2-5 忍び寄る影

 丘の上にある洋館は、市街地から外れた場所にある。近くに民家はなく、現地の人間でなければ分からないような奥まった立地。それでも近づくにつれて見えてくる建物は、長らく人が住んでいないとは思えないほどにしっかりした造りをしていた。

 遠目から見ても古く、手入れが行き届いていない。そう分かるのだが、きちんと修理さえすれば使えるだろう。そう思わせるだけの安定感がある。


 丘を登り、大きな門の前に立つ。門の隙間から見える洋館の外装は、建てられた当時、最高峰の技術で作られたのだと分かる。しかしそれは長年放置されたことにより遠目に見ても崩れ、ひび割れ、庭には雑草が多い。門や外装にツタが絡まる様子は、見る人によっては趣がある。というのかもしれない。

 いわく付きだというのに不動産がどうにか売りたい。そう思った気持ちも分からなくはない。この建物が放置され、誰のものでもないというのは勿体ない。そう感じる人もいるだろう。


 しかし、それは遠目から見ていた感想であり、近づくにつれて私は妙な感覚を覚え始めた。肌がざわつくというか、落ち着かない気持ちになるというか。とにかく今すぐ帰りたい。そういう衝動にかられ始めたのだ。


 隣を見ると香奈は目をキラキラと輝かせていた。香奈からすれば分かりやすすぎるホラースポットが目の前にあるわけだ。相変わらずと呆れつつ、香奈の反応に少し安心する。香奈の態度からいって、妙な感覚を覚えている様子はない。

 私の気のせいかもしれない。そう思って他の人を見ると、眉を寄せた小野先輩と、小野先輩にピッタリくっついている千鳥屋先輩が目に入った。付き合っているのか。と邪推するような距離の近さだが、2人の間に甘い空気はない。どころか、警戒するように2人とも洋館を睨みつけている。


 香奈とは全く違う反応に、私は冷や汗を流した。どちらかといえば香奈は鈍い方に当たる。オカルト好きなのに、見る、感じる力はほとんどないと子狐様に言われたほどだ。

 その子狐様は、商店街で別れた。今頃は祠の候補地を探しているだろう。ついてきてほしかったと思うが、もう遅い。


 今のパーティーでオカルトに対し有効な手段を持っているのは2人。その2人である彰、リンさんへと視線を向ければ、彰は一目で分かるほど不機嫌そうな顔で洋館を睨みつけていた。

 その表情を見て、私は絶望感を覚えた。彰がこの反応では、簡単にはいかないだろう。


「彰……いるの?」

「……うようよいる……しかも子供ばっかり」


 彰が嫌悪を丸出しにして吐き捨てる。今までにないくらいに嫌そうな顔をして、眉を吊り上げ、視線を逸らす彰を見るとただ事ではない。

 子供の泣き声、悲鳴、たまに姿を見る。その話を思い出して私はゾッとし、腕をさすった。彰が発言から考えて、嘘ではなく本当にそこにいるのだろう。


「趣味わる……」


 彰の言葉に目を輝かせていた香奈の表情が曇った。観光気分ではダメだと思ったのか、表情が引き締まり、じっと洋館を見つめる。

 私も洋館を見てみるが、門の前まで近づいても何も見えない。歴史を刻んだ古い大きな建物が目の前にある。それくらいしか私に分かることはなかった。

 いや、彰の表情を見るにそれしか分からないのは幸運なのかもしれない。


「……なあ、リン……」


 彰の後ろを漂っていたトキアが珍しくリンさんに声をかけた。それから彰の元を離れてリンさんの方へと移動する。

 彰の元を離れてリンさんに近づく。その珍しい行動にかすかな興味とともにトキアの動きを目で追うと、さらに珍しいことにリンさんが神妙な顔で洋館を見ていた。


 私は驚きで目を見開く。そういえばリンさんは洋館に来る前は妙に楽し気だったが、近づくにつれて言葉数が少なくなった。リンさんの反応を見ると、ますますマズいのではと危機感が増す。


 リンさんはトキアにチラリと視線を向けたものの、すぐに洋館へと視線を戻した。彰がいる手前、声を出して答えることは出来ないのだろう。


「この感じ……分かるか?」


 トキアはリンさんに近づくと、内緒話でもするようにそう囁いた。質問にしては曖昧過ぎる言葉だがリンさんは眉を寄せて、小さく頷く。

 そのリンさんの反応を見てトキアは顔をしかめる。トキアが見えるようになってから初めて見る表情だった。厄介なことになった。と言わんばかりにため息をつき、額に手を当てる。


 それは目の前に現れたホラースポットの扱いに困っている。それとは種類の違う反応に見えた。他人事にしては緊迫感があり、何も知らないにしては重苦しすぎる。

 なにより、日頃から楽し気な空気を崩さないリンさんが神妙な顔をしているのが気にかかる。リンさんがこういう反応をするときは大抵彰がらみ。そして、面倒事だった記憶しかない。


「とにかく、中入ってみるか」


 私が考え事をしていると、彰が門に手をかけていた。

 リンさんが焦った顔をして彰へと駆け寄る。


「彰、ここは俺が見とくからお前は帰った方がいいって」

「は?」


 突然のリンさんの申し出に彰は驚いた顔をした。私もその提案に驚いた。香奈と千鳥屋先輩、小野先輩も意外そうな顔をしている。トキアだけは「バカが」みたいな呆れた顔をしていた。


「ここ、本当にヤバそうだし、俺が見て何があったかいうからさ、お前らは帰れよ。あぶねえし」


 リンさんはそういって必死に彰を止めようとしている。いつになく真剣な様子を見て彰は眉を寄せる。

 私はリンさんとトキアのやり取りが聞こえていたから、ここは本当にまずい所なのだ。そう何となく分かる。一般人である私たちはもちろんのこと、彰でも対処できないような何かがいる。そういう場所なのだと察しがついた。

 しかし、彰にはトキアが見えない。トキアの声も聞こえない。リンさんがトキアの事を説明できるはずもない。だから彰からするとリンさんの突然の反応は意味が分からなかったのだろう。


「お前、僕に知られてマズいようなもの、ここに隠してるの?」


 そのうえ、日頃のリンさんの行いが影響した。

 たしかにリンさんの様子は、見られたくないものを必死に隠している。そうとも受け取れる。私だって事情を知らなければ、リンさんこんな洋館で何してるんだ。って思ったかもしれない。

 トキアが視界の端でリンさんを睨みつけていた。お前、何してくれてんだ。という怒り沸騰の視線がリンさんを突き刺すが、リンさんも必死だった。


「違うんだって! 本当にここまずいから、一旦帰ろうな! 俺がみとくから!」

「お前一人が確認したって何一つ信用できないんだけど」


 彰はジト目でリンさんを見る。リンさんがそんな! という顔をしたが、彰の意見に全面同意であった。たしかに信用できない。先ほどまで、不穏な話を聞いて不謹慎にも楽しそう。とはしゃいでいた人間。というか人間でもない存在だ。

 これをいったのがるいさんだったら、彰も聞く耳をもっただろうに。完全に人選ミス。しかしこの場において、リンさん以外に彰を説得できそうな人間がいないのも事実だ。


 トキアがリンさんを見る目が、本格的に殺す。というものに変わっている。リンさんはいろんな焦りからか、必死に彰を止めようと体を掴むが、彰はリンさんが必死になればなるほど不信感を募らせている様子だった。


「彰、よくわかんないけど、リンさんがこれだけ言うんだし一度帰ってもいいんじゃない?」


 あまりにもリンさんが不憫に思えてきたので、私は助け舟を出すことにした。リンさんから、天の助け。と言わんばかりの反応を返されるが、正直うざったい。私はリンさんは無視して、彰へと視線を合わせた。


「私もなんか落ち着かないし、ここは本当にまずいんじゃない? 一度情報集めに戻った方が」


 二の腕をさすりながら私はいう。これはリンさんへのフォローであると同時に本心だった。あまりここに長いをしたくない。私には何も見えないが、それでも近くにいるだけで不安になってくる。

 私の反応に彰は考えるそぶりを見せたが、頭を左右に振った。


「せめて何かあったかぐらいは聞かないと……あんな小さい子が泣いてるの見て見ぬふりなんて……」


 彰がやけに悲し気に敷地の中を見る。私には何も見えない。ただ嫌な感覚だけがする場所だが、彰にはしっかり見えているのだろう。

 唯ちゃんと同じだ。この場にマーゴさんがいたら私も見ることが出来るのだろうが、目の前に現れた現実に私は耐えられるのだろうか。彰がここまで切羽詰まった顔をするような光景を見て。


「それなら、尚更ちゃんと調べた方がいいんじゃないか? 俺には子供なんて全く見えないが、ここが危ない場所だっていうのは何となく分かる。長いすべきじゃないと思う」


 小野先輩がそう言いながら険しい顔つきで周囲を見渡した。千鳥屋先輩は相変わらず小野先輩にピッタリとくっついている。仲がいいですね。なんて茶化す空気ではない。私だって頼れる相手がいたなら、同じようにくっついていただろう。

 そう思うと、この場において香奈が私にくっついて来ないことが不思議だった。香奈は不気味な空気など一切感じていないのだろうか?


 そう思い、香奈へと視線を向けたところで獣の唸り声が聞こえた。

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