第五十九話 親父の拳、母親の涙。

 勇夫を連れてきた警官二人が勇夫を残して退室する。それを確認して、五十畑は口を開いた。

「ではまず、ご子息ご息女が置かれております現状について、ご説明を致します。大榊壱尉」

「はっ!」

 大榊は敬礼をし、きびきびとした口調でここまでの経緯を説明した。軍機に関わることについても、口外しないことを再確認した上で明かした。鷹城明のこと、地底国家ヤマトの事はさすがに伏せられていたが、その他の事については洗いざらい語られたと言ってもよい。

・光が丘地震に巻き込まれ、地下からの脱出の際に新兵器に搭乗してしまった経緯。

・パイロット登録により、勇夫たちにしか新兵器が扱えないという現状。

・勇夫たちに協力を要請し、戦闘にかりだしてしまった事。

・二度目の戦闘に於いて、勇夫が街を救おうとして先制攻撃をしてしまった事。

・現在勇夫が警察の取調べを受けていること、またその容疑について。

 大榊が語った事はこのような内容だった。

 子供達を戦闘にかりだした件では保護者達は一瞬色をなした場面もあったが、軍人達の真摯なお詫びと勇悟の「とりあえず、一旦最後まで聞きましょう」という言葉で落ち着きを取り戻し、大榊は最後まで説明をする事ができた。

「どのような事情や経緯があったとしても、ご子息、ご息女を戦闘に送り出すと言う事は許されることではありません。本当に申し訳ございませんでした」

 五十畑をはじめ、大榊、宮司、金富ら軍人一同は深々と頭を下げ、しばらく頭を上げることはなかった。

「……勇夫」

 勇悟は頭を下げたままの軍人達から息子に視線を移した。

「今、この軍人さんがおっしゃった事に間違いはないか?」

「え……?」

 勇夫は一瞬何のことかわからず、聞き返す。

「軍人さんのご説明に間違いはないかって聞いてるんだ。お前はこの軍人さんの命令を無視して戦闘を始めた。それは本当なんだな?」

 これは親父が本気で怒っている時の態度だ。勇夫は覚えていた。今まで数回しか見た事がない、父親の本気の怒り。こんな時は腹をくくるしかない。

「うん。俺は俺の判断で勝手に行動した。命令を無視した。大榊さんの言った事は全部本当だ」

 その言葉を聞くなり勇悟はつかつかと勇夫に向かっていく。

「でもあそこでああしなきゃ、もっとみんなが危険に……」

「そんな事はわかってる!」

 勇夫の言葉をかき消す怒号とともに、勇悟の拳が勇夫の左頬にめりこんだ。勇夫の身体は音を立てて壁にぶつかり、崩れるように倒れた。

 智美が小さく悲鳴を上げ、同時に宮司が声をあげた。

「速水さん!」

「すみませんね。軍の偉い方が見てる前で醜態を晒してしまって。でもこれはうちの教育の問題です。黙っててもらいましょう」

 勇悟の言葉は静かだったが、場にピーンと緊張感が走る迫力があった。

「勇夫。いつも言ってる事を忘れてないだろうな?」

 勇夫はのろのろと身を起こして頭を振った。そして床に座り込んだまま答える。

「最後の決断は自分でしろ。そして決断の結果は全て自分で受け止めろ」

「そうだ。他人の意見はちゃんと聞いて、その上で自分で決断する。決断の結果を他人のせいにはするな。だから、お前が決断した事自体には文句はない」

 勇悟は勇夫の腕を引っ張りあげて立たせた。

「だが、俺はお前の親だ。お前の命や幸せに責任がある。だからお前の命が危険に晒される事は許すわけにはいかない。ここにいる軍人さんたちも同じだ。お前が危険な目にあったり、後で困った立場に立たされたりするよう事がないように命令を出して下さってた。それもわかるな?」

「わかってる。ガキの頃言われた。親父や母さんは俺が不幸にならないために色々言う。俺の考えていることと違う事もあるだろう。もし、俺がどうしても必要だと思うなら、親父に殴られることを覚悟の上で決断しろ、だったよな」

 勇夫が殴られた左頬をなでながら言った。くっきりと痣が出来てしまっている。

「わかってるとは思うが、もう俺に殴られるだけじゃない、自分が死ぬかもしれないと言う事も含めて決断しなきゃならないんだ。そして、お前が死ぬって事は、お前だけが受ける報いじゃないって事を忘れるな」

「俺だけじゃない……」

 勇夫がかみ締めるように繰り返す。

「そうだ。お前が死ぬというのは、俺や母さんはもちろん、お前を知ってる全ての人がお前を失うという報いを受けるって事なんだ。お前のこれからの決断にはそれもかかっている事を忘れるな」

 勇悟の口調はぶっきらぼうだった。本気で説教している時の癖だ。勇夫はその事を十分すぎるほど知っていた。

「決断に正しいも間違いもない。相応の報いがあるだけだ。その報いの大きさを理解した上で、自分で決断しろ。……そう言う事か」

 勇夫は一つ一つの言葉を心に刻むように繰り返した。子供の頃から言われ続け、それなりの覚悟をしてきたつもりだったが、はっきりと意味がわかった今となっては、その重みは比較にならなかった。

「軍の方々にも申し上げたい。息子の決断を尊重してくださったことには感謝しますが、親である私としては、あくまで戦場に送り出す事を承服できません。その事をお忘れなきよう。息子をよろしくお願いします」

 勇悟は五十畑ら軍人に深々とお辞儀をした。

 大榊は勇悟の言葉に激しく胸を打たれていた。身の引き締まる思いだった。勇悟のお辞儀に呼応して、自然と身体が敬礼した。

「必ず、息子さんをお守りします。何があろうと。この身を投げ打ってでも」

 大榊の声が珍しく震えていた。大榊の横で、宮司や金富、五十畑も同様に敬礼していた。



 説明会の後、智美の部屋で母娘水入らずの時間が取られていた。

 二人きりになると、智美はぽつりぽつりとこれまでの事を語った。輝美は娘の語る、自分が知らない経験を信じられない思いで聞いていた。

 光が丘地震に巻き込まれ、大量の死体が転がる暗闇の中をさまよったこと。機動兵器に乗り込み、少なくない数の敵を撃破したこと。戦闘のプロフェッショナルである軍人の危機を救ったこと……。

 架空の世界の話としか思えなかった。しかし、我が娘が淡々と冷静に語る恐ろしい事実の重みは、輝美を押しつぶすように襲い掛かってきていた。智美を守ってやりたかった。しかし、自分の力の及ぶところではない。

 智美は、もう親である自分の手の届かないところで、自分の考えで生き抜いて来たのだ。輝美は突然そう察知した。たった10日あまりで、娘はすっかり見違えてしまった。

 輝美の目から一筋、涙がこぼれた。

 今まで智美にだけは絶対に見せまいと誓っていた涙。しかし、一度流れてしまった涙はもうとどめようがなかった。

 輝美は、声をあげて泣いた。

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