2-3 双子
「明日の放課後、山のふもとに集合な」と、リンさんはロクに説明もしないで話を切り上げた。日下先輩がそんな説明に納得するはずもない。口調も荒くリンさんに詰め寄ったが、のらりくらりとかわす。
いわく、楽しみは後にとっておいた方がいいらしい。
それは本当に「楽しみ」か? 「苦労」じゃないか? と聞きたかったが、私の疑うような視線にも、意味ありげな笑みを返すくらいだ。まともに取り合えってはくれなかっただろう。
彰と子狐様ですら、あきらめた様子だった。私が何を言っても無駄だ。
最後まで食って掛かっていた日下先輩も、「そろそろ帰らないと」という小宮先輩の一言で、渋々ながらうなずいた。生徒会長となると多忙だろうし、一応リンさんは部外者であり、年上の大人だ。いつまでも拘束するのは、失礼だと思ったのかもしれない。
本当に律儀というか、優等生すぎるというか。日下先輩は一直線すぎて不器用なタイプらしい。
何となく帰るタイミングを逃した私と香奈は、未だ祠の前にいる。
リンさんはちゃっかり座布団の上に座ってくつろいでいるし、彰と子狐様は硬い表情のままだ。彰は相変わらずリンさんに対する扱いが雑。子狐様に至っては、いつの間にか祠を背にかばうような位置に移動している。
そんなにリンさんが信用できないのか。
彰と子狐様の反応を見れば見るほど、いったい何者なんだと疑問が強くなる。半分とはいえ神様である子狐様。子狐様を素手でぶん殴った彰。そんな二人が苦手意識を持っている相手。普通の人間とは思えない。
そう私が考えていると、ふと記憶に引っ掛かりを覚えた。リン。その名前を以前、聞いたことがある気がする。どこだ? どこで聞いた? と記憶を遡っていると、彰と出会ってすぐのことだと思い出した。
祠が壊された際に活用した裏サイト。その説明を子狐様にしたとき、彰は子狐様にこういった。
『君たちが眠ってからの人類の発展は、めぐるましいものがあったんだってさ。といっても僕は生まれて十六年。君たちにとっては赤ん坊みたいなものだから、詳しい話は知らないけど。実際のところはリンに聞いて』
それを聞いた子狐様の反応は『まだいるんですか、アレは……』だった。
つまり、リンという人間は子狐様に「アレ」と評されるくらいには嫌われていて、「まだいる」と評されるくらいには長生きということだ。言葉通りに受け取ると、人類の発展をその目で確認するくらいには……。
普通に考えればありえない話だ。
子狐様が眠ったのがいつ頃かは知らないが、人類の発展。という位だから何十年単位、下手すると何百単位だ。目の前にいるリンさんの外見は二十代。若く見えるとしても三十代。長い年数を生きているようには見えない。
けれど私は神という存在が妄想ではなく、実在していることを知っている。
恐る恐るリンさんへと視線を向けると、なぜかリンさんはじっとこちらを見ていた。それだけで体が硬直する。不自然に固まった私に気づかないはずがない。それでもリンさんはお構いなしに私をじっと観察し、目を細めてニヤリと笑った。
初めて会ったときも思ったが、その笑い方には見覚えがあった。
最初は分からなかったが、今気づいた。この、人を小ばかにしたような笑い方は、彰とそっくりだ。
「そこの姉ちゃんが予想してる通り、俺は人間じゃねえ」
リンさんは私に視線を合わせたまま笑う。私は自分の考えを口に出してはいなかったはずだが、聞こえていたかのような発言だった。
まさか心が読めるの!? と驚くが、子狐様も祠の前限定とはいえ読める。彰も読めるのでは。と思うほど勘がするどいし、人外には標準装備なのかもしれない。
と思ったのだが、なぜか彰と子狐様は驚いた顔をしていた。次の瞬間には、二人とも苦虫をかみつぶしたような顔をする。
よく分からないが、リンさんの言動がおきに召さなかったらしい。
「この中じゃ、一番上か。年齢的にも」
リンさんはそういって、にっこり笑う。笑顔だけ見るとさわやかなのだが、妙に胡散臭いというか、軽いというか……。
とにかく身の危険を感じる笑顔だ。
「一部では悪魔だとか言われてるけど、優しいお兄さんだから仲良くしてくれ」
「嘘つけ」
彰が無表情かつ冷めた口調で言った。ここまで冷たい言葉を投げかける彰は、初めて見る。
彰と会ってすぐの時は今よりも態度が冷たかったが、その時ですらここまで温度のない言葉は投げかけられていない。本当に嫌いなんだなと、逆に感心してしまう。
感心することに集中して、「悪魔」なんて不穏な言葉は思考の端に追いやることにした。 前にも彰がそんなのがいるみたいな発言していたなんて思い出してない。絶対にない。
なぜか香奈は隣で目を輝かせていた。今の話のどこに目を輝かせる要素があったのか、小一時間くらい問い詰めたい。
もとからズレているところはあったが、彰と会ってからそのズレが大きくなっている気がする。ものすごく心配だ。
「ひでえ…。彰のことは小さいころから面倒みてるのに……。もう彰は俺の弟といっても過言じゃないってのに……」
「過言すぎるし、お前の弟になるぐらいなら崖から飛び降りるから」
本気で嫌そうに顔をゆがめて、彰は近づいてくるなとばかりにしっしっと手を振った。あんまりな態度にニヤニヤ笑いを浮かべていたリンさんも、肩を落として落ち込む。
その姿を見て、この人落ち込んだりするんだなと失礼すぎることを思ってしまった。彰以外に対しての、高圧的な態度が印象深すぎるのだ。
基本的にはニヤニヤ笑っているだけなのだが、妙なプレッシャーがある。リンさんが優位な存在であり、自分たちは下だと、理由もないのに思ってしまう。
子狐様が本気で怒ったときに感じた恐怖に近いものだ。それを子狐様とは違い、さりげなく日常に混ぜてくるから恐ろしい。
服従させられている。そう気づかないままに、気付いたら支配下に置かれている。
そういう不安を抱かせるのが、私からみたリンさんの印象だった。
だが、不思議なことに彰を相手にした途端にその優位性が消える。今も彰の機嫌をとるのに必死だ。両手を合わせて頭を下げる姿は、哀れでしかない。いい大人が高校生に何をしているんだ。と残念な気持ちにすらなる。
この人すごいのか? すごくないのか? どっちだ? と私が混乱していると、やけに固い子狐様の声がした。
「なぜ、彰様のいうことを聞いてるんです……」
そういう子狐様の顔は蒼白だった。声もか細く、震えている。信じられない、ありえないものを見た。といった様子に、私は驚いた。
リンさんが現れてからの子狐様の反応は、少し異様におもえる。
私から見てもリンさんは怪しいし、本人も人間ではないといっていた。神様の中での年功序列などは分からないが、この中では一番上という含みのある言い方から考えて、子狐様よりリンさんの方が上なのだろう。
もしかしたら子狐様の母親である、お狐様と同格かもしれない。だとしても、リンさんへの子狐様の態度は不自然に見える。
子狐様の反応にリンさんは下げていた頭を上げ、目を細めて子狐様を見た。無表情に近い顔は、何かを探っているようにも、余計なことをいうなと釘を刺しているようにも見える。
リンさんと子狐様の無言の応酬に、不思議そうな反応をしたのは彰だった。彰も子狐様の反応の理由が分からないらしく、困惑した様子で子狐様をじっと見つめる。
「リン様がなぜ人間に譲歩を……? 呪われた一族の子にしても……ずっと出てこなかったのに、今になって……。彰様も人というには規格外ですが……」
自分の考えを整理するためなのか、どこかぼんやりした様子でつぶやいていた子狐様が、急に目を見開いた。焦点があわなかった視線が、彰へと固定される。信じられない。そういった表情で、小狐様は次の言葉を発する。
「……彰様……あなた、双子ですか?」
子狐様がそう聞いた瞬間、彰の表情が消えた。ひゅっと息をのむ音が聞こえて、徐々に顔が青くなる。かすかに手も震えているように見えて、私は見たこともない彰の反応に驚いた。
「彰君! 大丈夫!?」
香奈が慌てて彰へと駆けよった。
こういうときに真っ先に動ける香奈はすごい。私は驚きのあまり動けず、呆然と彰を見ることしかできなかった。
彰は駆け寄った香奈に大丈夫と答えているが、顔が青い。普段通りにふるまおうとしているのだろうが、体も声も震えている。見たこともないくらい動揺した彰の反応に、私は数秒遅れて腰を浮かし駆け寄った。
このまま放っておいたら、倒れてしまいそうに見えたのだ。
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