、敵に対して有効なんだったら、最前線に行くことになりますよね。安全を図って下さるという事ですが、敵に対抗するのが難しい軍の人たちが、【Tシリーズ】を守るために多く犠牲になる。そんな事が許されますか? だとしたら【Tシリーズ】を守るなんてことが本当に行われますか?」

 勇悟の問いには大榊が口を開いた。

「【Tシリーズ】の防衛は、もしパイロットが通常の軍人であったとしても最優先になります。なぜならば、対抗できる数少ない戦力だからです」

 大榊が冷静に語る言葉は室内に静かに響いた。

「もちろん、協力者であるパイロットの方々の安全を図るのは第一義です。ですが、それは作戦の合理性とも合致しております。したがって、我々は何としても【Tシリーズ】を守ります」

「んむ……」

 勇悟は小さく何度もうなずきながら聞き、小さく唸った。

「質問があればどうぞ。質問が終わりましたら、それぞれ自室で、結論を出してください」

 岐部首相は穏やかに言った。この場で結論を出させないのは、他のメンバーの決断が心理的なプレッシャーになることを避けたかったためだ。軍として、政府として、できる限り個人の意思を尊重したいという気持ちの表れであった。

「あの……っ」

 智美が手を上げた。室内の視線が智美に集中する。

「香川さんは……どうなるんですか……?」

 その場に居ない、唯一の【Tシリーズ】パイロット。彼の現況や今後の処遇をどう考えているのか、智美にはそればかりが気にかかっていた。

「香川さんの回復には全力を尽くします」

 岐部首相が答えた。

「私は、香川さんについては、回復させられるかどうか、ではなく、どれだけ早く回復していただくか、という事を考えています。回復はもう必ずしていただく、と。回復が早ければ早いほど、筋力等の衰えを防ぐ事ができますから。

 そして、香川さんにつきましても、ご本人のご意思を尊重したいと思っております」

「そんな事言ったらあのおっさんは喜んで志願するだろうな。何しろ死にたがっていたから」

 一樹の言葉が響くと、場の空気にぴーんという緊張感が走った。

「それを利用しようってんじゃ、ねえだろうな? 政府のお偉いさん」

 御殿場防警相が色をなして立ち上がりかけるが、岐部首相は穏やかに、御殿場大臣を制した。

「そう取られても仕方がありませんね。いや、実際我々は、そうやってあなた方を利用しているのでしょう。言い訳のしようもありません。それも含めて、判断の材料にして下さい」

 岐部首相の言葉はあくまで潔かった。

「ふぅん。さすが一国のトップだね。食えねえおっさんだ」

 一樹はそう言うと立ち上がった。

「あとは自分で決めりゃあいいんだろ。じゃあ俺は一足先に失礼するわ」

 唖然として見送るしかない一同を尻目に、一樹は会議室を出て行った。



「で、どうなんだ。お前は人が殺せるのか? そして、倉科さんのお嬢さんや今野さんのお嬢さんが人を殺すのを見ていられるのか?」

 勇夫の部屋に戻ると、勇悟は単刀直入に聞いた。前置きはもう充分だった。

「正直わからない。今どんなに覚悟を決めていたとしても、実際その場になったら違う決断をしてしまうかもしれない」

 勇夫は正直に言った。

「そんなあやふやな覚悟で、戦場に出すわけには……」

「最後まで聞いてくれよ!」

 勇夫は勇悟の反論を遮った。

「俺だって人を殺したくない。倉科や華夕ちゃんに人殺しをさせるなんて出来るわけがない。そして、巻き込まれて人が死ぬなんてのもまっぴらなんだ。

 だから俺は、一番人が死ななくてすむ事をやる。これから何人も人を殺すような敵が出てきたら、そいつの戦う力を奪う。それでも人を殺そうとしたら、動けないようにする。それでもだめだったら……その時は、俺はそいつを、倒す」

 勇夫が言った瞬間に、優佳が堪えきれず涙をこぼした。

「もちろん、そこまで出来る余裕はないかもしれない。最初から全力で倒しに行かなければこちらがやられる場合も出てくると思う。そしたら、俺は全力で戦う。最善が無理なら、次善。その時できる、一番人が死ななくてすむ方法を俺はやる。

 それでもし敵を殺したりしたら、俺はその後苦しむかもしれない。でも、それでも俺はそれを背負おうと思ってる。

 でも、出来るだけ人が死なない、出来るだけ人が人を殺さない、そのために俺は戦いたいんだ。俺が戦うことで、明らかに死ぬ人が減るんだったら、俺は戦うよ」

 勇夫はそこまで言い切って、きゅっと口を結んだ。

 泣き続ける優佳。勇悟は無言で立ち上がり、キッチンへ入った。

 換気扇が作動する音が聞こえた。


「私、自分に言い訳をして動くことが出来なかった。もうそんなのいやなの。自分がやることをやらないで誰かを見殺しにするなんて、絶対にしたくない。

 自分に出来るのかとかそういう事じゃないの。私が、この戦いを早く終わらせたいの」

 智美は、戦うことの意味までをそれほど深く考えてはいない――輝美はそう思った。しかし、自分の娘に通った芯の太さ、硬さは想像をはるかに越えていた。今考えていない問題に直面しても、その芯が折れなければ、彼女にとっての正しい道を選ぶことが出来るだろう――輝美は自分の娘の短期間の変化を改めて感じていた。

 それは、午後の説明会前に見せられた【T1-1】と、そのシミュレーションプログラムを必死でこなす娘の姿でも明らかだった。

 輝美は、もう泣かなかった。


「私が乗っている【トライドライ】は、情報収集と電子戦用の機体なんです」

 華夕は淡々と説明していた。

「つまり、戦うにあたってこちらを有利な状況にしたり、戦う以前の段階で敵を無力化したりするためのものです。ですから、任務は最前線に出ることじゃありません」

 華江はじっと聞いていた。何も考える事が出来ないと言ってもよかった。

「最前線に出て守ってくれている人たちを、後ろから守るのが私の役目です。そして私は【トライドライ】の性能を引き出すのに適していると思うんです。みんなを安全にするために、私が必要だと思うんです」

 華江には、華夕の決心を変えさせる言葉は何も残っていなかった。


「じゃあ、今日のところは帰る」

 その言葉を残して、両親は勇夫の部屋を出ていった。

 勇夫はまだ換気扇が回っているキッチンへ入った。父が残したタバコの香りがまだうっすらと残っていた。シンク内の三角コーナーに、濡れた吸殻が二つ。

 勇夫はついさっき、父親とここで交わした会話を思い出していた。


「何がどうなろうが、俺と母さんはお前が戦う事を許しはしない」

 二本目のタバコに火をつけながら、勇悟は宣言した。

 勇夫はうなずいたが、勇悟を見返す意思のこもった目は変わらない。

「でもな。俺がお前の立場にいたら、同じ決断をしただろうな」

 勇悟は勇夫の肩をぽんと叩いて、蛇口を捻り、タバコに水をかけて消した。

「母さん。帰るぞ」

 勇悟はキッチンの外に向かって、優しく声をかけた。

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