第213話西の京散策(4)玄奘直伝の呪文、華奈の焦り

光が、慎重な言葉をかけた。

「もしや、玄奘三蔵様の御霊では」


その不思議な僧侶は、光の言葉で、相好を崩した。

「はい、おっしゃる通りです」

「さすがは阿修羅様、いや、今は光君の中にお宿りをなされて」

「お懐かしゅうございます」


光の隣に、春麗が進み出た。

そして、中国風の拱手の礼を取り、

「玄奘様、春麗にございます」

と声をかけると、その「玄奘様」と呼ばれた不思議な僧侶はますます、うれしそうな顔。


「いやいや、ここで九天玄女様の御神霊とは、わが祖国にいるようでございます」

同じように、拱手の礼を取るけれど、春麗は右手が上、「玄奘」は左が上となっている。やはり女性と男性では、やり方が違うのだろうか。


また、他の巫女たちは、この時点で何も身動きや、口が開かず、ただただ、光と春麗、そして「玄奘」の動きを見守るだけになっている。


光は、おもむろに両腕を左右に開き、そして胸の前で合わせた。

そして、いつものように光り輝く阿修羅に変化した。


「玄奘」は、その阿修羅に目を細めた。

やはり、かなり眩しいようだ。


また、春麗も、いつのまにか不思議な模様の刺繍が施された真紅の中国服を身につけた女神のような姿に変化している。

その春麗が、阿修羅と玄奘を交互に見ながら、声を発した。

まさに、鈴を鳴らすような美しく軽やかな声。


「玄奘殿の訳されたあの呪文が必要となるのです」

「混沌と混乱の執着を除き、一切を清らかな空に戻すあの聖なる呪文」

「それを、しっかりとこの巫女たちに伝授を」


玄奘は、その九天玄女の言葉に深く頷く。

そして、息を思いきり吸い込むと、その「呪文」を唱えはじめた。


「ギャーテイギャーテイ ハラギャーテイ ハラソウギャーテイ ボジソワカ」


玄奘が唱えた呪文は、般若心経の呪文だった。

これは、漢字で書けば、「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」。

しかし、これは、そもそも梵語であり、真言。

翻訳そのものを禁じられた般若心経の最後に出て来る呪文である。



さて、玄奘がその呪文を唱え、阿修羅が再び合掌のポーズを取ると、不思議な香気が消えた。

そして、玄奘の姿も消え、阿修羅は光に、九天玄女は春麗に戻っている。


また、他の巫女たちの「呪縛」も解けたようで、動き出し、言葉を出せるようになっている。


ただ、巫女たちの中で、一番年下の華奈が、よくわかっていないようだ。

まず首を傾げて、楓にそっと尋ねた。

「般若心経って、あの怖いお面の人のお経?」

楓は、その華奈の言葉に呆れた。

「あのさ・・・華奈ちゃんって・・・さ・・・」

華奈の母である美紀もそれを耳にしてしまい、情けないような呆れたような顔。

「この華奈のアホさ、未熟さには・・・私も教育を間違えた」

春奈も華奈の発言に顔をしかめた。

「うーん・・・どうしよう・・・この子、呪文の仲間から外しましょうか」

ソフィーは頭を抱えた。

「そうだねえ、一人いなくても大差ないし」


圭子も、そんな感じ。

「そうなると、万が一の場合、危険だねえ」

「華奈ちゃんだけ、自宅待機にするかな」


華奈は、その言葉で、本当に焦りだしている。

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