5-3 情報共有

 次の日の昼休み、私と香奈、彰は祠の前に集まった。情報共有のためだ。


 昨日のうちに簡単ではあるが、彰に寮母さんから聞いたことは報告していた。それを聞いた彰が、改めてちゃんと話した方がいい。お互いに分かったことを整理する時間も必要だと、今日改めて話すことになったのだ。

 私たちが寮母さんから聞いた話は、彰にも少なからず衝撃を与えたらしい。


 祠の前に行くと、いつも出迎えてくる子狐様の姿はなかった。あの一件以来、子狐様の姿を見ていない。調査に忙しくて祠に来ていないこともあるが、今までを思えば不自然だ。間違いなく、彰を避けている。


 ちらりと彰の様子をうかがうと、不快そうに顔をしかめていた。いかにも不機嫌ですといった様子は怖いが、気持ちは分かる。彰からすれば、理由も告げられずに、突然怖がられ、避けられたのだ。しかも、子狐様だけではなく、クティさんにも。


「子狐様に怖がられる原因、彰君分かる?」


 機嫌を損ねると分かっていたが、興味が勝って、気付けば聞いていた。案の定、彰は射殺さんばかりの眼力で私をにらみつける。

 聞いた直後に後悔する怖さだ。


「僕が分かるわけないでしょ。何なの、人を化け物扱いして」


 本気で腹が立っているらしく、そういって舌打ちすると、彰は乱暴に地面に座った。私と香奈も続いて地面に腰を下ろす。


 子狐様がいないので座布団もない。地面は固い。

 本来であれば普通のことなのだが、座布団に座ることに慣れ切っていたため違和感がある。いや、本当は座布団の方がおかしい。……慣れって怖い。


「彰君、何かにとりつかれてない?」


 定位置に座ってから、改めて聞く。彰の眼光は怖いが、口に出してしまったからには最後まで聞こうという勇気だ。子どもが見たら泣き出しそうな、迫力ある顔を向けられたが何とか耐えた。隣で香奈が流れ弾を食らって、悲鳴を上げたことには謝罪したい。


「どうして、そう思うわけ」

「……気のせいかもしれないけど、子狐様もクティさんも、彰っていうよりは彰の後ろを見ていた気がして……」

「……僕の後ろ?」


 私の発言が予想外だったのか、彰は驚いた顔をして背後を振り返る。私も彰の背後をじっと見つめてみるが、見えるのは森の木々だけ。特にいつもと変わらない景色が広がっている。


「言われてみれば、そうかも……」


 香奈の同意を聞いて、彰はますます険しい顔でじっと背後を見つめるが、私と同様何も見えなかったらしい。大きなため息をついた。


「一体何なわけ……」

「彰が分からないなら、私たちはもっと分からない」

「だろうね。君たちに期待してないよ」


 不機嫌にそういうと「リン絞めたら吐くか?」と物騒なことを言い出す。解決できていない問題が山積みでストレスが溜まっているらしい。

 リンさんには悪いが、私と香奈の平穏のために尊い犠牲になってほしい所だ。リンさんを殴ったら、少しぐらいは彰の気も晴れるだろうし。


「今の問題は、後ろの少女だよ」

 彰はそれた話題を本題に戻すためか、わざと固い表情を作る。


「他殺の可能性があるっていうのは、本当の話?」


 彰は声をひそめて、私たちに聞いた。他には誰もいないだろうが、内容が内容だけに自然と声が小さくなったようだ。いくら人がいないからといって、大きな声で話したい内容ではない。


「あくまで噂らしいけど、現世にとどまっている理由としては一番想像しやすいよね……」


 私の言葉に香奈は目を伏せた。マーゴさんは恨みは感じないといっていたが、少女は意思疎通が取れないほど弱っているとも言っていた。感情が弱すぎて、マーゴさんですら感じ取れないだけかもしれない。


「分かりやすくはあるけど……、決定打とは言えないんだよねえ」


 彰はそういって腕をくみ、眉間にしわを寄せる。そろそろ皺が消えなくなるのではと思うほど、ここ数日、険しい顔ばかり見ている気がする。


「僕もさあ、さらに調べてみたんだけど、谷倉唯たにくら ゆいと一緒にいたって友達が誰かまでは特定できなかったんだよね」

「谷倉唯?」


 聞きなじみのない名前に聞き返すと、彰があっと声を上げた。


「ごめん、言ってなかったね。後ろの少女の名前、谷倉唯っていうらしいよ」

「谷倉唯……」


 聞いた名前を何となく声に出してみる。ぼんやりとしていた少女の存在が、やっとハッキリした。同時に、本当に生きていた人間なのだと理解して、気が重くなる。


「八歳の時に事故死。両親は事故後、別の場所に引っ越したみたい。……娘の思い出が残る場所で過ごすのがつらかったんだろうね……」


 そういって、彰は遠くを見つめる。その目はいつもより不安定で、揺れているように見えた。彰は母親と弟をなくしている。家族を失う気持ちを知っているからこそ、思うことがあるのかもしれない。


「結局は、君たちが聞いた話と似たり寄ったりなことしかわからなかった。追加情報は、谷倉唯をひいたトラック運転手の名前と、現住所くらい」

「いや、十分っていうか怖い」


 毎度思うが、そういう情報はどうやって仕入れているんだ。お前の幼馴染何者だと突っ込みたいが、突っ込むのが怖い。彰が説明しないということは、知らなくていい事だろうと無理やり納得して、話の続きを待つ。


「安心して。関係ないだろうから、個人情報はさっさと忘れるよ」

「関係ないの?」


 香奈が不思議そうに聞く。友達が犯人じゃなかった場合、次に恨まれていそうなのがトラックの運転手だ。関係ないという理由が分からない。


「見える条件に当てはまるって分かってるのが今のところ、日下先輩に相談した後輩。あの場にいた僕らの中の誰かだけでしょ。ってなると、トラック運転手は条件に当てはまるとは思えない」


 理由が分からず首をかしげると、彰はちょっと呆れた顔をしながら説明してくれる。


「自分をひいた相手を恨んで、運転手を探してるっていうなら、見える条件は運転手に似ている人間でしょ。運転手は当時三十代。僕らも後輩も十代の子供。クティとマーゴも外見だけなら二十代。これで僕らの誰かが似てる判定なら、谷倉唯の顔認識能力に欠陥があるとしか思えない」

「トラック運転手が、ものすごい童顔だった可能性は?」

「……僕が容疑者の顔、確認してないと思う?」


 ちょっとした冗談のつもりだったのだが、冷たく見返された。「そうですよねー」と答えながらも、名前と住所だけでなく顔まで確認済みって怖すぎるだろと冷や汗をかく。

 佐藤彰を敵に回したら、冗談じゃなく地獄の底まで追い回されそうだ。


「……トラック運転手って男の人だよね? 男の人にだけ反応してる……とか?」

 香奈が考え考え、口にする。彰はそれに眉を寄せた。


「たしかに男の人だけど、それだと条件に当てはまる人間が多すぎる。もっと噂になっててもおかしくないよ。日下先輩の後輩って元々見える人じゃなかったから、日下先輩に相談するほど怯えたわけでしょ。つまり、見えなくても条件が当てはまってしまえば強制的に見えてしまう。そんなのが緩い条件で見えたら、とっくにホラースポットになってる」


 彰の言葉に香奈が「そっかぁ……」と肩を落とした。


「見える条件特定するためにも、日下先輩に後輩教えてもらうしか……」


 私はそう言いながら、同時に無理そうだなあと思う。

 昨日、寮母さんに話を聞いた後、私たちは日下先輩が帰ってこないかと玄関で待っていた。しかし、結論からいうと会えなかった。


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