三話 不思議な彰と深まる謎
3-1 三歩離れる
小宮先輩と連絡先を交換して私たちは別れた。
結果として授業はサボることになってしまったが、急に体調を崩した彰が心配で一緒にいた。といえば病弱設定と幼馴染設定のおかげで怒られることはなかった。
それも計算して設定を広めたのだろうかと考え始めると、改めて彰の得体の知れなさを恐ろしく思う。
一応味方だからいいのだが、敵に回ったら勝てる気がしない。
見た目は可愛い系なのに、中身はとんだチート野郎なのだからギャップどころの話ではない。
「あー、疲れたー」
授業が終わった放課後、小宮先輩との待ち合わせまでのちょっとした時間。人気のない場所で彰は背伸びをすると、凝り固まった筋肉をほぐすようにぐるぐると肩を動かす。
香奈は掃除当番で遅れているため、彰と私の二人。
いつも香奈か子狐様が一緒にいたことを思えば、二人きりになるのは初めてだ。と言って何かあるわけでもない。
気になる異性相手であれば女子高生としてときめく瞬間かもしれないが、相手は自分より可愛い男子。でもって私は男子よりカッコいいと言われる女子。
お互いの性別が入れ替わらない限りは少女漫画展開はあり得ないだろう。
自分で考えていて悲しくなってきた。
私が暇つぶしにくだらないことを考えている間も、彰は全身ストレッチを続けている。暇さえあれば体を動かしているところを見ると、見た目に反して体育会系だ。
先ほどまでクラスメイトに囲まれた状態だったのでリラックスしたいのかもしれない。
彰が体調を崩す(という名のサボり)はよくあったが、私と香奈まで付き添ったのは初めてだ。そんなに重度だったのかと心配したクラスメイトに、彰は教室につくなりとり囲まれた。善意のため邪見にもできず、クラスメイトの気が済むまで構い倒されることになったのだ。
香奈は助けるべきかとおろおろしていたが、私は自業自得なので放っておいた。妙な設定を作るからそういうことになる。
「疲れるなら演技なんてしなきゃいいのに」
私の言葉に彰が睨んでくる。
先ほどまで病弱な優等生を演じていた少年と同一人物とは思えない。
「僕だってしたくてしてるだけじゃないの。色々と事情があるんだよ」
「事情……? てっきり趣味なのかと」
「ストレス溜まること趣味にするバカいないでしょ」
彰は呆れた顔をしながらストレッチを続ける。
小宮先輩やクラスメイトの前では中性的な美少年といった雰囲気だが、今の姿はどこからどうみても男だ。顔のパーツは一緒だというのにしぐさが違うだけで、ここまで違う印象になるのかと驚く。
彰と会ってから妙な発見ばかりしている。
「事情っていうと、学校に来れなかったっていうのと関係あるの?」
興味本位で聞くと彰が嫌そうな顔をした。
突っ込んだことを聞いた自覚はあるが彰にはさんざん振り回されている。少しぐらい話を聞いても罰は当たらない。私が引く気がないのを悟った彰は考えるそぶりを見せた。即断即決の彰には珍しい。
「有るといえば有るし、無いといえば無いかな」
「何それ。謎々?」
疑問を解決するために聞いたのに、さらに疑問が増えるとはどういうことだ。
「別にやらなくてもいいんだけど、やっておいた方が後々有利そうだからやっとこうかな。っていう感じ」
「彰……質問に答える気がないなら無いって言ってくれた方が楽なんだけど」
「えー酷い。真面目に答えたのに」
けらけらと笑いながら彰はいう。その態度はまじめとは程遠い。どの口がいうのかと私が睨むと彰はさらにおかしそうに笑うだけ。
「嘘ではないよ。真実でもないけど」
「あんたは言い方がいちいち回りくどい……」
「僕もそう思う」
私がため息をつくと、彰が妙に静かな口調でつぶやいた。
いつもとは声の温度が違う気がする。驚いて顔を見れば、何かを懐かしむと同時に、泣きそうな顔で下を向いていた。
「アイツはいつも分かりにくくて、回りくどかった」
ポツリとつぶやかれた言葉は独り言だった。私に答えたわけではない。特定の誰かにいったわけでもない。ただ心情を吐露した言葉。
何故かその時の彰はたった一人で世界に立っているように見えた。
すぐ近くには私がいる。少し歩けば部活や家に向かう生徒がいる。賑やかな日常が待っているというのに、なぜか彰の周りだけひどく静かで、孤独に見えた。
「アイツ……?」
思わず零れ落ちた言葉に彰が顔を上げる。
一瞬、彰が泣くのかと思った。それほどまでに顔は歪んで、いつも余裕しゃくしゃくな、見ていて腹が立つほど自信にあふれた姿は消えていた。
「小宮先輩のことはよろしくね。分かったことは事細かに連絡して」
と、思ったら、瞬きの合間にいつもと変わらない笑顔を浮かべた彰が目の前にいる。速すぎる変化に私はついていけず、瞬きを繰り返す。
「どうしたのナナちゃん? ぼんやりして。立ったまま寝てるの?」
ニヤニヤといつもと同じ腹の立つ笑みを浮かべて、彰が私の顔を覗き込む。
先ほどまでの泣きそうな顔も、消えてしまいそうな儚さもそこにはない。
もしかして本当に私は寝ていたのだろうか。あれは立ったまま私が見た夢だったのだろうか。
展開についていけず、唖然としたまま彰に言葉を返そうと口を開く。
だが、何を言えばいいのか、何を言うべきなのか思考が追いつかず、結局口を中途半端に開けたまま私は固まることになった。
とんでもない間抜け面をしているだろうと、妙に冷静な部分で考える。
「七海ちゃんどうしたの?」
私の思考を現実に引き戻したのは慣れ親しんだ幼馴染の声だ。
微妙な空気に戸惑いつつも駆け寄ってきた香奈は、私と彰を見て何かあったのかと首をかしげた。
「ナナちゃん疲れたみたい。立ったまま寝てたの」
「……んなわけ、ないでしょ……」
おかしそうに笑う彰に対して何とか言い返すことができた。
できたが、自然とはとても言えない。
香奈は私の様子に不審そうな顔をしていたが、ニヤニヤ笑う彰を見て香奈なりに納得したらしかった。いつも通り彰が私をからかって、私は言い返せずに拗ねている。そう思ったのかもしれない。
不本意な評価ではあるがこの瞬間だけは有り難い。先ほどの出来事を私は香奈に説明できる気がしないし、してはいけない気がする。
あれは白昼夢だった。そう思った方が私にとっても、彰にとっても良いことなのだと何故だか強く思った。
「予定通りナナちゃんとカナちゃんは小宮先輩と友里恵さんのことよろしく」
香奈が来たことで完全に切り替えたらしい彰が、いつもと変わらない軽い調子でいう。
この後、小宮先輩と合流して友里恵さんと会っていた公園に行くことになっている。そこで聞き込みをし、少しでも友里恵さんの情報を掴むのが目的だ。
「彰君は来ないの?」
ずっと一緒に行動しているせいか香奈が不安そうに彰を見た。
認めるのは癪に障るが私も彰がいないのは少し不安だ。ストーカーに見張られているかもしれないと考えれば怖い。小宮先輩には自力で逃げてもらうとして香奈を守り切れるかという心配があるし、喧嘩に強いであろう彰がいるのは心強い。
それに、先ほどの事も引っかかっている。
「大丈夫。ナナちゃん女の子にしておくの勿体ないくらいに運動できるし、プロ相手じゃなければ勝てるよ。身長高いから威圧感抜群だしね」
「それ褒めてるの? 喧嘩売ってるの?」
彰の中で評価が高かったのは意外だが、素直に喜べない。
女の子らしくなりたいと思っているわけではないが、女を捨てたいわけでもないのだ。この複雑な乙女心を少しは察してくれてもいいと思う。
不機嫌そうな私に彰はニヤニヤ笑った。その表情で、察したうえでわざとだと気付いてしまい、機嫌はさらに急降下した。
だが、同時にどこかでホッとしていた。
目の前にいるのはいつもの彰だ。腹立つが、いつもと変わらない佐藤彰だ。
「僕もちょっと心配なんだけどね。ストーカー相手のこと調べてって頼むのは僕にしかできないから」
「頼むって、そういえば誰に?」
「僕の本物の幼馴染が、調べもの得意な人と人脈持ってるの」
あっけらかんと答える彰に私は言葉を失った。隣の香奈も目を開いて固まっている。偽物の幼馴染としては彰に本物の幼馴染がいたことも驚きだし、幼馴染の得体の知れなさも驚きだ。
佐藤彰という得体のしれない危険人物の幼馴染だけあって、一癖も二癖もある人物なのかもしれない。できることなら一生関わり合いにはなりたくない。
「あんたの幼馴染って何者……」
「何者って普通の大学生だよ」
ああ、大学生なんだ。とか、普通の大学生はそんな妙な人脈持ってないとか。色々言いたいが疲れるからやめておいた。
後で百合先生に聞けばいいか。それとも何も聞かなかったことにした方がいいのか。判断に迷うところだ。
「彰君って昔からこのあたりに住んでたの?」
香奈が聞いた言葉に私は一瞬ぎくりとした。
先ほどの彰を思い出して、この質問は地雷なのではと勘繰ってしまったのだ。私の心配をよそに彰はいつもと変わらない調子で答える。
「違うよ。おじさんと一緒に暮らすまでは別の場所にいた。幼馴染っていうのはその時からの付き合い」
「どこに住んでたの?」
「ここではないところだね」
にっこり笑って彰は分かりやすくはぐらかした。あまりにも堂々としているものだから香奈もそれ以上聞けなかったようだ。
笑顔のわりに妙な威圧感があったから気の弱い香奈では余計に無理だろう。
「僕のこと気にしてくれるのは嬉しいけど、今は小宮先輩の方が優先でしょ。友里恵さんのこともそうだし、ストーカーのこともさっさと調べないと」
「そ、そうだね……」
彰の威圧を直接食らってダメージを受けている香奈がぎこちなく頷く。
彰がプレッシャーをかけるのは私か子狐様だ。香奈に対しては比較的甘めな対応だったので珍しい。
それとも、それだけ聞かれたくないことだったのだろうか。
「何かあったらすぐに電話してきて。できるだけ早く行くから」
「電話かけることにならないように祈ってる」
彰に報告以外の電話をするということはすなわち緊急事態だ。調査初日からそんな事態になるなんて考えたくもない。
「分かったこと今日中に連絡するね」
「よろしくねー」
香奈がいうと彰は笑顔で手を振った。
その態度はやはりいつもと変わらない。
いつも通りの見慣れた姿なのに、先ほど一瞬だけ見た泣きそうな顔が重なって眩暈がする。
あれは本当に夢だったのだろうか。
私の気のせいだったのだろうか。
そう思いながら彰をじっと見つめるが、彰の姿は変わらない。
「七海ちゃん?」
彰を見たまま動かない私を香奈が不思議そうな顔で見上げる。
それに頭を振って「なんでもない」と答えながらも、私は脳裏に浮かぶ彰の姿を消すことができない。
本当に佐藤彰という人間は分からない。
私の日常を容赦なく壊したというのに、心の中は一向に悟らせない。
あまりにも理不尽な行いに腹が立つのに、たまに触れたら壊れそうな弱さを見せるから突き放せない。
本当に厄介な人間に出会ってしまったと私は深く息を吐き出した。
息と一緒に胸のもやもやも全て吐き出せればいいのに。そううまく物事はできていないのだ。
「七海ちゃん大丈夫?」
心配してくれる香奈にぎこちない笑みを返すと私は彰に背を向け、小宮先輩が待っている待ち合わせ場所に足を進めた。
分からないことは多いし、面倒くさいことも多い。
それでも目の前のことをまずは一つ一つ解決していくほかない。
そう、今は信じるほかないのだ。
だから、後ろで彰がどんな顔でこちらを見ているのか想像することも、ましてや振り返ることもできなかった。
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