3-4 彰さんへご報告です

 その後小宮先輩と聞き込みをした私と香奈はいつもより遅めに女子寮に帰った。

 夕飯を食べ、お風呂に入って体を温め、疲れを癒し、私の部屋に集合した私たちは危機に立たされていた。

 彰に報告しなければいけないという危機だ。


 一人で報告するのは怖いという私に付き合って香奈は部屋に来てくれた。

 香奈が報告してくれないかなという淡い期待はすでに打ち砕かれている。それとなく夕飯の時に言ったら思いっきり目をそらされたのだ。無情だ……。

 だが、私ですら怖いのだ。気が弱い香奈だと気絶しかねない。そう思ったら黙って私が言った方がスムーズだ。と無理やり自分を納得させる。


 有力な情報を掴むどころか、友里恵ちゃんが猫だという衝撃の事実に加え、ストーカー男(仮)まで現れた。この状況を正直に伝えて、彰は冷静でいてくれるか。と考えるが怒る未来しか想像できない。

 だが、報告しないで明日を向けたらそれでも怒られる。逃げ場はなかった……。


 彰の方で有力情報がつかめて機嫌がよかったらいいな……。と期待を持ちつつ登録した番号へと電話をかける。

 電話に出た彰の声色はいつも通り。上機嫌でもないが不機嫌でもなかった。しょっぱなから不機嫌という状況は回避できて安堵したが、その後のことがある。

 私は緊張しながら友里恵ちゃんの事を報告した。

 

『はあああ!? 猫ぉ!?』


 予想通り彰はキレた。今までにないぐらいにキレた。

 隣にいた香奈がスピーカーモードでもないのに聞こえた怒声に涙目になる。


 壁が厚いとは言えない女子寮だけに、隣に彰の怒声が聞こえたかもしれないと冷や冷やする。

 たとえ聞こえたとしても電話の主が今話題の美少年だとは信じないだろう。どこからどう聞いても柄の悪いチンピラにしか思えない怒声と、学校での薄幸の美少年彰のイメージは違いすぎる。


 こっちが本性なんですよ! だまされないでください! と私は声を大にしたいが、言ったところで全く信じてもらえないのだから世の中とは恐ろしい。

 いや、彰の情報操作が恐ろしいのか。


「彰君、気持ちは分かるけど落ち着いて……。私も香奈も予想外だったから……」


 私の腕に僻みついた香奈が涙目で大きく首を振っている。電話越しで伝わらないと分かっていても行動せずにはいられないんだろう。声だけで震えがる位に怖いから気持ちはわかる。

 わかるけど首を動かす動作が大きすぎ。とれそうで怖いし、体にあたって地味に痛いから落ち着いてほしい。


『いかにも恋してますって語り口なんだったの……あれ全部猫に対してのラブコールだったの……』

「……そうだったみたい……」


 屋上での小宮先輩を思い出して私は苦笑する。

 あれを見てまさか猫に対して愛を語っていると思う人がいるだろうか。どう見てもあれは愛しの彼女を心配する彼氏の姿だった。


『人間不信と女性不信が極まって、動物愛にでも目覚めたのかなあ……』

「失礼でしょ」


 仮にそうだったとしても面白半分にいうことではないし、どう受け止めていいか迷うから意識させないでほしい。

 世の中にはいろんな人間がいる。人それぞれだとは分かっているが自分の理解できない思考を語られると反応に困るのは仕方ない。


 小宮先輩の場合は動物に対して恋愛感情を抱いているというよりは、行き過ぎた猫バカの範疇だとは思う。いや、そうであってほしいと願っている。

 女性不信に陥った結果、猫にしか愛情を抱けなくなったといわれたら私はなんて返せばいいのだろうか。とりあえず、原因になったストーカーを殴ればいいのか。それですべてが解決な気すると思考が物騒になるのも仕方ないだろう。

 すべては道を踏み外すほどの多大なストレスを与えたストーカーが悪い。


『ってなると友里恵さん……ちゃん? をいくら人間として探っても何も出てこないってわけね』

「猫だからね……」

『そうなると、ストーカー相手に絞って調べられるから、向こうは楽でいいかもしれないけど』


 納得いかないといった態度は隠しもせずに彰はブツブツつぶやいた。気持ちがわかるだけに私は苦笑いを浮かべるほかない。


『で、ほかに何かわかったことは? まさか収穫がそれだけとは言わないよね?』


 不機嫌に低い声に私はビクッと体を震わせ、抱き着く香奈の体に力が入った。声だけでここまで人を怯えさせられるなんて彰はすごい。こんなに怖いのに学校では守ってあげたい男子とか言われているのだから余計にすごい。

 もしかして演技とかじゃなく二重人格なんじゃ。と疑惑が浮上するレベルだ。


「えっと、それがねえ……」

『まさか、ない。とは言わないよね?』


 電話越しだというのに重苦しいプレッシャーを感じて冷や汗が流れる。香奈が私に抱き着く力を強めた。相当、力が入っていたいのだが、それすら気にならないくらい怖い。


「ないわけじゃないけど、決定打とは……」

『……ちょっと聞き込みしたぐらいで真相がわかるなら、誰も苦労しないよねえ」


 ため息交じりつぶやかれた言葉を聞いて私は胸をなでおろす。流石の彰も一日でストーカー事件を解決できるとは思っていなかったようだ。


『それで、何が分かったの』


 怒りを収め、聞く体制にはいった彰に安堵しつつ、私は香奈に視線を向ける。震えていた香奈は彰の様子の変化と私の視線で我にかえったらしく、慌てて用意していた手帳を開いた。

 聞き込みの内容を香奈がかき込んだページを開いて私に見せる。

 彰に直接いえるほど恐怖は回復していなかったらしい。


「えぇっとね、まず、小宮先輩が友里恵ちゃんを可愛がっているのは近所では有名な話らしいよ」

『そこまで可愛がってるなら飼えばよかったのに』


 そうすれば行方不明にもならず、こうして紛らわしい事にもならなかったのに。と彰が口に出さずに思っているのが伝わってきた。私も同意見なので苦笑する。


「小宮先輩が住んでるマンション、動物飼っちゃいけない決まりなんだってさ」

『律儀にルール守るあたり、ほんとに良い子なんだねえ』


 二つ年上の先輩だというのに青臭いガキに対するように鼻で笑う彰。小宮先輩の前で後輩ぶっていたときのお前はどこにいった。やはり二重……ここまでくると多重人格か。


「近所でも小宮先輩って有名な好青年だったらしくて、その小宮先輩が可愛がってる猫だから近所の人たちも気にして様子見てたみたい」

『小宮先輩、人に好かれる才能持ち? だからって厄介なのまで引き寄せなくてもいいのに』


 それは小宮先輩自身が一番思っていることだろう。人に好かれるというのは本来良い事なのに、まさかのストーカーの異常者を引いてしまうなんて不運でしかない。


「ストーカー被害を周りに相談したことはなかったみたいけど、察してたみたいで、それとなく小宮先輩の周囲を気にかけたりはしてたんだって。だから友里恵ちゃんとあって持ち直した小宮先輩見て安心したって」


 よく公園に来るという老夫婦の姿を思い出す。

 小宮先輩の姿を見ると嬉しそうに笑って、「ストーカーで悩んでいた時助けになれなくてごめんね」と辛そうに謝っていた。それを聞いた小宮先輩は泣きそうで、その姿は赤の他人ではなく本当の孫と祖母のようだった。

 見ているだけでも心温まる光景に私と香奈だけでなく、公園にいたもの全員が胸打たれた。それだけ小宮先輩が愛されていた証拠だ。


『そこまで周囲が知ってたのに、親何してたの? 本当なら真っ先に出てくるとこでしょ』

「小宮先輩の御両親、仕事でほとんど家にいないらしくて……」


 私の言葉に彰が納得した様子で唸り声をあげた。よくある話ではあるが、実際目の当たりにすると厄介だ。

 こういった事件で一番の強みは家族の協力だ。送り迎えなど回避行動もそうだが、精神的な支えの面でも、いるといないのでは大きな差がある。


「小宮先輩も話はしたみたいだけど、相手が女の子だっていうので大事だとは思ってもらえなかったみたい。中学の時も軽いつきまといくらいはあったみたいで……」

『小宮先輩は不運な星の元にでも生まれたの』


 うんざりした彰の声に私は同意しそうになった。文句のつけようがないほどいい人なのに、とんでもなく苦労する運命のようだ。いい人に生まれるにあたって運を使い果たしてしまったのだろうか。


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