6-5 後始末

 商店街宣伝パフォーマンスから一週間後の日曜日、私と香奈、千鳥屋先輩という少々変わったメンバーは祠の前に集まっていた。学校がないため全員私服なのだが、千鳥屋先輩は動きやすそうなシンプルな恰好で現れた。人目に触れる状況でもないのに勝負服を着る必要がないとのことで、ゴスロリは勝負服だったのかと私と香奈に衝撃が走った。

 学校でいったい何と闘っているんだろう。


 日曜日にわざわざ祠にくるやついないでしょという彰の若干失礼な読み通り、祠には私たち以外の姿はない。私と香奈は久しぶりに、千鳥屋先輩は初めての、地面に座布団を直置きだ。


 最初は戸惑っていた千鳥屋先輩もすぐに慣れたらしく、子狐様の入れてくれたお茶を飲み、美味しいと上機嫌。

 子狐様も、千鳥屋先輩があっさり自分を受け入れてくれたためか機嫌がよく、千鳥屋先輩に「お菓子はどうですか?」と孫を前にするおばあちゃんみたいな態度を見せている。

 最近顔をだしていなかったこともあり、世間話に花を咲かせ、話題も尽きたところで子狐様が少々呆れた顔でいった。


「ずいぶん派手にやったようですね」


 主語はなかったが一週間前のパフォーマンスのことに違いない。聞くところによると子狐様も祠から参加していたらしい。

 山の中、学校の敷地内であれば祠から動かずとも狐火を自由自在に出せるくらいには回復したという話を聞き、私は喜べばいいのか怖がればいいのか微妙な気持ちになった。子狐様が不用意に人を脅かすことはないだろうが、人ではない存在にとってはその程度容易いことだと見せつけられると何とも言えない気持ちになる。


「何だか揉めていたようでしたが、大丈夫でしたか?」


 子狐様がいうのはパフォーマンスが終わった後、小林先生が乗り込んできたことだろう。

 宣伝が大盛況に終わってすぐ、鬼の形相でやってきたのは生徒会顧問の小林先生だった。その後ろから慌てた様子で追いついてきたのは日下先輩で、おそらく早めに来て生徒会業務をしていたのだろう。前よりもマシになったとはいえ相変わらずのワーカーホリックだ。


 当たり前だが小林先生は怒り狂った。学校内に部外者が侵入し、やぐらまで立てて朝からパフォーマンス。しかも入ってきたのは筋肉とフリル付きエプロンという異色な組み合わせを誇る白猫カフェの店員である。


 真面目な小林先生ならもちろん、真面目じゃなくても普通の神経をしていたら怒るだろう。

 ちなみに野次馬精神で様子を見に来た一条先生は、白猫カフェの面々を見て腹をかかえて笑っていた。「面白すぎ。放課後行く」とまで宣言し、実際に行ったらしいのでこちらは普通の神経を持ち合わせていなかったようだ。

 その様子を見て小林先生がさらに怒ったことは言うまでもない。


 状況に慌てたのは私と香奈、おそらくは駆け付けた日下先輩だった。

 偶然いあわせた観客は小林先生が来るとそそくさといなくなった。マーゴさんは気絶したリンさんの頬をぺちぺち叩いていたし、クティさんは興味深げに小林先生を眺めるだけで助け舟を出す気はなし。

 宮後さんは口を出せる立場にないし、他の白猫カフェのスタッフはでかい図体のわりにオロオロしていた。お前らの筋肉は飾りなのかとツッコミたくなったがそんな状況でもない。


 小林先生は状況をざっと確認し、彰を視界に収めると盛大に顔をしかめた。周囲に事情を聴くまでもなく彰が主犯に違いないと決めてかかったらしく、眉を吊り上げて彰の元へと歩いてくる。ほぼ私怨だろという行動に私は呆れるが、全くの勘違いでもない。


 細身な割には身長があり、なおかつ顔色が悪い小林先生は間近で見降ろされると百合先生とは違った迫力があるのだが、彰はにこやかな笑みを返していた。それだけでも小林先生の神経を逆なでするには十分だというのに「先生おはようございます」と白々しすぎる挨拶までする始末。

 小林先生の顔に青筋がうかんだのが見えた。日下先輩が慌てて止めに入ろうとしたが、それよりも先に助け舟をだしたのはなんと百合先生だった。


 やけに疲れた顔で私たちの前に現れた百合先生は一枚の紙を持っていた。でかでかと遠目にも見える文字で「許可証」と書かれたそれをみて、小林先生の表情が変わり、忌々し気な顔で舌打ちする。

 小林先生の反応を見るに、校長。または理事長から発行されたものだったのだろう。「さっさと片づけてください」と親の仇でも見るような顔で百合先生と彰をにらみつけ、小林先生はズンズンと足音を響かせながら帰っていく。その後ろ姿に私は同情を覚えた。

 私怨が含まれているとはいえ、小林先生の主張の方が正しいというのに、彰のずるがしこさの前では正当性などなんの意味もないのである。


「寮母さんに許可とって、百合先生が証明書作ったんだってさ」


 後日彰に聞いた話をすると千鳥屋先輩は納得した顔をし、香奈は感心した顔をした。

 香奈、そこは感心するところじゃないからと私は思うが、彰の根回しのお陰であっさりことが済んだのも確か。彰が事前に準備してくれていなかったら、同じ部活に所属する私と香奈にも何らかの罰があっただろう。

 そもそも私たちに何の相談もなく、勝手にパフォーマンスした彰が悪いのだが。


「私もパフォーマンス見たかったわ……圭一何も教えてくれないんだもの」


 拗ねた様子で千鳥屋先輩がつぶやいた。

 千鳥屋先輩は何も知らず、寮でいつも通りの朝を過ごし、パフォーマンスの事をしったのは教室についてからだったらしい。小野先輩に何で教えてくれなかったのと詰め寄る千鳥屋先輩、たじたじになって慌てる小野先輩の図は振り回された側としては愉快だった。


「すごかったですよ! 別の世界にいったみたいで!」


 香奈は目を輝かせて語るが、マーゴさんの作る赤い空間は異空間みたいなものなので、実際別の世界に行ったともいえる。

 私は何度か肝が冷えたが、香奈としては楽しいアトラクションだったらしい。あのうさん臭い人達を疑わずに信頼できるのだから香奈の心は広い。


「尾谷先輩は可哀想でしたけどねえ……」


 私の感想としては巻き込まれた尾谷先輩が不憫でならないの一言だ。最後はリンさんも可哀想だったが、リンさんの場合は自業自得ともいえる。途中からは演技ではなく完全に素だった。それもあって彰は最後に分投げるという荒業をしたのかもしれない。調子のんなよと口ではなく体で教えたわけだ。恐ろしい。

 それに比べると尾谷先輩は本当に巻き込まれただけだった。可哀想にもほどがある。


「お灸という意味ではちょうどよかったんじゃないかしら。更生のきっかけにもなったようだし」


 尾谷先輩に対して元々いい印象を持っておらず、あの場にもいなかった千鳥屋先輩はあっさりそういってお茶を飲む。

 一度祠を壊されたことのある子狐様も「人は痛みを知って成長するのです」と冷たいお言葉。尾谷先輩もこうなると自業自得。クティさんに言わされば選択の結果だったのだろう。


 パフォーマンスに巻き込まれ、散々な目にあった翌日、尾谷先輩はプリン頭を真っ黒に染め直してきた。制服の着崩しもやめ、下級生いびりなどの問題行為もしなくなり、サボっていた授業にも真面目に出るようになった。

 百合先生に聞いた話によると「真面目に地味に生きた方がいいと気付いた」と遠い目をして語ったらしい。

 なんというか……ご愁傷様である。せめて今後は静かな人生を歩んでもらいたいものだ。


「商店街の方はどうなんですか?」

 香奈が聞くと千鳥屋先輩はにこりとほほ笑んだ。


「順調よ。人員確保もできたし、岡倉さんのお陰で営業方針の見直しとか、今後のイベントめども立ったし、資金源も確保できたし」


 最後の千鳥屋先輩の一言は意味深だった。

 私の頭、おそらく香奈の頭にも重里玲菜の不快そうな顔が浮かぶ。はめられたようなものなので怒るのも無理はないが、こちらも小宮先輩へしたことを思えば自業自得ともいえる。


 数日前、岡倉さん、千鳥屋先輩、彰の三人で改めて交渉に行ったらしい。その時に具体的な契約をしたと聞くが、かなり商店街に有利な内容だったとか。

 間違いなく彰が脅したのだろう。千鳥屋先輩の「彰君って見た目に反してドSよね」という感想が物語っている。具体的にどんなことを言ったのかは聞かずにいる。聞いたら重里に同情してしまいそうだし。


「すべて彰様の計画通りに進んでいる。そういうことですね」


 だいたいの事情を聴き終えて子狐様が微妙な顔でまとめた。子狐様としても商店街の復興は喜ばしいことなのだろうが、彰の手のひらの上と考えると複雑な気持ちになるらしい。

 その気持ちはよく分かる。


「あの一族は人を使うのが上手いですから……」


 ぽつりと千鳥屋先輩がつぶやいた。小さな声だったが、丁度会話が途切れた所だったのでやけに響いて聞こえた。千鳥屋先輩の言葉に子狐様が眉を寄せる。意味が分からないというよりは、同意するような表情だった。


 その反応を見て、そういえば彰のことは聞けずじまいだと思い出す。商店街の問題も解決したし、そろそろ聞いてもいいのでは。そう思って口を開いた瞬間、


「おー、集まってるー」


 空気を打ち破る、のんびりした声が周囲に響いた。

 お前、このタイミングで来るのかと私は八つ当たり気味に振り返る。タイミングといい、中性的な声といい彰に違いない。

 私たちを呼び出したわりには時間に遅れたことも含めて文句をいってやる。そう思って振り返ったというのに、彰の腕の中に予想外の人物がいたことで毒素が抜けた。


「お姉ちゃんたち、こんにちは」


 彰に抱っこされた比呂君が笑顔で挨拶し、ぺこりと頭をさげる。彰なんてどうでもよくなるような、造りあげられたものではない本物の笑顔。世界の幸せを詰め込んだらこんな表情になるに違いないという愛らしい表情に、私の頬が緩む。香奈と千鳥屋先輩も優しい顔で比呂君を見ていた。


 例外なのが子狐様で、比呂君と彰を見比べて目を見開いている。彰が可愛らしい子供を抱っこしているという状況がどうにもつながらなかったらしく、「誘拐?」という言葉を発した。すぐさま彰が子狐様をにらみつけるが、私からすると子狐様の気持ちの方が分かる。

 邪悪な彰と純白の比呂君ではミスマッチすぎるのだ。


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