3-2 百合恵

 小宮先輩の近所にある公園は小さなものだった。

 ちょっとした遊具とベンチがあり、入口にたてば全体が見渡せる程度の広さしかない。それでも学校帰りの子供が遊んでいたり、近所に住む奥様方が楽し気に話していたりと賑やかだ。

 それなりに人がいるのにうるさくはなく、和やかな雰囲気は居心地がいい。アットホームな空間に少しだけ地元が懐かしくなり、私は目を細めた。


「あら、みのる君」


 私たちが公園の入り口に突っ立っていると、固まって話していた女性の一人が話しかけてきた。ちょうど会話が途切れたところで小宮先輩の存在に気づいたらしい。

 女性は皆三十代といったところ。近くで遊んでいる子供の母親なのだろう。


 一人が声をかけたことで一緒に話していた二人もこちらに気づく。ほかの二人も小宮先輩の顔を見ると分かりやすく目を輝かせた。

 結婚しようが、子どもを産もうが、イケメン好きなのは変わらないらしい。


「そこの二人は学校の子?」

「はい。後輩です」


 気軽に会話する仲らしく、笑顔で話しかけてきた女性たちに小宮先輩も笑顔で返事をする。

 女性に苦手意識を持っているという話を聞いたがお母さんの年代になると話は別なのか。それとも苦手意識を持つ前からの知り合いなのか、どちらだろう。

 

 どちらにせよ、私が興味本位で聞いていい話ではないかと考えるのをやめる。

 小宮先輩とは行動を共にしているが仲がいいわけでもない。今回の事がなければ関わる機会もなかった相手だ。プライベートの事をあれこれ聞くのも良くない。


「あらまあ、可愛い子ねえ」

「あなたは……女の子……?」


 可愛いといわれたのは香奈。疑問形で聞かれたのは私だ。

 見知らぬ人のに可愛いといわれて照れた香奈は、次の瞬間に私に気遣わし気な視線を向けてきた。この反応には慣れてるから気を遣うのをやめてほしい。逆にダメージが来る。


「カッコいいでしょう。一年生なんですよ」


 小宮先輩が笑顔で私を紹介してくれた。善意なのはわかるが女子に対してカッコいいは褒め言葉ではない。嫌味や含んだところがなかったので、私は苦笑いを浮かべるだけで流した。


「部活の後輩……ではないわね。稔君、部活してなかったものね」

「そうなんですよねえ」


 小宮先輩がちょっと困った顔をした。

 うちの学校は部活動が盛んなわけでもないので帰宅部が多い。

 運動部が全くないわけでもないが、スポーツよりも勉学に励めという校風なのだ。進学率が良いのはそのためだが、スポーツに青春をかけたい生徒には物足りない学校だろう。


 私も香奈も、小宮先輩もスポーツ一筋という性分じゃない。だから学校の方針には何の問題ないのだが、彰は少々不満げだった。

 仮にスポーツ特化した学校だったとしても運動部に所属することはできないのに(イメージ的に)ないのは不満というからめんどくさいやつだ。


「もしかしてどちらかが彼女だったりするの?」


 とたんに楽し気にしゃべりだす女性たちに私は驚いた。

 女は何歳になっても恋バナが好きなんだなと呆れると同時に、何を言っているんだと衝撃を受ける。小宮先輩にはベタ惚れの友里恵さんという彼女がいるはずだ。それを知らない? でも、友里恵さんと小宮先輩が会ってた公園ってここだよね?

 

 混乱のあまり香奈を見ると香奈も戸惑った顔で、小宮先輩と女性たちを交互に見ていた。小宮先輩に恋人がいる。という話を聞いてきたのは香奈だ。私以上に混乱しているらしい様子を見て、少しだけ冷静になる。


「俺にはこんな素敵な子たちもったいないですよ」


 小宮先輩は私と香奈の混乱をよそにイケメン返答をしている。

 笑顔に含むところはなく、素の対応だと分かるからこそポイントが高い。普通の女子だったら、うっかり惚れてしまいそうだが、残念なことに私も香奈も普通とはいいがたいのでノーダメージだった。

 うっかり惚れてしまったら、ストーカーと友里恵さん含めての四角関係になってしまう。それを思えば今回だけは普通の女子じゃなくてよかったと心の底から思った。


「この子たちは、友里恵を探すのを手伝ってくれるんです」


 小宮先輩が先ほどまでの笑みをひっこめて、眉を下げた。

 恋バナよ。青春よ。とはしゃいでいた女性たちが途端に気まずげな顔をする。

 ということは皆、小宮先輩と友里恵さんのことも、友里恵さんが行方不明なことも知っているということだ。


 そうなると、余計にわからない。

 小宮先輩と友里恵さんのことを知っているなら、なぜ私たちを見て彼女だと聞いたのだろう。奥様ジョークなのか。はたまた、友里恵さんと小宮先輩の関係というものは私たちが想像できない何かがあるのか。


「友里恵ちゃん、まだ見つからないの?」


 一番最初に声をかけてきた女性が眉を下げ心配そうに聞いてきた。

 社交辞令でなく心底心配と分かる反応に、友里恵さんが小宮先輩以外にも好かれていたことが分かる。

 本当に素敵な女性だったのだろう。


「全く……。友里恵のこと、どこかで見ませんでしたか?」

「一週間前から見てないわ。公園によく来る人とか、近所の人とか聞いてみたんだけど」


 ため息をつきつつ他の女性も首を振った。

 ここまで他人に気遣われるとなると、友里恵さんが一体どんな人なのか興味がわいてくる。


「友里恵ちゃんが好きだったアイスクリームでも来ないのよ。いつもだったら、すぐに走ってくるのにねえ」


 女性の一人の言葉に私は眉を寄せた。

 走ってくる……? そんなにアイスクリームが好きなのか。

 美人の大人しい女性を想像していた私としては驚きだ。意外とお転婆なのか。


「名前呼んだら、いつも返事してくれたのに。何度呼んでも来ないのよ」


 名前を呼んだら来る。ペットみたいだなと私の中のイメージがさらに崩れていく。

 ものすごく人懐っこいタイプか。


「うちの子、友里恵ちゃん抱っこするのが大好きだったから、寂しそうで」


 抱っこ!? いくら女の人とはいえ軽々抱っこできる!? というか、女性を公衆の面前で抱っこしていいの!? それは止めるべきじゃない!?


 混乱のあまりポカンと口を開けて、固まる私。

 隣にいる香奈も似たような状態だが、突然表情を消すと「まさか」と小さくつぶやいた。何かに気づいたなら是非とも教えてもらいたい。私だって真相が知りたい。


「俺も友里恵をなでるのが日課になってたので寂しいし、心配だし……」

「そうよね。稔君が特に可愛がってたものね」

「友里恵ちゃんも稔君に一番懐いてたし。稔君が公園に来るといつもピンっとしっぽ立てて走って行って」

「あれ、可愛かったわよねえ」


 沈んだ空気が一転して和気あいあいと話し始める小宮先輩と女性たち。あれが可愛かった。あんなことがあったと話す姿は楽しげだが、私は混乱が混乱を呼び何が何だかわからない。

 しまいには熱が出るんじゃないかというほど頭が沸騰し、唸り始めた私の隣で香奈がおずおずと小宮先輩に話しかけた。


「あの、小宮先輩……友里恵さんの写真ってありますか?」

「ああ、そういえば見せてなかったね」


 小宮先輩は肝心なことを忘れていたと、慌てた様子でポケットから携帯を取り出す。それほど時間がかからず目的の写真を見つけられたのか、満面の笑みを浮かべて香奈と私に見えるように携帯画面を差し出した。


「これが友里恵。白くて小さくて美人だろ」


 そこには小宮先輩がいうとおり、小さくて真っ白い、画面越しでもふわふわな毛並みが見て取れる美人な猫がうつっていた。


「友里恵って猫!?」


 思わず叫んだ私に対して、小宮先輩はきょとんとした顔をする。隣で香奈は乾いた笑みを浮かべていた。


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